第38話
「……流石、と言うべきか」
悔しさを隠そうともしない表情で、絞り出すようにラインハルトが呟いた。
威力重視、場所とタイミングを完璧に合わせた、ある種レイならば死なないだろうという信頼を持って放たれた本気の殺意。
無防備な状態で喰らえば頭が爆ぜてもおかしくない、そんな魔法を受けたレイだったが、当然のように無傷で立っていた。
模擬戦の途中なので、ラインハルトを踏んでいた足を上げて膝を叩き込み決着をつけた。
「作戦は悪くない。が、二重魔法程度じゃ防御は可能ですよ」
レイの目と鼻の先で起こった反転爆撃。それは相手の防御を逆手に取った攻撃で、防ごうとするエネルギーを炸裂させる魔法となる。
普通ならば、そんなものは防げない。例えラインハルトの持つ魔法属性を分かっていたとしても、そこまで詳細に把握出来る人物は多くないだろう。
ただし、レイは例外だ。原作知識という非常識に加え、ミラアリスがいなくなってから代わりに模擬戦闘をこなし続けてきた。レイからすれば、ラインハルトに出来る事の全てとそこからどのように成長するかを予測する事は容易い事だった。
防御に魔力を回せばそれを炸裂させられる。だから魔力は使えない。けれど無防備で喰らえばそれこそ死にかねない。だが、ラインハルトの使った魔法は威力を上げるために範囲を極小に絞っている。
それさえ見切れたのなら、上体を後ろに逸らすだけで攻撃範囲から逃れ、結果防ぐ必要すら無くなるのだ。
もっとも、先程レイが言ったように、二重魔法程度であるならば魔力と魔法のゴリ押しで防ぐ事すら出来る。単純にラインハルトの二重魔法よりも、レイのそれが緻密に作り上げられている為に、本来の効果を発揮出来なかったのだ。
「全く……体調不良でもいつもと殆ど変わらんではないか」
ゲホゲホと、腹を抑えながら咳き込んでラインハルトは呟いた。
「いえ、動いてみてやっぱりパフォーマンスは低下してるのが分かりましたよ」
普段からすれば二割程度。その程度の実力しか発揮出来なかった。それでもラインハルトを抑え込めたのは、純粋に知識と技量の差によるものだ。
ラインハルトは優秀だが、あくまで主人公パーティーの一員として戦う性能をしている。一方レイは味方でもありながら敵でもあるので、単騎性能に優れているのだ。
これが多対一であったのなら、このパフォーマンス低下は大きく響いただろう。
「ふん、まぁいい……どうにかしてお前に膝を付かせてやりたいものだ」
起き上がり自らに着いた砂を払いながら、ラインハルトはそう言った。彼が本領を発揮するのは魔剣を手に入れてから、だからこそそれまでレイは負けるつもりは無かった。
と言うより、負けるようでは話にならないのだ。
「では殿下、おれはこれで……休みなので」
「ああ、また快復したら手合わせを願おう」
休み、というのは仕事をしなくて良い期間である。
勤務と休憩、出勤日と休息日。優れたパフォーマンスを発揮する為には身体を休める事も大切であり、例えばスポーツマン等が無茶な鍛錬をひたすらにし続けても成長が遅い時などは、この休息が足りてないという可能性がある。
やる事が無い。もしくは、必要に迫られない。
ゆとりある時間の中で、身体が働かない分思考が加速する。色々な事を考え、思考が深くなる。そうすると、考えなくていい事まで考える。
精神の均衡を保てている時は、あまりマイナス方向の思考をする事は無い。したい事、すべき事、未来の展望等を考えるからだ。しかし、精神的に病んでいる場合は話が変わってくる。
レイは、まさにその状態だった。
負の連鎖から抜け出せていない。肉体こそ動かせるようにはなったものの、彼の精神は深く侵食されている。考えないようにしても、やる事が無いせいで考えてしまう。
「なにしてんの?」
しかし、レイのヘドロのような思考は一瞬にして吹き飛んだ。
「新武器開発!」
レイとミリアーネに与えられている寮の部屋、そこを独占するかのようにクロエが様々な道具を広げていた。
唐突で意味不明。だからこそ、脳の情報処理が停止した。
「新武器?」
「そ! さっきレイちゃんとイケメンの戦い見てて、今の私じゃ足でまといになっちゃいそうだなって思ってさ」
「一緒に戦うつもり?」
「新しい魔法を開発するなら、やっぱ魔物に撃たないとね」
ぶっ飛んだクロエの思考回路に、思わずレイは溜め息を吐く。レイ自身は確かに本編開始時にクロエを連れて行くつもりだったが、その事は話しても匂わせてもいない。
しかし、クロエのその態度はまるでその時が来た時に一緒に行けるように準備している様であった。
「何作ってるの?」
「私は身体能力低いから、あんまり動かなくてもいい様な武器が欲しいなって……持ち運びが楽で、魔力を使って遠距離攻撃出来る様な……」
これ、とレイが見せられたのは設計図だった。猪突猛進で何も考えていない様な態度のクロエからは想像もつかないような、細かく丁寧に描かれたそれ。
紛れも無く、原作でクロエの扱う二丁拳銃と同じ物だった。
「魔剣の核使えば、確かに良さそう」
「でしょ? 私の魔力を装填する形になるけど、私がやらなくても勝手にやって貰えたり、属性を配合する手助けとかもして貰えるし」
相変わらず恐ろしい発想力だ。こんな武器を、僅か十四歳の少女が開発しようとしているのだから尚更だ。
シャルロットに比肩する大天才だと、言われる片鱗を確かに感じ取れた。
「何か手伝おうか?」
「ほんと? 助かるー! じゃあこの部品使ってここを作っておいて」
少し微笑んでそう言ったレイに、大歓迎とばかり両手を広げてクロエが答えた。
その後日が暮れてから、くたくたな状態で帰ってきたミリアーネに二人揃って怒られた。普段部屋を散らかしているミリアーネに、部屋を散らかすなと怒られたのだった。
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