きっと報われるから

aki

第1話  不思議な館

 昼過ぎ、もうじき夕方にもなろうという頃、玄関の扉が開いた。

「ああ、「美香」。今日は早いわね。どうかした?」

 私は扉を開け、自分の妹に話しかけた。美香は高校に通っており、いつも寄り道ばかりして帰りが遅い。しかし、今日は一直線に帰って来たみたいだ。

「姉ちゃん。こんなもの拾ったよ。封は開いてた。この手紙見てたら、なんか拾わなきゃって。そう思ったの。」

 美香が持って帰って来たのは手紙だった。封は開けられていた。美香は、素行はいい子なのでわざわざ持って帰ってきたのも、悪行によるものでは無さそうだった。

「確かに。何か変ね。持ち主には悪いけど、中身を拝見させて頂きましょう。」

 私も妙な気分だった。読みたい。というより、読まなければ。という強い感情に駆られる。封筒には特に何も書かれておらず、誰宛ての物かを確認する術はなかった。気は引けたが、恐る恐る、玄関で妹とその手紙を取り出し、開いた。


 ようこそ。これを見つけた貴方はとってもラッキー。妖艶で、豪華絢爛な館へと招待いたします。え?この手紙は誰へ宛てたものだって?それは貴方、いやあなた方かな。いずれにせよ、これは紛失物じゃないよ。拾われることを予期しているものなんだ。怪しいと思って目を進めてるそこのあなた。これは誘拐とか、犯罪とか、そんな低俗なものでは断じてない。選ばれた人だけが出会える不思議な切符。そんなものさ。さあ、この手紙の裏に書いてある方法で、館に来てください。私たちは貴方の御訪問を心から歓迎しています。

 P.S.ご招待は三人まで。日程は決まっていません。いつでも大歓迎。お帰りもいつでも。損はさせないよ。


 手紙にはこんな怪しい文言が書かれていた。所々丁寧語が使われ、どの立場で言っているのかわからないのが余計に怪しい。誰かのいたずらかと私たちは思ったが、なぜかしっくりときてしまっている。この手紙にはそういう力があるのかもしれない。首をかしげながら裏面を見ると、館への行き方は不思議な儀式のような、おまじないのような方法で、簡単だが、凝って作ってあった。

「怪しい。如何にもって感じだね。でも、やってみてもいいんじゃない?もしかしたら行けるかもよ?」

 妹は誰かの大切なモノではないと知って安心したのか、この文面を楽しみだした。占いや都市伝説と言ったふわふわとしたものが好きではない彼女が興味を示したのだ。

「えぇ…私は乗り気じゃないな…別に信じたわけじゃないけど、騙されてその通りにやって滑稽なのは嫌だもん。」

 でも、妹はニコニコして手紙を眺めているので私はこれ見よがしにため息をつき、それを実行してみる意思を見せた。今日の美香はいつもより明るい。根は明るいが、色々あって暗い表情の時もある。

 私たちは手順に従って、おまじないを掛ける。部屋中のカーテンを閉め、赤く熟れたトマトにコップを乗せ、オレンジジュースをそれに注ぐ。はたから見ればまさに滑稽で、それを正直に行っている私たちは馬鹿丸出しだった。それから手を繋いで、目を閉じ、十から数える。

 次に目を開けた時、私たちは別の場所にいた。まさかとは思ったが。辺りは夜で、目の前には手紙にあったとても大きく、美しく照明が輝く館があった。それ以外に目立つものはなく、柵に囲われ、ただそれだけが存在していた。

「ようこそ!ここの支配人。「惰眠」です。変な名前でしょ?さあ、中へ。君たちを待っているよ。」

 門に寄り添っていた男がこちらに声を掛けた。トレンチコートを着て、目を仮面で覆っていた。仮面は目が見えないようになっていて、顔半分は完全に覆われている形だった。話し方も手紙と同様で変だった。あまりにも怪しく、流石に私と美香は後ろに下がった。

「何なんですか?ここ?」

 姉として妹の前に出て、この胡散臭い男の動向を見張った。急にこんな所に飛ばされて混乱していたが、我ながら冷静に行動できていた。

「ここは「転換の館」。人生を華やかにするため、私たちは人々を迎える。君たちが手紙を拾えたのは何かの因果さ。純真な心を持ち、純真な幸福を望む者だけがここに来られる。つまり君たちは善。我々の価値観ではね。そしてお代は一切頂かない。これは私たちのおもてなしです。ここに来られた君たちは幸福になれるはず。」

 この男はまた変なことを言い出したが、妹が純真で、人を蹴落とすような人間ではないことは私の目から見ても確かだった。少し化粧っ化が強く不良のような見た目だが、優しく、分け隔てなく人と接する心意気があった。

「でも、怖いっす。中に何があるんすか?」

 美香は私の後ろからその男に言った。のこのことついていくほど私たちは単純じゃない。信用するための要素が足りなさすぎる。

「最初は皆そう言います。この館では立食会や演芸などの催しがされています。いわゆるパーティーさ。君たちはそれを楽しんでくれればいいんです。そうしていればここに来た理由も自ずとわかる。確かに怖いよね。じゃあ帰る方法を教えよう。それはいつでも使える。試しにそれで帰って、戻ってきてごらんよ。だったら何時でも帰ることができるとわかる筈さ。」

 惰眠が指を鳴らすと、妹が持っていた手紙が輝いた。何事かと私たちはそれに目を落としたが、さっきまでは書かれていなかった手順が手紙の余白に記載されていた。その方法もシンプルで、目を閉じて手を三回鳴らし、頭の上に両手を置くというものだった。

 それを実行して目を開けたら、本当に部屋に戻っていた。何一つおかしなことは無い、いつもの私たちの部屋だ。

「姉ちゃん。こんな奇妙奇天烈なことがこの世にあるなんて。よく作り話で夢じゃないかって頬をつねるけど、そうしたい気分だね。」

 私も同じ気分だった。狐に化かされているのかと思う程現実味がないのだ。私たちはまだ半信半疑で、あちらに行く手順をもう一度行った。そしてまた、館の前に来てしまったのだ。

「どうだい?面白いものだろう?中を案内するよ。」

 惰眠はまだそこに居り、私たちが目を開けると共に手招いた。幸福になれる。そんな甘い汁を信用していいものかと私たちは疑ったが、こんな、人に言っても絶対に信じられないような体験を楽しみたいという好奇心があった。私たちは手を繋ぎ、門を潜った。


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