第7話 一歩一歩、着実に
首都圏某空港ロータリー____
【ここからの会話は、日本語に訳しております】
『東北地方に超巨大異生物が出現して三日。各地では災害復興のため、海外からの救援隊が入っています。しかし、特にひどかった山岳地域への道はいまだ修復できておらず、複数の地域で音信途絶となっております。このため政府は、自衛隊の一部部隊を…』
「……時間か」
その日、チャールズは激務の合間を縫って空港に来ていた。
左手に経済新聞、右手でペンを持ち、時々何か書きながらふらふら歩き、大型モニターのニュースを時々見ている…ように見せかけ、周囲の警戒を怠らなかった。
(まぁ、あいつがへまをするとは思えんが)
そうしてうろつき始めて30分ほど経つが、同業者がいないことに意外感を覚えながら待ち合わせ場所についた。
そしてやってくるのは一人の少女。
赤いベレー帽をかぶった金髪。サファイアを思わせる蒼い瞳と整った顔立ち。150行くか行かないかの身長には少し大きめな藍色のコート。そして脇に持った旅行者であることを示すレモン色のキャリーケース。
間違いなく彼女が待合人だが、念のためあちらの動きを見るチャールズ。
「‘‘そこのナイスミドルなおじさま?この辺りに果物屋はないかしら?‘‘」
「‘‘うちの店のレモンは苦くて酸っぱいんだ。お勧めできないよ‘‘」
「‘‘アロマに使うの。味は気にしないわ‘‘」
「‘‘では、ご案内しますよお嬢様‘‘」
そうして合言葉(*1)を合わせられた少女が本物だと判断し、駐車していた車にエスコートする。後部席に座った少女とチャールズは運転席の部下に発車を命じ、空港から離れていった。
「…で、久しぶりね
「2年前のインド以来か?」
「ジャカルタよ」
「おう、すまないオンブラ」
「いいわよ、それも確認でしょ」
隣に座った少女__オンブラは事も無げに返答する。チャールズとは旧知の仲のオンブラにとって、ここまでの対応は予想できたことだからだ。
「それで、今どこまで進んでいるのよ?」
「これが最新の資料だ」
そう言ってチャールズは紙をオンブラにわたした。
しばらく読みふけるオンブラだったが…1分もせずにチャールズに返した。
「3週間でこれとは…」
「他も似たり寄ったりだ」
「ボスが休暇中の私を呼び出すわけよ…」
このオンブラという少女、その可憐な外見とは裏腹に裏社会の工作員として生活している。これまでその細腕で何人もの敵対者を屠ってきた一流のエージェントだ。最近某国である組織を壊滅させた後、雇い主から長期休暇の許可を得てバカンスに繰り出すはずだった。それを緊急案件でつぶされたので、少し憎しみを抱いているのは別の話。
オンブラは事前に雇い主から資料を渡されていた。その資料から更新されているのは、第4号超巨大異生物に関する戦闘模様とミサイルランチャーの情報だけだった。
「…ボスはタイタンに繋がる情報を少しでもお求めだ」
「…文字通り一攫千金の情報ね、動力だけでもわかれば…」
「そこは各機関まちまちでな、あの短い戦闘だけでも2万人都市が1週間暮らせるだけのエネルギーが必要という最低試算がある(*2)」
「…そんなエネルギーを積んでるの?」
「そこも分からん」
「本当に危険ね、このタイタン…」
オンブラとそのボスはチャールズを高く評価していた。慎重に慎重を重ね行動し、こちらのリスクを最小限にしてから行動するその様は、情報機関の指揮官として替えの利かない能力だったからだ。そして組織で着いた2つ名が【慎重な男】だ。
実際2年前のジャカルタの案件(*3)で、オンブラはチャールズの予備策がなければ死んでいたので、この同僚との新たな仕事にある種の安心感を覚えていた。それと同時に組織の中でも工作員として最強の自分とチャールズを一つの案件に投入するほどの事態が起きていることに、不安を覚えていた。
「でも、本当にこいつどこから出現しているの?異生物同様、まったくの不明とか(*4)?」
「いや、わずかだが法則はある」
そう言ってチャールズが新たに見せたのは、異生物出現とタイタンの戦いを解析した地図入りの資料。
「タイタンは異生物に基本的に出現後400メートルの距離をとって現れるんだが、一度目の時だけなぜか200メートルなんだ」
「…一度目の時だけ、何か事情があって距離を近づけた可能性があると?」
「その事情になりそうな条件をいくつか探してみたんだが…」
そして見せられるのは、超巨大異生物1号ゾウンが大きく口を開けエネルギーをチャージし始めているところに、タイタンが現れたシーン。
「…ここまで被害が拡大したのに、このポイントで急に出てきた。それはここで一号が熱線を吐くと、タイタンにとって何か不都合なことが起こるからだと考えたんだ」
「偶然ではなくて?」
「そういって可能性を摘むのはよくないぞ、オンブラ。ボスにも言われているだろう?」
ここでその名前を出すのは卑怯だが、実際ボスも石橋をたたいて渡るためにこの組織を作った側面もあるので、あながち間違いでもない。
「それでこのときの一号の視線の先に何があったか、誰がいたのかを調査している最中だ」
「…で、成果は?」
「6割が白だ。君には残りの4割の一部をとりあえず担当してほしい。付近のエージェントに繋がる端末も渡しておく」
来日してから最初の仕事。それにしては大雑把だが、他の組織も似たようなものだとボスへ上申していたチャールズの指示に、従うことにした。
「…それと、任務は明日からだ」
「…了解」
時刻は午後の3時ごろ。念のための他のエージェントの顔合わせをさせるつもりだろう。
そう判断して資料を再び読み始めたオンブラは、横のチャールズが口元だけ笑っていることに気づかなかった。
(安心しろオンブラ、ボスに許可は取っている。今夜はたっぷりかわいがってやるからな……)
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その日の夜、歓迎会という名目で連れていかれた焼き鳥屋で、チャールズが予想していた栗きんとんではなく抹茶アイスにはまることを、オンブラはまだ知らない。
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「みずき―、明日のイベントどうする―?」
第四号を倒して数日後の金曜日の放課後。裁縫部の部室で蓮はそう聞いてきた。
「…やっぱり行く?」
「いやー、やっぱりこれのは行くべきでしょ!」
そう言って机に置いてあるチラシに書かれているのは、ハロウィンコスプレ大会の文字。
「このチャンスを逃せば、来年までハロウィン衣装着られないよ?」
「だからって県庁の広場のイベントに行くのも…」
ハロウィン衣装は一応用意してある。ただ、このひと月で色々ありすぎたため、参加を辞退しようと考えていたところだ。
「××市で行うはずだったイベントの代替えだからね…、気にするのも分かるよ。でもみずき、大事なのはみんなを笑顔にできるイベントだってこと」
「え…?」
「色とりどりの仮装でつらい現実を忘れ、ひと時の空想の中へ誘う…それがコスプレってものでしょう?」
蓮は舞台役者のような大業なそぶりで力説する。たしかに言ってることは一理あるのが悔しい。
「…そうだね、行こうか」
「よし!!じゃあ朝の6時に待ち合わせね!」
「えー、やっぱり早すぎない?」
他愛のない日常の一幕。しかし次の日、運命の出会いがあることを、わたしはまだ知らない。
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(*1)なお、チャールズの会社は実際にレモンを扱っている
(*2)間違いなく未知の動力といってもいい
(*3)チャールズとオンブラの2つの任務がほぼ並行していた
(*4)そもそもこの出現方法自体の奇怪さが異生物と呼ばれる所以でもある
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後書き
ようやく新キャラを出せた…
オンブラちゃん?金髪碧眼のグルメ大好き暗殺者だが何か?
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