第36話
『いや正直、驚いたわよ』
「そう?」
『ええ。あんたは理不尽に打ちのめされないだけの強さを持ってると思ってたわ』
「期待外れだった?」
『まさか。むしろ好感が持てるわ』
「相手の弱味を見付ける事で好感を抱く、ね。なんだ、案外シャルも人間じゃないか」
『そりゃそうよ、今はこんな姿に成り果てても元は生きていた人間なんだから。それはそうと、どうするわけ?』
「どうする、とは?」
『大丈夫? なんて分かりきった事は聞かないわよ。誰がどう見てもあんたは大丈夫じゃないから。けどそれを、あんたはより理解してる訳でしょ? だから、どうすんの?』
「解決方法は分かってる、目的意識を強く持つ事だ」
『目的、ね……その子を守るという、今までの目的じゃダメなのかしら?』
「使命感だけじゃ立っていられなくなった、それだけだ」
『根本的解決は出来ないわけ?』
「簡単さ。弱音を、泣き言を吐けばいい。理解者でも作って泣きつけば効果大さ。でも不可能だ」
『自分の身体じゃないから許されていないって?』
「もしくはレイ自身が許されていないかだけどな。どの道おれにその自由は無い」
『なるほどね、甘えも妥協も泣く事も許されない苦痛に、精神が耐えられなくなったと』
「耐えてはみせるさ」
『けど、仕事が無くなったから動けなくなった……ね』
「整理するとそうなるな」
『仕事を与えられればそれをこなす為に動けるのは……そう考えると、その子本来の人格の時に刷り込まれた教育の賜物ね』
「かもしれないが、おれが動く為には短期目標を設定する必要が出来た訳だ」
『どの道精神的な問題を解決しないと、仕事には戻れないわよ?』
「見栄と虚勢を張ればいい。顔色なんかは化粧とか魔法で誤魔化せる」
『そんな考え方してるからいつまでもそうして倒れてる訳じゃない?』
「かもしれない。けどおれは、あくまで代替品だ」
『……そんなにあたしは頼りないかしら?』
「勿論頼りにしてるとも、本当なら泣きじゃくって心の内を全て曝け出したいさ」
『例え今回乗り越えたとしても、またいつか立ち向かわないといけない問題になるわよ?』
「主人格さえ目覚めて、この子を守りきれたのならどうでもいい話だよ」
『それでその子は救えても、あんたは救われないじゃない』
「……救いなんていらない、なんて言えば嘘になる。けど、おれには出来る事が限られてるのも事実だ。今回おれの精神が参ってるのは、明確に定めた優先順位を疎かにしたせいだ。この子と何人かさえ助けられればそれでいい、それ以外は自分にはどうしようも無い。今までそう割り切ってやって来ていたのに、なまじ助けてしまったせいで希望を与えた」
『けど、あの子が救われた事実に変わりないわ。本当に少しだとしても、あの子は死ぬ筈だった時から二年も生き延びられたわ』
「身体中を弄られて実験台にされて、な」
『……』
「甘い事抜かしてるのは百も承知だし、優先順位の事を考えれば目を瞑るべきなのも分かってる。それでも、腸が煮えくり返るような怒りと罪悪感、取り返しのつかない後悔が渦巻いてんだ」
『少し、弱音吐けてるんじゃない?』
「ただの現状整理さ……分かってんだ、死なせてしまった彼女の分も、助けられるものを助けて生きられるだけ生きて、一生彼女を死なせてしまった罪と後悔を背負っていくしかないのは」
「でも」
「おれを動かしていた使命感だとか、目指していた未来へ行こうとする意欲とでも言うのかな。中身が空っぽになってんだ」
「身体を構成する筋肉だけが消えてなくなっちまったみたいな、糸が切れたマリオネットになったみたいな」
「親しい奴が死んだ時って、泣いて泣いて悲しみをぶちまけて、長い間その事を引き摺ってそれでも前に進んで、そうして時間が記憶を薄れさせてくれて、忘れる事は無くても痛みを減らしてくれるんだ」
「過去に囚われて生きていく事は出来ない。昨日死んだ奴がいたとしても、一年経てば一年前に死んだ奴になる」
「でも、なんだろうな」
「おれはそれから目を逸らせないんだ」
「身体に治らない傷を付けられたような感じだ」
「おれはこれの、乗り越え方を知らないんだ」
「いや、本当は分かってる」
「でもそれを受けるべきのは、おれじゃない」
「だから、どうか明日まで待ってくれ」
『立ち直れるの?』
「かっこつけないとな。男は虚勢張ってなんぼだ」
『……いつか、あんたが自由に弱音を吐けるようになったら、あたしが聞いてあげるわよ』
「―――ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます