第13話 今だけはこの悪夢からの逃避を
東京都内某高級ホテル内ツインルーム__
「…また消えたわね」
私は宛がわれたホテルの個室で戦闘の映像を見ていた。
昨夜帰ってきてから報告書をまとめてから寝て、朝早くに起きてから昨日の精査をしていたところ、テレビのニュースで情報を把握した。超巨大異生物の出現した或島まで遠いため、事実上の待機命令が出たのでそのまま手持ち無沙汰に中継を見ていた。
「…溶けてたわよね?」
驚いたのはタイタンの左腕装甲がドロドロに溶けていたところだ。その後すぐに5号を退治して撤退したが、明確に傷を負ったのは初めてだろう。
「…金属片落ちてるかもね」
さすがにあの大きさなら一部の装甲片が落ちててもおかしくないだろう。恐らくそれを求めてあちこちの組織が動くだろう。ということは…
「…準備しとくべきね」
場合によっては強奪や牽制でこちらも動くかもしれない。そのための準備をするために、夕べ届いた装備を整えておく。
ふと、ベットの横を見ると昨日買ったストラップが置いてあった。夕べ寝る前まで眺めていたからだろう。
「………」
私はそこにストラップを置いたまま、準備を始めるのだった。
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……目覚めても現実は変わらなかった。
ベッドの上に移動したわたしは左手をシーツでくるみ、さらに全身を季節を先取りした冬物の毛布で包んで世界と隔絶した。
眼を閉じ、息を整え、精神を凪の向こうへと持っていこうとしても、右手の先にある布越でも冷たい感触がわたしを許してくれない。
どれだけ時間がたっただろうか。いや、もはや時間を考えるのも嫌だ。この後わたしはどれだけ生きるのだろう。数日?数か月?数年?どちらにしろ、この狭い空間から出たら、人からは好奇の視線で見られるだろう。いや、それだけならいい。明らかにミニステールと同じようなデザインの機械腕からわたしを繋げて、誘拐されて、人体実験されて…
(…結局、生き殺しにされるのね…)
静かにしてると、二つの音が聞こえてくる。心臓の鼓動と、左手から鳴る金属音。
それがわたしの耳からではなく体から響いていることが、何よりの苦痛だった。
うつ伏せの状態から少しだけ顔の部分を外に出し、寝室の窓を見る。カーテンを引いた窓枠の向こうは、今の私と同じ曇った空。もしかしたらこのまま雨が降るかもしれない、暗い空。
その向こうに広がる世界を恐れ、わたしは毛布を被りなおす。
(……あぁ)
もうこのまま消えたい。このまんま世界から忘れ去られればどれだけ幸せだろう。もしも願いが一つ叶うなら、わたしのことをみんなの記憶から消去することを願うだろう。
人生を捨て去るような馬鹿げた決断と人は言うだろう。でもそれでいい。なぜならわたしは…
(…人間じゃ、なくなったから)
枕が湿っている。あちこちから汗も出てきている。ただ、左手にまいたシーツは全く湿っていく様子はない。
「…う…」
わたしは
…何て滑稽っだったんだろう。
ならば
(ワタシは対異生物用戦闘ロボット【ミニステール】…でしょ?)
そう、ここで人間の振りをして潜んでいるのは、ただの
ピンポーン
「…あ」
そういえば今日はなんの日だっけ?
戦闘に行く日?違う。
掃除をした日?違う。
…蓮と会う日。
2度、3度とチャイムが鳴った後、鍵が回る音がした。そういえば先月から彼女に合鍵を渡したままだった(*1)。
「…みずき、居る!?」
玄関を開け閉めして、廊下を急いで走る音。途中、リビングルームを開ける音がしたが、すぐにこの寝室前まで来た。
「みずき⁉」
足元からドアを開け放つ音が聞こえる。蓮はおそらくベッドの上の毛布の山に驚いているだろう。だが異常事態を察したのか、毛布をひっぺがえそうとする。
「みずき!起きてるんでしょ!?その手を放して!!」
「…ワタシのことは放っておいて…」
「そうはいかない…のよ!!…っかぁ!!」
さすがに力比べで勝つのは難しいと思ったのだろう。一度布団から手を放した蓮は今度は下側から攻める…と思いきや、足をつかんでベッドから
「…やめて!!」
「おとなしくしてて!!」
さすがに地面から剝がされた毛布を剥がすのは簡単だろう。そうなる前に
ようやく見た蓮の顔は息苦しそうにしながら、どこか呆れと安堵の表情を見せていた。
「……みずき、その、左腕溶けてたけど…欠損していたり、しない?」
…残念ながらもっと事態は深刻だ。
「…よかった…?え、でも、左腕に何かあるの?」
蓮はぐるぐる巻きの左腕を見てそういうと、こちらに向けて一歩踏み出す。後ずさろうにも、後ろは壁だ。
蓮は私に近づいてくると、右手を
「…みずき、何かあるんならわたしに見せて」
蓮は真剣な表情で
…ここは見せるべきだろうか。こんな醜い
ギィィィィ
気づかないうちに、左手に力を入れ過ぎてしまった。そこから響く、金属音。
音を聞いて蓮は驚いた表情を見せ、わたしの左腕に視線を移す。だがすぐにその視線は
…もう隠しきれない。
わたしは右手で左手にまいたシーツを取っていく。袖の先から出てくる金属の塊、人の姿を模した手が、白日の下にさらされる。
「…み、ずき…?」
蓮はそれを見てショックを受けた表情を浮かべた…と思っていたら、急に右手を使って
「えっ…」
たまらずふたりで座り込む。
「…ごめん、みずき。隣にいてあげられなくて」
蓮はそういうと、頭を優しくなで始めた。
「さっきから不安だったでしょ…」
優しい口調で語りかける蓮は少し涙声で…
「大丈夫、わたしが来たから」
…やめて、そんなこと言われる価値なんて
「今は、わたし以外誰も見ていないから」
蓮の優しさが、
「今だけは、泣いてもいいんだよ。……友達でしょ?」
もう、心が耐えきれなかった。
「う…あぁぁぁぁ………あぁぁぁぁあぁぁぁあぁ!!あぁぁぁぁぁぁ…」
わたしは、その日初めて、声をあげて泣き叫んだ。
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(*1)みずきの家に来ること自体割と頻度が高いのもある。
(*2)なお、蓮の筋力は運動部ほどではないが重いものを持つからかあるほう。
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後書き
あぁ…ダメだ
前回の異生物戦より今回の布団バトルのほうが書いてて楽しかった。
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