第32話

「それで、ただ話したいが為にレイを探し続けて、見付けたから飛び付いて来たんすか?」


「そうなの。もう日に日に話したい事が増え過ぎて困っちゃって。今すぐにでもどっかに連れ去って一週間飲まず食わずで話し続けたいくらい」


「クロエは良くてもおれは困る」


 そもそもの話、魔法についての議論など同属性を持つ者同士でしか盛り上がらないのだ。属性が違えば世界が違う。出来る事出来ない事、応用の幅に扱い方、何もかもが違うのだ。レイは氷と毒、そしてシャルロットの土を扱えるのでそれを良く理解している。


「でも困ったっすね。一応話を通せばたまってる休暇使えると思うんすけど、でもレイは戦力として重宝されてんすよねー」


「何かある度に呼び出されてる」


 もはや第二部隊という垣根すら超えた仕事量だった。やれ強い魔物が出たから救援に行ってくれだの、任務中の隊員数名行方不明だから捜索に行ってくれだの、酷い時には休暇中に呼び出され扱き使われた。


 まだイカロスの翼に居た時よりは心情として楽だが、仕事量だけで言えば今の方が多い。これがミラアリスが騎士団から消えた結果か、と何度も涙を飲んだ。


「若かりし頃の統括団長を見ているようだってよく言われてるっすよ」


「嬉しくないね」


 だからこそこの見回りの楽さが身に染みて分かるのだが、それもクロエという主役の登場によって何かしらの面倒事が起こって潰されそうな予感がしてた。


「魔法使いの見習いとでも言って連れ歩けばどうにかなるかな?」


「あー……うーん……んー。うちの部隊長お堅く見えて案外黙認してくれる人っすから、話だけ通しておけば何とかなるんじゃないっすか?」


「それでいいならある程度話する機会もあると思うけど」


「んじゃそれで!」


 とても軽かった。


「てかおうちの人とか大丈夫なんすか?」


「旅に出ますって言ってあるからだいじょぶ。元々色々問題起こして迷惑かけてたし、案外いなくなってせいせいしてるかも?」


「無いね」


「無いっすねー」


「二人して言うほど? まぁでも、もう半年近く放浪してるし今更だよ」


 アグレッシブ過ぎた。


 待てよ? と今更になってレイは問題を認識する。言うまでもない事だが、クロエ・アークライトは主人公パーティーの一人で、パーティーのメイン火力と言っていい存在だ。確か彼女との出会いは、タケルとリリーとレイの三人で旅をしている時に、立ち寄った街で魔剣の使い手であるクロエと出会い、同じ魔剣使いであるからと言う理由で彼女が同行する事になる。


 原作開始まで一年を切っていて、未だクロエは魔剣を持っておらず、もう半年も放浪の旅をしている……?


 あれ、これシナリオやばいのでは?


 いや、とレイは考え直す。重要なのはシナリオ開始まで、もしくは第一部のボスまでに魔剣を手に入れる事だ。同行させるだけなら顔見知りとなっているレイがいるから、彼女は一緒に来たがるだろう。


 そこまでシナリオが崩壊するような事にはならないだろうと、レイは安堵した。


「どっかのタイミングで一回、故郷に帰って顔を合わせるかしっかり手紙は送るかした方が良いっすよ?」


「間違いなく心配してる」


「えー、まぁ二人に言われたらそうした方がいいのかもって思ってくるけど……心配してるかなー?」


「世話がかかる奴ほど可愛いものだよ、クロエ」


「それに問題行動ばっかしてたんなら、行く先々で問題起こしてないかって心配にもなるっすよ」


「あれ、もしかして私問題児だって思われてる……?」


「そりゃ」


「そう紹介されましたし」


「私は天才魔法使いだってば! 思い付いた魔法を学校とか建物とか魔物の群れにぶっぱなすだけで、問題はそこまで……そんなに……あんまり起こしてないよ!」


「言い淀んじゃダメじゃないっすか」


「こんな子いたらストレス凄そう」


 クロエの親に関して原作で見た事は無いが、父親は髪の毛が残念な事になっているかもしれない。


「最悪魔法師団に入れれば解決するんじゃ?」


「あー確かに……でも実力はどうなんすか? 下手に推薦しても、実力が伴ってなければ話を持っていった私達の評価も下がるっすよ」


「おれは別にそんなの下がっても問題ないけど」


「私は給料減らされるのは断固拒否っすよ」


 いや、と思い留まる。クロエは自称どころか誰もが認める魔法の天才だ。もし彼女が魔法師団に入ればレイと同じように即戦力で引っ張りだこになるだろう。しかし、もしそうなってしまったら問題が発生するではないか。


「やっぱダメ、問題行動起こす奴は組織に向かない」


「そっすね」


「あのー、私が関わらないところで勝手に上げて落とすのやめてもらっていい?」


 膨れっ面になるクロエの頭を撫でて宥めていた時に、予感していた悪い事が起こってしまった。


「そいつを捕まえろおおおおお!」


 如何にも貴族だぜと言いたげなでっぷりと太った中年男性が、何かを持って走る人物へと手を伸ばしながらそう叫んだのだった。

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