第34話

「やってる事エグいな」


 二重魔法でこの出力かと、レイは目の前で起こされた光景に戦慄する。


「この間山の中さまよってた時、たまたまこんなの見てねー。再現しちゃった」


 クロエ・アークライト。現代最強の魔法使いが起こしたのは土砂崩れだった。本来山などの斜面で、大雨が降った後などに起こる自然現象であり、言ってしまえば土砂による雪崩である。


 それを平面で起こしたクロエだったが、その破壊跡は筆舌に尽くし難い。クロエの前方全てを薙ぎ払うように現れた大量の土砂達が、木々を薙ぎ倒し広範囲に渡って開拓してしまっていた。当然、標的となった雑魚盗人は抵抗する間もなく飲み込まれ、盗品諸共土の中だ。


 お手軽な土葬、しかも生きた人間をきっちり殺しての。


「ひえっ」


 遅れてミリアーネが悲鳴を上げる。その気持ちは良く理解出来る。何せ魔法師団の連中が使う魔法と比べても、破壊力も範囲も何もかもが桁違いなのだから。もし三重魔法を扱えば、さらに桁違いのモノを見せられるのだろう。


「クロエ、やっていいとは言ったけど、盗品がある事を忘れてない?」


「え……あ」


「忘れてたね」


 対峙した際に、盗人が大事そうに抱えていた物は見えていた。布に包まれてはいたが、間違いなく二本の剣だった。これだけの破壊力に晒されたのだ、もしかしたら壊れていてもおかしくは無いだろう。


 まぁしょうがない、生き埋め死体となった盗人が壊した事にしよう! そう考えて土砂をどう掘り起こそうかと考え始めたのだったが、全て杞憂に終わった。


『おい姉ちゃん、今の見た!? 凄くねーか???』


『うっさいバカ、黙ってろって! 私達が話せることバレるだろ!』


『姉ちゃんだって声大きいじゃねぇか! 大丈夫大丈夫、どうせ幽霊かなんかの仕業だと思われるって!』


 ああ、この口調は……と、レイの中で全てが繋がった。聞こえてくる声は先程クロエが出した土砂の中からであり、もし人間が巻き込まれていたとしたらまず声は出せない。


 考えるまでも無く、土砂に埋もれた盗品は魔剣だった。二対一振の双子剣であり、魔剣の中でも特異な魔剣である『レイナルド』だ。


「な、なんか声が聞こえるんすけど……」


 恐らく幽霊か何かと勘違いでもしたのだろう、ミリアーネが青い顔でそう呟く。


「ミリー、先に言っておく。ここから先は絶対誰にも他言無用だよ」


「どういう事っすか?」


「ミリーから誰かに情報が漏れた段階で、殆ど全ての人にとっての不利になる」


 聞いて貰えないなら意識を奪うしか無い。そう考えているレイだったが、暫く無言で考えたミリアーネは首肯した。


「レイが言うんだから何か理由があるんすよね? もしバレて減給とかされたらちゃんと責任取って下さいよ?」


「ミリーとクロエが話さなければ大丈夫」


 クロエならば恐らくメリットを取ってくれるだろう。そんな希望的観測を抱きながら、レイは声のした場所の地面を掘る。そんなに掘らないうちに、破損した二対の剣が見付かった。


『やべ、ごめん姉ちゃん。俺のせいで見つかっちった』


『いや、案外問題ないかもしれないよ』


 柄と刀身の間くらいに、埋め込まれる様に付けられた青と紺の魔石。そこから発せられる男と女の声。武器自体は使用不可能な程に破損してはいたが、魔剣としての核自体は無事だったらしい。


「魔剣のお二人さん、さっきの魔法に興味がある?」


『あるある、めっちゃある!』


『凄かったから確かに気にはなるけど……貴女が使った訳じゃないわよね』


「おれではないね、こっちの女の子」


 手のひらでクロエの方だと示すと、彼女は突然照れたように鼻をかいた。


「いやぁ、凄かったって言われると照れちゃうね」


『実際凄かったわよ、しかも無詠唱であれでしょ?』


『その年齢でもう無詠唱ってやばいよな! 下手したらもう数年しないうちに俺らとタメ張れるんじゃね?』


 いやぁーと笑いながら、クロエの顔面はにやけて崩壊していった。余程普段から褒められる事が無かったらしい。


 まぁ、今まで魔法を試していた場所を考えれば褒められるよりも説教が優先されるだろうから、当然と言えば当然なのだが。


「それで。魔剣の二人がクロエを使い手として認めるのなら、少し面倒な事になるんだけど……そこら辺どうなの?」


 大事な事だ。レイからしてみれば魔剣はクロエの所有物になって貰わないと困るが、一応扱いは盗品なので、所有物にさせる為には手順を踏まなければならない。


『そうね……ただ飾られているだけよりは、この子の魔法を見ていたい気持ちはあるけれど……』


『いーじゃんいーじゃん丁度いーじゃん、この子を使い手として、飽きたら別の人伝って色んなとこ行きゃいーじゃん』


『あんた……ほんと考え無しね』


『どうせ俺らは自分で動けないんだぜ? だったら盗まれようが何しようが動いて色んな刺激得た方が良いっしょ。いつまでも暗い部屋で二人でしりとりしてるなんて、俺もうやだよ??』


『……はぁ、分かったわ。そこの、クロエって言ったかしら? あなたは私達を使いたい?』


 魔剣「レイナルド」の姉の方に訊ねられたクロエだったが、彼女は宇宙猫のような状態だった。


 そして、首を傾げて「そもそも魔剣って何?」と言った。


「……」


『『……』』


 まぁ、知らないのも無理は無い。そもそもが千年前の遺物であり、大戦の記憶を消すべく多くの記録などを抹消し、出来るだけ歴史を引き継がないようにと魔剣や大戦関係者達が手を回してきたのだ。だからこそ、知っている人間の方が少数であり、魔法の腕がいくらあろうとただの小娘でしかないクロエは、むしろ知っていなくて当然とも言える。


『えーと、そこのあなた……説明してあげて?』


「千年前の凄い魔法使い、その残滓。使い手の魔力を使って魔法を使ってくれる便利グッズ」


『ちょっと紹介の仕方酷くねぇか?』


「使い手として認められたら、魔剣の魔石も扱える。例えばクロエなら自然を持ってるけど、れ……魔剣所有者になれば、その属性も扱える様になる」


 危うくレイナルドと、知らない筈の彼等の名前を言いそうになり慌てて訂正する。


「つまり、二重属性ってこと!?」


「そ。だから欲しがる人は多い。けど魔剣も元は人間だから、使い手は選ぶ」


「へー! じゃあ使い手になりたいな」


 そんなとても軽いノリで、クロエは魔剣「レイナルド」を手にしたのだった。恐らくは原作でも、こんな感じで手に入れたのだろうか?


『それで、少し面倒な事って?』


「魔剣……とは所有者は知らなかっただろうけど、二人は盗品。おれは騎士として、奪い返した盗品を返す必要がある」


「え、じゃあ私のじゃ無くなるじゃん」


「そう、でも魔剣はクロエの元にいたい。ならどうするか」


 元々美しい装飾の施されていた二対の剣だったが、クロエの魔法によって破損してしまっている。もう壊れているのなら、どれだけ壊してしまっても構わないという事だ。


『あー、そういう事』


『え、どゆこと?』


「こうする」


 魔剣の構造は、シャルロットを見ていて理解している。あくまで魔石がくっ付けられただけの剣でしかないのだ。魔剣かそうでないかの違いは、付いている魔石の違いでしか無く、それ以外の機能は殆ど無いに等しい。


 勿論魔力を通す為の機関であったり、細かい色々は多い。だが、剣自体がダメになった時の為に外せる様にもなっている。


 レイは二重魔法を発動し、離れた地点から吸収した熱を一点に集中、それを用いて溶接のように刀身をなぞる。万が一の為にシャルロットから聞いていた解体方法でもって、盗品である魔剣をバラす。


『うぎゃー!』


『バラバラにされるのはあんまり良い気分がしないわね……』


「うるさい、手元が狂ったら魔石に傷が付く」


 大戦で扱う秘密兵器で敵の首魁を討つ為の決戦兵器である魔剣は、熱耐性も魔力への耐性も高く、使われている素材その物が現代においては非常に希少な価値を持つ。それでも、使えなくなっては困るのだから取り外しは可能であり、複雑な工程を挟む事でそれを為せる。


 やがて取り外せた魔剣の本体とも言える部位、魔石とそれに繋がる重要な管のような物。二つの塊をクロエへと渡し、見るも無惨な姿となった元魔剣を持って、レイは盗まれた貴族へ返しに向かった。


 ちなみに他言無用を言いつけられていたミリアーネは、終始理解が及ばず宇宙猫のようになっていた。

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