第6話 されど、矛盾を抱えて回り続け
「おかえりー」
気づくとわたしは、裁縫部の更衣室に戻ってきていた。部室の中で見張っていてくれた蓮はわたしの帰還に気づき、声をかけてくる。
わたしは更衣室を出ると自身の机に座り、突っ伏した。
「…えっと、異生物は?」
「倒したよ…」
「それはよかった…の?」
「…防衛軍、無茶苦茶展開してた…」
「あー…」
蓮が言い淀んでる。これで四回目とはいえ、わたしが帰ってくるとこうなるのを見て声をかけづらくなるのは、いつものことだった。
「また…拡散される…今日なんて腰のランチャーまで使ったし…」
「…え、オプションのではなく?」
「うん、小さいほう」
あのランチャーは色々な弾が使えるが、発射位置が正面にはないので使いどころが限られる。いや、最大角まで変形させれば正面になるが、出来ればやりたくない。
「…まぁ、明日の新聞に載るのは確定してるからあまり聞かないよ」
そう言ってくれるわが親友がうれしい。
「ところで…、まだ避難警報が完全解除されていないんだけど」
異生物が出現した後は、安全が確認されるまで完全には警報が解除されない。
特に巨大異生物出現に連動し全国で警戒レベルが上がると、5,6時間はこのままだ。
つまり…
「今日は学校でお泊り?」
「そうなるのでこちらを用意しましたー!」
顔を上げると、部室の隅に段ボールが2個積まれていた。確かあれは非常用セット(*1)だったはず…。
「そしてそしてー、部員は基本部室で寝るようにとお達しがきています」
「…またか」
2号の時も、こんな感じだった。もう日も落ち、このまま帰宅するのも危険なので、このまんま明日は休みになる可能性が高い。
「…じゃあ、シャワー室(*2)を借りられるか見てきて…」
グゥウウウウウー
…………
「みずき、ほら、カップ麺あるよ?」
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東京、日本国防衛隊東京本部内総合指令室___
「よっ、平気か今」
「…手短にしてくれ」
大山田一佐は入ってきた人物___向井一佐に声をかけられた。
第4号異生物の撃破から1時間__防衛隊の迎撃は散々な結果に終わり、
「派遣軍(*3)の様子を速報でまとめてきたぞ」
先日の第1号異生物ゾウンの出現により被害が出た日本を援助するため各国が支援の名目で派遣してきた救援部隊。だがそれはRー1を狙う思惑を含んだ存在であることは誰にでもわかった。そのため派遣軍を裏から監視する任務を、向井一佐率いる第2資材課(*4)が担当していた。
「…やはり大半の国家が時間稼ぎをしていたか。」
「わかっている19国のうち2つが支援を拒否、1つは戦力不足で断念、あとは『上層部で決める』という様子見だよ」
「…想像以上だな」
大山田は渋い顔をする。ここまで様子見をする姿勢の国家が出るとは思わなかったのだ。日本の防衛隊を消耗させ、あわよくば漁夫の利を狙おうとする考えをこうも隠さないと、いっそ清々しい。
「…中将が渋い顔をするわけだよ」
「ここまで活躍できないと、予算申請の説得力が下がるからな」
4年前、異生物が出現したときの政権は弱腰だった。ある程度の武装導入に時間がかかり、国民からの非難を浴びたのだ。たまらず首相は胃痛(*5)を理由に辞職。次の政権にバトンタッチした。
しかし、当時の野党第2党党首だった今の首相が『異生物から市民を守るための国家防衛隊構想』を出し、次の選挙で大勝。首相就任後その権限で自衛隊から分離させる形で日本国防衛隊を作ったという経緯がある(*6)。
そのため国防隊は、予算の権限を握る内閣に頭が上がらず、また内閣も国家防衛隊の活躍を軸に支持率を上げてきた経緯がある。それが今まで保たれてきたのは、ひとえに防衛隊が対異生物に対し有効打と成り得たからだった。
しかし、超巨大異生物出現以降の防衛隊のイメージは悪くなるばかりで、政権からも疑問視され始めたのが今の実情である。
「…先日の会議で、R-1の管理のため、専属部隊の創設を指示された」
「それより派遣軍を黙らす大義名分をくれよ、あと4,5歩で日本壊滅だぞ?」
大山田と向井は、もともと自衛隊の非主流派の幹部だった。しかし防衛隊創設の時に徳山防衛隊最高司令(*7)に誘われる形で転属した経緯がある。大山田は各種の調整担当を、向井は裏方の根回しを中心にやる気心の知れた中だ。そのため防衛軍の影のNo2とNo3と呼ばれる二人の会話は、司令部の他の人間にとっては笑えない話でもあった。
この二人の言う壊滅とは、『異生物によって』ではなく『人間によって』という意味が強いからだ。
「…せめてRー1に意思があればな」
「まぁ、あんな有機的動きができるんだ。多分人間がかかわっているだろう」
「…研究班は、あの速度を出したら中のパイロットに少なくとも10Gはかかるというふざけた試算を出している」
「てことは、中のやつはよほどのゴリラというわけだな(*8)」
そのころ、みずきがくしゃみをしたのは別の話である。
「…まぁ、ゴリラだろうが何だろうが、我々はやつを確保せねばならない」
「派遣部隊が何かつかんでたら、そっちに回すぞ」
「了解だ」
そう言うと向井は総合指令室から出て___すぐに戻ってきた。
「そういや、研究班が例の特殊装備を完成させたとよ」
「なんだとっ!!」
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…眠れない。
時刻は深夜の1時ごろ。わたしは寝袋の中でもぞもぞしていた。
カップ麺を食べ、シャワーを浴び、パジャマで今日の復習を二人でやった後、部室のカギをかけ寝袋に入ったのが10時過ぎ。それからすぐに眠りについたはずが、気づけば目を開けていた。
…眠れない。
ふと隣を見ると、蓮が静かに寝ていた。
普段見せるオタクの笑顔とは程遠い、深層の令嬢の微笑を見ると元がいいことがすぐにわかる。ただし、その寝袋が緑色の芋虫型なのがすべてを台無しにしているが。
「うーん、みずきのため―」
少しだけ寝言を言っているが、夢の中でもわたしといるらしい。
ふとカーテンを引いた窓を見ると、月の光が僅かにこぼれている。
きっと外は肌寒いだろう。屋内にいてもかなり冷え込んで…
(…東北の人、寒いだろうな)
今日戦った巨大異生物によって壊されていた街を思い出す。黒い煙と、ぼろぼろの窓と、あちこちから登る赤い火。仮に命が無事だったとしても、それまでの日常も無事だとは限らない。
(そう考えると、わたしの活動って、本当に最善だったのかな)
偽善、自己満足。
そんな言葉が浮かぶほど、わたしの隠し事は大きかった。
『このロボットは、なぜ正体を隠しているのでしょうか?』
『きっと、中に人が乗っていないのですよ。良心があるなら、名乗り出ているはずです』
そんなコメンテーターの誹謗中傷を思い出してしまう。
結局、わたしは戦う理由が薄かった。最初の時は、無我夢中で目の前の異生物を倒していた。でも、二体目以降は最悪わたしがでる理由はないのだ。無論あの声のこともある。だが、それがわたしである必要はないのだ。
(…なんで、わたしなんだろう)
この力を、誰かに渡せたなら。でもその人が、本当は悪人だったら?その力に酔いしれて、狂ってしまったら?
ならわかっている身内___例えば蓮とか__
(いや、もしミニステールとして見つかってひどい目にあわされたら、私のせいだ)
こんな力を誰かに渡すなんて、それこそわたしの心が耐えられない。こんな誰かを不幸にする力を___
狭い部室に、水が落ちる音がした。
「なんでこんな力、持っちゃたのかな?」
返答なんてない疑問を、口に出していた。
「みずきは、あのとき間違いなくヒーローだったよ」
「え」
蓮を見ると相変わらず寝息を立てていた。また寝言だったらしい。
でも今の寝言で、幾分か心が楽になった。
「…ヒーロー、か」
そうだ。誰に何を言われても構わない。わたしはわたしの勝手で今まで動いてきた。今後ともそうするだろう。でもその中で、私が救った命もある。救えなかった命もある。
だから自分の満足のために、異生物退治を続けよう。いつか結果がわかる、その日まで。
「そう…それがミニステール…わたしの存在意義なんだ」
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(*1)入学時に学校が預ける分を用意することになっている。
(*2)基本運動部用だが、非常時は解放される
(*3)外国の救援部隊の通称
(*4)実際は防諜組織の一角
(*5)本人は仮病のつもりだったが、検査したら本当に病気だと発覚した
(*6)反対の声はあまりにも少数になるほど、異生物の被害がひどかった。
(*7)表向き階級は中将だが、実際のところ自衛隊元帥クラスの立場にある。
(*8)なお、向井はパイロットを目指し、あと一歩で試験に落ちた経験を持つ。
そのためそのGの異常性を知っている。
_____________________________________
後書き
今更ですが、この作品はフィクションです。実在の団体、人物などとは関係ありません。
次回!!大山田が超変形!!怒りの鉄拳を振り下ろす!!(嘘)
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