第26話

 ミラアリス・ハイドリヒが靴の音を鳴らしながら階段を下っていく。


 カツン、カツン、カツン、カツン。


 地の底のような静けさと冷たさを持つ空間は、彼女も何度か感じた事のある死の気配を漂わせている。


 騎士団本部解剖室。研究棟にあるそれは、文字通り生物を解剖する為の部屋。研究部と呼ばれる研究を行う部門において、人間魔物を問わず、解剖する事で内部構造や起きていた異変、その他多くを調べる為の場所であり、生死に問わず運び込まれ確実に死を迎える。


 やがて辿り着いた地下階層、死体等を腐らせない為に常に気温を低く保たれている為に吐く息は白い。そのまま解剖室まで向かい、扉を彼女は開けた。


「状況は?」


「統括団長、お疲れ様です。既に大体の解剖は終わっております」


 責任者の男が入ってきたミラアリスに気付き、真っ先に報告を済ませる。彼女が目を向ければ、かつて魔法師団の一員だった男の遺体が余す所なく切り刻まれていた。


「彼女の報告書通り、体内の至る所に結晶体が発生していました。成分分析を行ったところ、大元となったであろう魔物の魔石と殆ど同じ物でした」


「人間の身体を使って培養出来るわけか」


「ただ、その……こちらをご覧下さい」


 責任者の男がミラアリスへ石を差し出す。持ち運びがしやすいようにとアクセサリー化されているそれもまた魔石……解剖された彼の、元々持っていた物だろう。本来真紅に染まっていたであろうそれは緑の色が混ざり込んで渦を描いていた。


「レイの報告によれば、彼は風魔法しか使ってこなかったそうだ」


 知能低下による魔物本来の魔法のみの使用、そう報告書に書かれていたとミラアリスは思い出す。しかし、この魔石を見る限り実際は違うのかもしれないと彼女は思っていた。


「別属性が混ざり込んでしまう事で、本来扱えていた属性が使えなくなった?」


「私共も同じ見解です。魔物とは本能で戦うもの。自らに何が出来て何が出来ないのかは本能で感じ取って行動をする筈です。であれば、使えるものを使わない道理は無い……なら、使えなかったと考えるべきでしょう」


「それが分かった所で、禁忌の技術であることは変わりないから意味は無いがな」


 ミラアリスが軽く笑うと、そうですねと責任者の男も笑う。ただこの部屋にいた何人かは、そうではないようだったが。


「それより凄いですね彼女」


「レイの事か?」


 ええ、と頷いてから責任者の男は解剖された死体の首を指さした。


「身体中に生えてる結晶体は殆ど魔石と同質で、その硬度は非常に高いです。恐らく、普通の騎士ではまるで歯が立たないでしょう……現に、レイさんの小隊が到着する前にも戦闘をしていたらしいですが、その際に付けられたと思わしき傷がありません」


 死体の身体中に付けられていた傷は確かにあったが、そのどれもが一定以上の深さを抉っていた為レイが付けたものと判断し、実際に騎士が対峙した時どうなるかを知る為に摘出した魔石を斬らせてみたが、傷一つ付けられなかった。


 その説明を聞いたミラアリスは、摘出されている魔石を一つとって宙に投げ、落ちてくる途中で剣を振るう。バキンと、強い音を立てて魔石は両断された。


「……なるほど、確かにこれは硬いな」


「流石ですね、こうも綺麗に両断するとは」


 落ちている斬られた魔石を拾い、責任者の男は感嘆の声を上げる。その断面は非常に綺麗で、自然に割れたようにすら見えた。


「私がある程度本気で斬らねばならないくらいだから、他の騎士団員では手も足も出ないだろう」


 実際レイからの報告書にも、刃物は通らないから鈍器で殴るか魔法で損傷を与えるかを推奨されていた。ミラアリスが戦う分には問題ないが、他の団員で当たる場合魔法攻撃が主力となるだろう。


「この結晶体が体内に多数存在している状態で、レイさんは首を両断しているんです」


 責任者の男は頭側と胴体側、それぞれの首の断面を見せる。大小様々ではあるが、肉体に大量の結晶体がある事は間違いなかった。しかし、その断面はミラアリスが作った物とは違う。


「一体どんな魔法使ったんでしょうね……断面の所の内部構造がボロボロになってるんですよ」


 断面の物を一つ摘出して、責任者の男はトンカチで叩く。ぐしゃりと、結晶体は粉々に砕け散った。


「傷が付けられてるところの結晶体も、強弱の差はあっても脆くなってるんですよね……何か、魔石に効く方法があるんでしょうか」


 ミラアリスは、それに対する答えを持ち合わせていなかった。




 ラインハルトの腕前は、同年代に敵無しと言われる程だ。まだ十二歳、けれど剣の腕は大人と互角に打ち合え、魔法に至っては二重魔法まで扱え発動スピードも魔法師団レベルだ。


 その成長速度を鑑みて、ミラアリスが師として付けられている。他では教えるに足らず、すぐに追い越されてしまうだろうと思われて。


 もう何度も何でもありの模擬戦が目の前で繰り広げられているが、毎回膝を付くのはラインハルトの方だった。それどころか、レイには呼吸を乱す素振りすらない。


 分かってはいた。実際に剣を交え、さらには彼女の実績を考えれば、レイの規格外さを十分に理解していた。けれど、こうも圧倒的になるとは。


 先日打ち明けられたレイの真実。そこから考えるに、彼女は生きる為に技量を磨き続けなければならず、利用価値を示す為に力をつけ続けたのだろう。そして、魔石暴走を起こした魔法師団の人間を殺した、魔剣とは別の明かしていない奥の手もある。


「別人格、か」


 レイは、何かを想定して動いているように見える。知っている情報の開示、ミラアリスへの忠告。主人格を守る為に生まれた別人格の行動としては、どうにも先を見過ぎているようだ。


「最悪私が倒れるとして、私の代わりになれるレベルの人材がいないと不味いのか?」


 騎士団魔法師団を合わせた中に、今ミラアリスに最も近いのは誰かと問われれば、彼女は間違いなくレイを挙げるだろう。だが、その彼女がミラアリスに比肩する存在を欲しているのだ。


 彼女が望み、かつ一番最良なのはミラアリス自身が生存する事だろう。しかし、レイはいずれミラアリスが落とされると確信しているようだった。当然打たれる手全てに対抗するつもりだが、同時に育成にも力を入れるべきだろう。


 やはり、ラインハルトが一番可能性があるか。


「レイとの力量差が、ラインハルトへの刺激になると良いがな……」


 丁度、ラインハルトが十度目の敗北を喫したようだった。


「まだだ、もう一回頼む」


「いや、そこまでだ。殿下、自分が井の中の蛙だった事は理解したでしょう。お望みとあれば存分に扱きますが?」


「……そうだな、そうしてくれ」


 敗北を受け入れ、ラインハルトは頷いた。その顔に悔しさは当然浮かんでいたが、それ以上に超えるべき目標としてレイを見定めているようだった。


「なら、今日はもう休み?」


「そうだな、まだ体調も万全じゃないだろう? 休める時に休んでおけ」


「分かった」


 涼しい顔で去っていくレイを見送ってから、ミラアリスはラインハルトを鍛えるべく訓練を開始した。

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