第31話
「あ、騎士様じゃん!」
魔石暴走の少女を保護してから二年経ち、十四歳となったレイは今日も今日とてミリアーネと一緒に見回りという大変楽なお仕事をこなしていた。
最初のうちは問題行動を起こす人間も多く、その度に鎮圧して問題の大きさによっては騎士団本部まで連行、といった事を繰り返していた第二部隊の仕事も、いつ頃からか問題も起きずただ見回りをするだけの楽なものへとなっていた。
理由は単純で、悪さをしようと思っている人間がレイを見かけると逃げるので、見回りをしている最中に問題が起きないというだけなのだが。
兎も角、レイとミリアーネの二人組へ声をかけて来た人物がいた。好奇心旺盛な天才問題児ことクロエ・アークライト、彼女の特徴とも言える空色の髪はツインテールをやめ、セミロングの長さを縛る事もなく垂らしている。前回会った時から四年も経っているのだから、イメチェンも相まって多少は大人に見えた。
「ぐえっ」
大人に見えたのだが、見た目だけだった。彼女はグレイトボアを彷彿させるような突進でレイの腹へ直撃、押し倒されるような事は無かったが潰れたカエルのような声をレイに出させた。
「あー良い匂い! あれからずっと探してたけどやっと会えた! いつか会ったらお話しようって約束してたから会う為にずっと探してたんだよ! さあ魔法について朝まで語ろう!」
「熱量が凄い……」
鳩尾を頭頂部でグリグリとしてくるクロエを無理矢理剥がし、それをミリアーネへと投げる。小さな女の子(レイ)を愛でる事に定評のある彼女は、クロエを抱きかかえて頭の匂いを嗅ぎ始めた。
僅か数分足らずで、どうしてこんなカオスな状況に……そう頭を抱えたくなるレイだったが、現在は仕事中なので冷静さを何とか保つ。
「あー、クロエ。おれ達は今街の見回りっていう大切な仕事をしている最中」
「ん……お、本当に騎士様になってる!?」
どうやら今更ながらレイ達の着ている制服に気付いたらしい。
「取り敢えずその騎士様をやめて」
「でも名前知らないし」
「そう言えば名乗っていなかった」
そもそもあの時は名乗れる名前を持っていなかったのだが、下手に口を滑らせてレイですなんて名乗らなかった自分を褒めてあげたい。
「おれはレイ、その少女好きがミリアーネ」
「少女好きじゃないっすよ別に。子供が好きなだけっす……ああ、でも男の子にもこんな風にはしないっすよ?」
「で、この猪突猛進迷惑問題児がクロエ」
「魔法の大天才だよ」
一先ず全員の自己紹介だけを済ませてから本題へ入る。
「それで、何か困り事?」
「レイちゃん顔色悪いね、どうしたの?」
「会話にならない……」
レイの顔色が悪いのは間違い無かったが、この会話の出来なさで更に気分が悪くなりそうだった。
「ああ、それは私も心配だったんすよ……って言っても、理由は分かってるんすけどね」
「理由?」
「話す必要は無いし、話してどうこうなるものでも無い」
「でもレイ、吐き出す事で楽になる事もあるっすよ」
「吐き出せたら、確かに楽だろうね」
レイの中の彼が生まれてもう六年になる。レイの身体とは、もう六年の付き合いなのだ。今ではほんの少しだけだが、彼の気持ちを表情として表せるようになっていた。それでも出来ない事の方が未だに多かった。
吐く事も、弱音を吐く事も、泣き言を吐く事も。どれも一つとして身体が許さなかった。最初彼はレイを守る為に生まれたのだから出来ないものだと考えていて、今もその線が濃厚だと考えてはいるのだが、もしかしたらレイ自身にそれが許されていなかったからなのではないか? と最近考えるようになっていた。
自分の意思では涙ひとつ流せない。
魂を人形に拘束され、常に抑圧されているような、そんな感覚だった。
そしてレイの体調不良の理由は、言うまでもなく魔石暴走の少女の件だった。自分で助け、二年間に渡って会話をし食事を共にし調子が良い日には一緒に外出もした。友人と、そう呼んでも問題ない関係にはなれていたと思う。
先日ラウガウスに呼び出され「ご苦労、お陰でいい実験が出来た」とだけ伝えられ見せられた赤黒い何か。周りからすればそれを見ても何も感情を抱いていないように見えていたレイだったが、その内側は地獄だった。
あの時少女を助けずに、恨まれてでも殺しておけば良かったのだ。レイ自身は手を下していなくとも、少女に対して僅かな希望を与えて、それ以上のものを根こそぎ奪い尽くしたのだ。
「吐き出せても、おれは何も言わないと思うけど」
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