第39話

 ラウガウス・ハイペリオンはいつになく上機嫌だった。


 イカロスの翼―――より正確に言うならば、彼の思想に同調する真の同志達。繋がりを追われないように、隠れ蓑でしかないイカロスの翼に疑念を抱かれないように、彼等だけで会合を行うのは極めて希少だった。


 それでもラウガウスの、そして同志達の目的を達成する為には念入りな計画の擦り合わせが必要となる。いかにラウガウスが優秀であり悪辣であっても、為すべき事の大きさに比例して計画は複雑さを増す。


 本来の会合であるならば、誰も彼もが難しい顔をしてラウガウスは終始不機嫌そうな顔をしているが、今回は違った。


「嬉しそうですね、ラウガウス様」


 男の問いかけに、ラウガウスはクククと笑いを洩らす。


「当然だとも。いよいよ積年の願いを成就させられるのだから、上機嫌にならない方が難しい」


 ラウガウスの発言に、その場に集った同志達もまたついにと浮き足立つ。


「ミラアリスの始末は完了し、忍び込ませた鼠も有用だ。そしていよいよ目的の物も見つけ、我等の城も準備段階へと移った……そして、道化に相応しい演者も用意した」


 ああいよいよかと、ラウガウスは手に持った魔剣を撫でる。わざと杜撰な管理をしてきたそれは刀身が錆び付いていて、柄の部分に取り付けられた魔石は輝きを失っていた。


「我等の目的が達成されるのは目前……あとはこれから行われるグランギニョルを観戦するだけだ」


 失笑する人間が大半を占める中、一人だけ良い顔をしていない女性がいた。


「あまり多くの人が苦しむ姿を見たくは無いのですが……」


 彼女の言葉に、ラウガウスはふんと鼻を鳴らす。


「所詮、低俗な人間達が己の本性を剥き出しにして醜く争うだけよ。それとも貴様は、我々の理念には共感出来ないとでも言うつもりかね?」


 いいえ、と女性は首を横に振る。


「貴方様のお考え、そしてお導きになる未来こそが最も良いものであると信じております。けれど、その醜い争いを見るのが辛いのです……本来であれば、人間は隣人と手を取り合えると言うのに」


「そうだとも。手を取り合えない愚か者共がこれから死ぬだけの話だ。しかし貴女には少々目に毒のようだ……であるならば、見なければ良いだけではないか?」


「ええ、分かっております」


 ラウガウスを抜きにして、彼等は話し合う。志を同じくする同志であると、ラウガウスは言いながら彼等の事を鼻で笑った。


 何も分からぬ、自らで考える事をしない、低俗で愚かで無知蒙昧な猿だと。


 所詮ここに集った彼等でさえも、ラウガウスからすればただの使い捨ての駒に過ぎなかった。


「ああ、もうすぐだ……」


 遥か遠い光景を思い出して、ラウガウスは目を細めたのだった。




 ◆◆◆




 タケルには夢があった。


 それはいつも聞かされる英雄譚。今は亡き父がどれだけ凄かったのかを、祖父母と母が語るのだ。


 曰く、辺鄙な村の守り神。


 曰く、村に来た騎士によって見出された才能の持ち主。


 曰く、騎士団に所属して多くの功績を挙げ。


 曰く、ある街を襲ったモンスターの大群に一人で立ち向かい、街を守った英雄。


 常に人の前に立ち、苦難に立ち向かい、敵を倒して味方を守り続けたと。幼い頃のタケルは、その話を聞くのが何よりも好きだった。


 そして、いずれは自分も父のような偉大な男になりたいと思い続けた。


 歳を重ねてもその想いは変わらず、絶えず夢は見続けた。


 しかしタケルにとって、村は狭過ぎた。


 騎士になりたいと夢を見ても、村の中にいては少しのモンスターを倒すだけの生活だ。けれどそれでは偉大な父のように、多くの人を助ける騎士にはなれはしない。


 だからこそ、幼馴染のリリーにだけはその想いを告げていた。


 いつかこの村を出る、そして立派な騎士になる。


 この村は狭いと思いを同じくするリリーはタケルに同調し、私もこの村を出たいと告げていた。


 けれど、所詮は子供の戯言。どれだけ願おうが、村を出て子供だけでは生きていけない。弱いモンスターなら倒せても、強大なモンスターには手も足も出ない。


 だから、タケルは力をつけた。毎日苦しい鍛錬を積み、モンスターを相手に何度も死線を超えた。村を出たいと言うリリーを守れるように……。


 けれど、運命は狂い始めた。


 レイの視点からすれば、いよいよ運命の歯車が回り出したとも言えるだろう。


 たまたま村に訪れた騎士によって、リリーは魔法の才能を見出された。


 彼女は六歳の頃に魔石を授かった。けれどこんな村では必要もなく、またその属性から戦えるようなものでも無い。


 けれど、その属性の珍しさに騎士は目をつけた。


「帝都に来ないか? 魔法師団に入れば君の実力を生かせるかもしれない、きっと多くの人を救えるだろう」


 大切に思っていた幼馴染、いつも一緒にいて喜怒哀楽を共有してきた彼女は、騎士に言われたその言葉にとても喜んでいた。


「やった、やったよタケル! 私帝都に行ける! タケルみたいに、みんなの為に戦えるかもしれない!」


 リリーは幼馴染に喜んで報告する。常日頃から喜怒哀楽を共有してきた彼ならば、自分の事に喜んでくれるだろうと、そう疑いもせずに―――けれど。


「なん、でだよ……」


 タケルの表情は、とても喜んでいるようなものでは無かった。


 苦しみ、怒り、悲しみ……絶望にも似た、見た事もないような表情だった。


 そこで、二人の運命は分かたれた。


 翌日には、リリーは騎士に連れられて村を後にしていた。


 タケルはそこで、失ったものを理解する。深い悲しみに襲われながら酷く後悔する。


 おめでとう、俺もすぐに行ってみせるよ。


 笑顔でそう言えば、こんな別れ方をしなくて済んだのに―――




 ―――そうして物語は動き出す。

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