第27話

「レイ、私の休暇に付き合ってもらおう」


 休暇という事で快眠を貪っていたレイが、既視感を覚える様な光景でミラアリスに起こされた。


 ただ前と違うのは、既に日も昇っている起こされても仕方ない時間であることだ。流石に休暇という事で、わざわざ早朝に起こす様な真似はしないでくれたらしい。


「……なに」


 差し込む陽光をうざったがるように、顔の上半分だけを布団から出したレイが薄目で問いかける。用件は何かと。


「何、たまには外出しようかと思ってな。忙しい私はあまり出る機会が無いが、そこまで忙しくもないお前が出ているのを見掛けたことが無くてな? ならば一緒に出掛けようかと声をかけた訳だ」


 寝惚けた頭で用件だけは理解する。そしてその頭のまま暫く思考していたレイだったが、やがてその思考速度は遅くなっていき殆ど開いていなかった瞼がゆっくりと閉じて行った。


「…………」


「仮にも統括団長である私を前にして、返事をせずに寝るとは大した奴だな」


 ミラアリスに目的という目的は無い。ただ今まで通りレイの面倒を見る一端の行動でしか無かったが、既に彼女の中では一緒に出掛けるのは決定事項のようで、布団に包まり少し心地良さそうな表情のレイを投げ飛ばした。


 空中で彼女は完全に覚醒し、四足状態で着地。ミラアリスに対して抗議の視線を向ける。


「起きたか、では着替えて行くぞ」


「……まともな外出用の服が無い」


「……ああ、そうか。いや、そうだよな」


 そう言えばこの少女の境遇は酷いものだったと、思い出した様にミラアリスは頭を抱えた。


「なら、魔法師団の女性隊員から古着か何か借りるとしよう」


 ミラアリスとレイでは身長差スタイル差があり過ぎて着られないという問題があった為、二人で溜め息を吐いてから借りに行った。




 幸いにも小柄な体格の女性魔法使いがいたので、彼女からオーバーサイズにはなるがワンピースと上着を借りて、レイは外出をする事になる。何気に、初めて自由に出歩ける街の中だった。


 今まで騎士団の休暇で出なかったのは、単純にレイの中の彼が元々インドア派だったというだけであり、結局休暇でも魔力制御や魔法の作成、騎士と訓練を共にして技量を磨くなど、およそ少女の休みと呼べるものでは無かった。


 そんなレイだから、初めて自由に歩ける帝都を見た時心の中では感動に打ち震えていた。ゲームで見たあの景色を、実際に歩けるのだと。


「まずは服を買いに行こう。外出用の服が無くては困るからな」


「制服着てれば良いかと思ってたし、ちゃんと目が覚めた今ならそう思うんだけど」


「バカか、非番の騎士が制服を着て彷徨いて無駄な不安を民に抱かせてどうする」


「見回ってんだぞって知らしめることで、犯罪の発生を抑えることが出来ると思うけど」


「それは普通の見回りの騎士が担えばいい」


 わざわざ言い返す程の事でもないかとレイが折れて、服屋へと二人で向かう。


 現代の知識を持つレイからすれば見劣りはするが、それでもかなりの量を展示している店の中を見て回り、比較的安めで動きやすそうな服を三着程見繕って会計を済ませる。


 元々、レイの中の彼は買った物を持ち歩くのが好きでは無く、もし自分だけで買い物に出掛けたのなら間違いなく帰りに買っていただろうが、今回はミラアリスに付き添う形の為煩わしく思いながら紙袋を持つ。


「おれには分からないな、店を眺めるだけで時間を潰せる感覚が」


「安心しろ、私にも分からん。だがそれを楽しみとしている者がいてもおかしくはないだろう」


「まぁそうだが」


 前世でデートした時も買い物には出掛けたような気がするが、あくまで彼女が買い物を楽しんでるのを眺めて話をする事を目的にしていたような気がした。


 きっと何も買わなくとも時間をかけて楽しめる人達は、余分を楽しめるという才能を持っているのだろう。恐らくは、楽しめない側がつまらない人生で、楽しめる側が面白い人生になるのだろうか。


 分かってはいても、無駄は無駄と断じてしまうのは最早性だった。


「もしかしたら、見えてる景色が全然違うのかもなぁ」




「凄い食べるね」


 若干引きながら、レイは目の前で肉を貪るミラアリスにそう言った。現在彼女が手につけている皿はもう何皿目だっただろうか……途中から数えるのをやめていたが、それでも目の前に積み上げられた皿の山が、どれだけの戦績を上げたのかを如実に物語っていた。


「逆にレイは食わなすぎだな、育ち盛りなんだからもっと食え」


 一皿で十分に食べ応えのある肉を食べて満足していたのだが、どうやらミラアリスにとっての普通はおかしくなっているようだ。


「十分考えて食ってるよ。食うべき量、運動量、維持すべきプロポーションと筋肉量。その上で、必要以上を摂ってる」


 少し苦しい腹を擦りながらレイはミラアリスを見る。山のような肉を平らげている彼女の腹は少しも膨らんでいない。食べた物は一体何処へ向かったのだろうか、と不思議に思わずにはいられない。


「そう難しい事を考えながら食べるからダメなんだ。もっと食いたいものを食いたいだけ食って、寝たいだけ寝てやりたい事をやる。それくらい強欲じゃなければ強くなれないぞ」


「欲望を満たすだけで強くなれるなら誰でもそうするし、求めていた睡眠を阻害した奴に言われたくはない」


「随分と小さい器だな」


「それだけのエゴで良くもまぁ騎士なんてやれたもんだ」


 自我……というよりは魂か。恐らくミラアリスはその他大勢の雑魚共と比べた時、比較にならない程馬鹿でかい魂でも持っているのだろう。そして、彼女の精神性や在り方がたまたま騎士団と合っていた為、その器に収まっている。実際に魂があるかは知らないが。


「流石に分別は弁えているからな」


「ミラアリスは元から強かったの?」


「急な質問だな」


「ただの好奇心だよ」


 生まれながらに強かったのなら、本当に魂という概念でもあるのかもしれない……そんな風に思いながら聞いた。


「最初はただの小娘だったさ。ただ、故郷が魔物に襲われた時に枷が外れた様な感じがして、気が付けばこうさ」


「……なるほど」


「そう言えばレイ、私からも聞きたい事があったんだ」


「なに?」


「お前から見て殿下はどうだった?」


「年齢にしては超優秀、間違いなく天才の類」


「だろうな。では、第二の私になれると思うか?」


「無理だね」


「理由は?」


「努力を重ねるおれのようなタイプでも、才能の塊でさらに努力もして来たラインハルトのような天才も、行けて達人だ。でもミラアリス、あんたはバケモンだ。ものが違う」


「随分な評価だな、上官への悪口として罰則を与えようか?」


「まさか、正当な評価だろ。さっきの話からも分かる通り、あんたは生まれた時から最強だよ。でも、ラインハルト殿下は天才だ。他者と比較した時、特化した能力は確かにあるだろう。或いは全方位に特化してる怪物の可能性も……でも性能で比較した時、あんたとおれ達とではそもそもの桁が違うんだよ」


「努力や技術ではどうにもならない差があると、そう言いたいのか?」


「埋められる差ではある。けど、常識と非常識の差がある」


 ラインハルトというキャラクターのレベルを上げていけば、確かにミラアリスというエネミーに勝つ事は出来るだろう。しかしあくまでも、勝てるだけだ。プレイアブルとボスキャラには、明確な数字による性能差が存在する。


 これがゲームであれば、ボスキャラは決められた行動しか取らない。だからプレイヤーの技量などでそれを破る事が可能になる。しかし現実は、こちらが考えて動けば相手も考えて動くのだ。頭脳面でいくら勝ろうと、性能差を覆せる程にはならない。


 実際に能力が数値化されている訳では無いから、表面上ならば力量差を埋める事は出来るだろう。しかし、いくらやってもレイがミラアリスに対峙した時のように、彼女は圧倒的な壁として立ち塞がる事になる。


「さっきも言ったがものが違う。ミラアリスは立ち塞がり敵を挫く者なら、ラインハルト殿下は敵を討つ者だ。どれだけ実力を上げようと名声を上げようと、絶対強者として君臨する事は出来ない」


「なるほど、どうやら私が過大評価されているのか……しかしいいのか? レイは私、もしくは私に類する力を持つ者を求めていたと思ったが」


 可能性があるのはラインハルトだけで、育て上げれば望む駒になるのではないか? と付け足してくる。


「おれが求めてるのは駒じゃない。そもそも、あんたがいれば敵は計画を起こせない訳じゃなく、生きていれば相手の計画を遅延させられる程度のもんだ」


「今度は過小評価か?」


「いいや、過大さ。相手に対する嫌がらせが出来るなんて、戦場であれ駒であれ有能の証明にしかならないからな」


 例えミラアリスが生きていたとしても、ラスボスは行動を起こすだろう。その時ミラアリスに出来る事は、敵の起こす全世界への嫌がらせの威力軽減だ。


「いるだけで相手の視界と思考に入り、常にノイズを与え続けてくれる。だからミラアリスという最強が生きる事をおれは望んでる」


「……随分と、先を見てるらしい」


「先の話か? おれからすれば、身近にアホなテロリスト共がいて、そのトップは何か画策してる。自分の身を守る為に、出来る事考えられる事をやってるだけだ」


「まあ、そうか」


「今回の事も奴等へのアピールなんだろ?」


「流石に気付いていたか」


「レイと仲良くしているから、仕掛けたければいつでも仕掛けてこい。そんな挑発のダシにされるなんて、酷い話だ」


「信じなくていいと言われたから、存分に警戒させてもらっているだけだ」


「ああ、それでいい」


 話を終え、飯屋を後にした。最終的にミラアリスが食べたステーキの枚数は六十八枚、まだまだ余裕そうな表情をしていたのでフードファイターも真っ青になる胃袋の持ち主だった。


 その後も街を見て回ったが特に何も無く、貴重な休日が綺麗に潰されて泣きたくなったレイだった。

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