第40話

「レイ殿、応援要請です」


 気が付けばレイは十五歳になっていた。つまるところはもういつ原作が始まってもおかしく無い状態だ。


 果たして原作通りレイは介入出来るのか、何の事故も無く主人公達はシナリオを歩めるのか、設定上におけるレイの誕生日を迎えてから気が気でなかった。


 しかし、嗚呼、しかし。ようやく来たかとレイの中の彼は歓喜にうち震える。或いは恐怖や不安だったかもしれない。それでもいずれは通らなければならない道であり、彼からすれば運命を変える為の戦場だ。


「詳細を」


 昂ぶる感情を抑えつつ、レイはいつも通りの無感情を装って騎士に尋ねる。騎士は仰々しく敬礼を取りながら「はっ!」と声を上げる。


「パルアネ村にて犯罪者を発見! 要請を受けた騎士達十名で捕縛を試みたものの、相手の実力が高く現在難航中との事! 部隊長カールより付近に任務帰りのレイ殿が居るはずなので応援要請をしろとの命を受けた次第でございます!」


「分かった、すぐ向かう……ミリー、悪いけど先に戻って任務の報告をお願い」


「おっけーっす」


 もうすっかりペアとして行動しているミリアーネにお願いをしつつ、レイは確信する。これは原作において初めてタケルとリリーがレイと戦うイベントであると。


 タケルは現時点で既に魔剣を所持している。いくら精強な騎士がいたとしても、タケル達に勝つのは難しいだろう。


「報告ご苦労、先に行く」


 応援要請をしに来た騎士を労わってから、レイは馬で駆け出した。




 レイがパルアネ村に着いた時には、既に九名の騎士は倒れていた。残る一人は恐らく部隊長のカール……部下が応援要請をし、応援が来ると信じて遅延に努めていたのだろう。


 そして、倒れた騎士達の中央に居るのは赤髪の少年タケルと、金の長髪の少女リリーだった。現時点でのリリーには直接戦闘能力は皆無な為、実質タケル一人でここまで戦ったのだろう。事実、彼の手に握られている独特な装飾の施された剣が、若干赤く光っていた。


 さて、仕事をこなすとしよう。


「犯罪者を相手によく戦った、後は任せて」


 馬を降り、剣を抜き放ちながらレイが告げる。するとカールは振り返り、安心したような表情を浮かべた。


「黄泉送り殿! いえ、無様を晒して申し訳ない」


 その恥ずかしい呼び名はやめて欲しいと切に願うレイだったが、その想いは通じない。カールは綻ばせた表情をすぐに引き締め、レイの後ろへと下がる。


「誰だ!」


 突然現れた第三者であるレイに、今の今まで戦闘していたにも関わらず息すら切らしていないタケルが声を上げる。彼からすればたった一人の援軍ではあるが、自身達を害そうとする敵でしかない。


「犯罪者に名乗る名は無い……が、面白い。まさか犯罪者が魔剣を持ってるなんて」


「魔剣……あれがですか」


「ああ、部隊長。君はむしろよくやった方だ」


 レイとカールが話しているのを見ながら、自然とタケルは柄を握る力を強くする。一体どうして自分が持つのが魔剣だとバレたのか。考えても分からない事だが、相手の洞察力に警戒を強める。


「さて、魔剣使いが何処までやれるのか。見たいとは思ってた……いい機会だ」


 レイは剣を持たない左手で、ちょいちょいとタケルを相手に挑発を行う。


『どうやら油断ならない相手らしい』


「ああ、行くぞ!」




 銀の長髪の少女へと、赤髪の少年タケルは全速力で駆ける。一歩足を付ける度に力を込めて大地を踏みしめ、さらに加速するようにと強く蹴る。グングンと加速していく中で魔剣「メテオ」を強く握る。


 対するレイは、特に構える事すらせずに自然体のまま。どんな攻撃でも対応出来るという自信の現れなのか、或いは何か別の思惑があるのか。


「うおおおおおおおおお! 爆炎剣!!」


 自身の間合いに入る少し手前で、タケルはそう叫びながら魔剣「メテオ」を掲げる。刀身から爆発的な炎が噴出し、軌道の全てを焼き尽くす剣が振るわれる。


 鉄すらも溶かしうる熱量、エネルギーの噴出によって増した威力。魔剣を手にしてから今まで、立ち塞がる全てを斬り裂いてきた絶対の自信を持つタケルの一撃は、難無くレイによって受け止められる。


「なるほど、この程度」


 足で蹴る事すら可能なレイは、敢えてタケルの剣を力任せに弾く。魔力を練り上げる彼女特有の身体強化すら使わずに、それを為せてしまう。


『ファイアボール!』


 弾いたとは言え剣の間合い、そしてその状態から放たれる炎の魔法。五つの火球がレイを焼こうと迫る。


「氷刃」


 切って捨てる事すら可能なそれを、レイは敢えて魔法で迎え撃つ。彼女の最も得意とする氷の刃を作る出す魔法、それによって生み出された六つの氷の刃が、迫っていた五つの火球を全て防いだ。


(……そうか、ゲームだと魔剣所持者でも詠唱してたけど、魔剣となった奴らの元々のスペックを考えれば詠唱破棄は出来て当然か。なら、ゲームより三倍強いと仮定した方がいいな)


 自慢の剣技を防がれ、不意をつく魔法すら消され、驚きを顕にするタケルを蹴り飛ばしながら、レイは冷静に思考する。


 そして出した結論は、それでも問題ないという極めて単純なものだった。


「炎の魔剣、ならこうしたら面白そう……二重魔法・炎界」


 戦闘域の外側を急激に冷やし、そこから奪った熱エネルギーを自らの持つ剣へと纏わせる。揺らめく蜃気楼となって剣を覆い、そのまま発火して先程のタケルが使用した爆炎剣と似たような見た目となる。


「クソ、舐めやがって」


『熱くなるなタケル! 冷静に対処しなければ勝てない相手だぞ!』


 そして行われる先程の焼き直し。タケルは再び爆炎剣を発動し、レイとタケルの炎の剣がぶつかり合う。


 ただ熱を纏わせただけのレイの剣と、先程と何も変わらないタケルの剣。当然迎える結果は先程と同様のモノとなるはずだったが……。


『デュアルマジック・イラプション!』


 まだ鍔迫り合い出来ている状態で、魔剣「メテオ」が魔法を発動した。タケルから急激に熱が溢れ、レイは即座に後退するが―――


(なんだ、身体が重い?)


 いつものパフォーマンスが発揮出来なかった。まさかと思い視線だけを動かせば、歌を歌っているリリーの姿があった。


 ヒロインであるリリーは、魔剣を手に入れるまでは直接的な戦闘能力は有さない。しかし、戦いに参加出来ないわけでは無いのだ。


 彼女が持つのは「歌」属性の魔法。即ち彼女の歌には力があり、歌自体が魔法となる。


 本来魔法を扱うには詠唱という手段を挟む必要がある。しかしレイやクロエ、魔剣となったシャルロットのような天才達はその工程を破棄出来る。


 しかし、リリーは違う。


 彼女の魔法は歌であり、歌こそが魔法となるから詠唱という手間を挟む必要が無い。強いて言うならば、歌そのものが詠唱であるのだ。


 彼女の歌は、聞き手に影響を与える。聞こえない相手には無力な魔法だが、相手が聞こえさえするならば、魔法効果を齎す事が可能となる。


 今現在リリーが扱えるのは二つ、味方へとバフと敵へのデバフのみ。その二つの効果が二人に注がれていた。


 ―――タケルから溢れた莫大な熱量が、噴火のような勢いでレイへと襲いかかった。

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おしデス〜死にキャラの推しに転生したので精一杯守ろうと思います、推しを〜 峰々ねねね @kafeo-re

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