第2話 客人

 館の中は証明がキラキラと灯り、玄関ホールや廊下を隈なく照らしていた。聞き覚えのないクラシックが弦楽器で演奏され、館内に優しく流れていた。造り自体も厳かで、いったいいくら掛ければこんなお屋敷ができるのか見当もつかなかった。

「今日はゲストが一人来ているよ。その方と話すも良し、ショーに集中するのも良しだ。好きに過ごして欲しい。中にあるものも自由に食べていいんですよ?この先です。」

 私たちは言われるがまま廊下を案内され付いていっていた。廊下もレッドカーペットが敷かれ、かなり豪勢な見た目をしてた。そして扉の間に来て、惰眠がそれを開くと、様々な料理がテーブルに置かれており、惰眠のようにマスクをした者たちが何人かいて料理を運んできていた。立食パーティーと聞いたが、私たち以外にそれらをつまむ者が見当たらず、座れるテーブル席まであった。ここも同様に広く、宴会場のようでもあった。

「あの、どうすれば?」

 勝手に招かれ、勝手に食べて良いと言われても困る。私はさっき説明されたことを無視したように同じことを聞いた。

「適当な所に座って料理を楽しんで。ショーは一時間後に始まるから。私は他の事があるから、また案内が必要になったら現れるよ。」

 そう言うと彼は会釈をして扉を閉じ、私たちを二人っきりにしてしまった。

「姉ちゃん。いいんじゃない?もう説明できないとこまできたし。」

 美香は一連の出来事に驚いていたが、適応し、この空間に慣れようとしていた。私もそうしたいが、困惑は意図的に沈められるものではない。それでも妹に先を行かせ、料理の前に立った。どれも高級食で、普段から食べられるようなものではなかった。お皿やカトラリーも丁寧に置かれており、食べる分には申し分なかった。

「おーい。君たち。見ない顔は久しいな。最近はずっと一人で…どうだい?こっちに来ないか?」

 妹と豪勢な料理の前で顔を見合わせていると、意外と近い距離のテーブル席に男が居り、私たちに声を掛けた。中年のしわの多く、少しふくよかな男で、ここの従業員ではなく、料理をテーブルに運び、食していた。私たちはビクッとなったが、私たちと同じようにここに招かれた人間だと予想し、近くに行って話してみることにした。

「こんばんは。いきなりで申し訳ないんですが、ここはなんなんですか?」

 私は男の横まで行き、座らずに聞いた。料理を丁寧に食べ、卑しい印象は無かったが注意はしておきたかった。

「ここかい?転換の館。人が報われるためにある場所だよ。僕もここに招かれてから、少しずつだけど良くなったよ。」

 男はこの場所が何かを知っているらしく、私たちが見た通り、招かれた者らしかった。そして、決して悪い所ではないと解ったがもっと聞く必要があった。

「おじさん、お名前は?報われるってなんすか?」

 妹は興味を持ったらしく質問した。ちょうど私も気になっていた所だった。悪い人でもなさそうだし、止める理由は無かった。

「「雄三」だよ。宜しく。話すと長くなっちゃうな。どうだい?食事でもしながら。君たちが良かったらだけど。」

 雄三は私たちに挨拶をし、食事を誘った。でも嫌ではなかった。その態度は敬意や理解を感じられ、どこか安心した。

「美香っす。姉ちゃん、私はいいよ?」

「「恵」です。恵みって書いてメグです。そうね。私たちも料理を取ってきますね。」

 私たちは適当に料理を皿に盛り着け、雄三のいるテーブルへと戻って席に着いた。一応、失礼を承知で一つ席を空けて座ったが、雄三に気にする様子は無かった。

「それで、話の続きだね。ここに来た人は何かしら報われる。僕も詳しくは知らないけど、幸福を後押ししてくれる。そんな場所さ。君たちもここに来たからには幸福になれるかもしれないよ?」

 雄三は説明してくれ、惰眠と同じことを言ったが、いまいち、ピンとこない話だった。幸福というのは人それぞれ違うし、それをどういった形で受け取るのかは謎だ。

「雄三さんは、具体的に何が変わったんですか?」

 私は探るため、そう聞いた。少し、プライベートな話になるかもしれないが、とにかく私たちが招かれ、ここが何のためにあるのかを知りたかった。

「聞いちゃう?いいよ。僕はずっと中小企業を設営しててね。前職で他の企業が助けて欲しいって言って、契約を結んだんだ。それがまずかったみたいで、企業はどんどん落ちて、経営破綻になった。でも、被害は僕の周りだけで済んだよ?そしてここに来た。それからは、普通に仕事も再経営できて、前職での経験も活きてるんだ。」

 この男は見かけ通り悪い男では無かった。正直者で、優しい性格だった。ここには人を蹴落とす様な人は来れない。という旨の、惰眠の言葉を思い出した。そこまでされてこの雄三は他の人の安否を願っていた。

「復讐とかは考えないんすか?」

 美香は箸を休め、雄三に聞いた。尤もな意見で、普通ならば文句の一つでも出るはずだ。

「とんでもない。僕がやってしまったんだ。僕はみんなが無事だったから、それでいいと考えているよ。」

 雄三は心が澄み、食い物にされたという自覚がないのか、その契約相手への恨みなどは一切無さそうだった。私はふと、ここの存在理由が頭によぎった。

「私たちも、多額の借金があります。ここに呼ばれたのは関係があると思いますか?」

 そう、私たちにも人の寝首を搔かなかった過去があった。いや、今現在も続いている。私たちの父親は多額の借金を背負い、それをなする形で私たちの前から逃げて行った。訴えれば確実に裁判で勝てただろうが、私たちはそうしなかった。

「姉ちゃん、初対面だよ?」

 私はつい言ってしまった。普段はこのことを表に出さず、生活してきた。しかし、妹も気になっていたのか、強くは叱らなかった。

「大変だね。引き出してしまったみたいでごめんね。関係あると思うよ。ここに来る人は何かしら抱えてる。」

 雄三は相談相手にもなってくれそうだった。同じような境遇を抱え、誰かを傷つけないという硬い意志は、私たちと似たものがあったからだ。そして、ここがそんなことが報われる場所だというのなら、信じてみたいと思えた。転換の館。その名前がしっくり来た。

「いや、ありがとうっす。何か来てよかったって思えてるっす。」

 私と同じことを美香も感じ取ったようで、雄三にお礼を言った。やっぱりそうだ。この子も根は本当にいい子だ。父親が居なくなってからぐれてしまったが、私に対しても悪態をつくようなことはなかった。

「こちらこそだよ。さあ、食事を楽しもう。ここでは全て忘れて楽しめばいいのさ。ショーももうすぐ始まるだろう。」

 雄三も笑い、応えてくれた。ここでの出会いも大切なのだろうと思い、私たちは雄三と共に食事を楽しむことにした。何のしがらみもなく、現実を忘れて食べられる食事は最高だった。

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