第30話
「ミリアーネ、迂闊に近付かないでね」
言葉とは裏腹に、レイはつかつかと少女へ近付く。流石にレイの心配をしたミリアーネだったが、彼女は自らと彼女との力量差を把握していた。なので、自分に危険が及ばない、且つレイの援護を行える距離を保ちながら、彼女も少女へと近付いた。
「こ、こないで……」
少女の瞳が怪しく揺れた。実際に瞳が動いた訳では無いのに動いて見えた。
(魔力が目から漏れてる……?)
紅く光って見えるのも、それが揺らめくのも、目から魔力が漏れているのだとすれば起こる現象……なのかもしれないが、レイにそこまでの知識は無い。
「大丈夫、落ち着いて。おれ達は騎士団、何か困った事があるのかな?」
「騎士団!? うそ、いや……」
騎士団と聞いた少女は怯え、後ずさる。本来ならばやましい事がある人間が取る対応だが、年端もいかない少女にそのような事は無いだろう。
では、何故逃げるのか?
「う、痛い……」
途中でうずくまり、痛みに悶え出す。そんな少女を見ていたレイは答えに辿り着く。
「魔石暴走……」
少女の二の腕付近に、黒い結晶体のようなものが生えていた。そして訴えている痛み、正に現在進行形で魔石に侵されている状態だった。
(ああ……思い返してみれば)
第六部隊の任務で遭遇した時の彼も、ゲーム中盤以降で遭遇した中ボス達も、そして目の前にいるこの少女も。全員が紅い瞳をしていたのだ。
恐らくは、魔石による影響だろうか。
「大丈夫、敵意は無い。何処か向かいたい場所はある?」
「うう、痛い……行く場所も無い……」
「時間が経つ事に危険になっていくし、君が理性を失えば殺さざるを得なくなる。一応聞いておくけど、助かる可能性に賭けたい?」
こんな場所に魔石暴走がいる……その現状に違和感しか無い。まず魔物の魔石を摂取するなど、普通の人間が行う訳が無い。魔物の魔石を入手する事自体が戦う力の無いものには不可能で、ましてやそれを摂取する方法は埋め込むか食べるかだ。まだ常識を知らない幼子なら何でも口に含もうとするが、目の前の少女の外見年齢は若くても十歳だ。
自発的に食べた線が無いなら、ラウガウスが実験したという仮説に行き着くのだが……わざわざ作って放置しておく意味が分からない。レイがこの場所を見回りに来たのは決められたルートでは無くその帰り、たまたま寄り道をして帰っている最中だったのだ。捨て置いて暴走させて混乱を起こしたいなら損のない手だろうが、今何かを起こす必要があるのだろうか?
「助かるの……?」
「正直、難しい」
魔石暴走を起こしているのなら、既に身体の中は魔石に侵されている。体表に出た魔石を摘出した所で意味は無く、どの程度の侵食で魔石がコアとなるかは不明で、魔石の侵食を止める術はそもそも無い。
だが、帝国軍の頭脳ならば可能性はゼロでは無い……かもしれない。
「し、死にたくない」
いずれにせよ、少女から情報を聞き出さなければ何故こうなったのかは分からず、聞き出す為にはこのままではいられない。
何より、ある程度侵食が進んでいても理性を保てているのにも理由があるだろう。
「ミリアーネ、この子を騎士団に連れてこう」
「いいんすか?」
「これから君は死ぬから殺します、なんて流石に出来ないでしょ。一応暴れたらおれが処理するから」
「……それもそっすね」
行こうかとレイが手を伸ばせば、少女は恐る恐るその手を取った。細く小さく、震える冷たい手だった。身体の中を侵食される激痛と、そこから連想される死への恐怖。それらが少女の小さな身体を襲っているのだろう。
助かるとは言えない。助けるとも言えない。レイの中にあるのは同情でも無ければ人助けをしたいと言う良心でもなく、ただの打算だった。
もしこの子を救えたのなら、レイも少しは救われるだろうか。
そんな思いを抱いながら少女を背負い、三人で騎士団へと帰った。
結論から言えば、少女は死亡した。
騎士団へ連れ帰り、研究部の人間達の試行錯誤の下彼女は確かに延命出来た。彼女はとある貴族の戯れで魔石暴走を起こす事になったのだが、決して誰かの思惑でそうなった訳ではなくて、騎士団にも手下を忍ばせているラウガウスからすれば湧いて出た実験材料となった。
投薬、解剖。自意識を保てていた優良個体として、口では延命処置の為と言いつつ多くの実験を行った。結果として、原作では無かった魔石暴走のある程度の制御方法をラウガウスは手に入れた。
レイとミリアーネだけではなく、多くの騎士団と魔法師団の人間が少女の看病などを手伝い、誰もが少女が元気な姿を見せる事を期待していた。
二年経ち、少女の死亡を知らされたレイが立ち会ったのは、隅々まで解剖され尽くしたただの肉塊だった。
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