第24話

「おれが何処かの組織の末端だって事は、多分入団試験の時には知ってたと思うけど」


 手に持っていた包みを机の上に置いて、何かを諦めたように溜め息を吐く銀髪の少女。その姿はまるで、中間管理職で常にストレスに晒されている同僚のように見えた。


「先日の詰問の時、わざとおれが組織の事を匂わせた意味は理解してくれたか?」


「今までは疑ってただけだったが、あそこで確信したな。レイが何処かの組織によって騎士団に送り込まれたスパイだと」


 スパイか、そう言って彼女は苦笑する。


「ただの駒だよ。確かにあいつらはスパイって言ってたけど、そんなの便宜上だ。別におれが内部情報を流す必要も無いし、そもそもおれ自身にそこまでの価値を見出してないだろ。強いて言えば、若くて女だから……くらいか?」


「なるほど、私と同室……ないしは近い距離に置かれる可能性があったからか」


「恐らくな。もしくは、何かあると匂わせるだけの駒の可能性もあるけれど……どちらにせよ、だ。ミラアリス・ハイドリヒ、あんたの目を引く為の捨て駒だよ」


 やれやれとおどけた様子で笑ってから、彼女は水を一口飲む。


「そんなおれに、丁度詰問された日に、これを渡された。この毒を統括団長に飲ませろってな」


 ピンと指で弾かれ包みが滑る。丁度ミラアリスの手前で止まったそれを、彼女は手に取って中を確認した。包まれていたのは、白い粉。砂糖だと言われたらそうだろうと思って、ミラアリスは珈琲にでも入れて飲んだだろう。


「これを私に飲めと?」


「話は最後まで聞いてくれ、あんたに死なれるのはおれの望む所じゃない」


「ならなんで死んでくれるか? なんて聞いたんだ」


「……詰問の時、顔色を変えた奴らは確認したか?」


「ああ、数人ではあったがいたな」


「組織の名前はイカロスの翼、腐敗した帝国の根本を治療したいなんて面白い大義を掲げた連中で、その賛同者は意外と多くいる」


「イカロスの翼、ね。溶け落ちる定めじゃないか、そんな名前の組織に入るだなんて正気じゃない」


「正気を失う程のカリスマに当てられたか、元から狂気だったか……いや、人間なんてのは大言を壮語する奴に惹かれるし、正義って物を盲信する。綺麗事を並べているその思想に共感出来るくらいには余裕のある生活してんだろ」


 話を戻すぞとレイが言う。


「その組織を追って欲しいとも潰して欲しいとも思わない。どうしようが多分そこまで関係が無いからな……で、その組織には六歳くらいの子供達が集められ、使える手駒とすべく激しい訓練を受けさせられた。レイ……この子もその一人で、八歳の時に心を壊した」


 おれが笑った所見たところないだろ? と自らの頬をレイが引っ張る。


「話を纏めると、別人格だと?」


「凄いな、頭が良い。そういう相手と話すのは楽でいい……おれはこの子が八歳の時に生まれた別人格で、この子を守る為に存在してる。この事もこれからの事も、明かしたのはたった一人だけ。おれが信じられる存在がそいつだけだ。本来ならば隠し通そうと思っている事を、今明かしてる。信用しろとは言わないししなくていいが、それだけ重要な話をしてる事だけは理解してくれ」


 レイが何らかの目的で騎士団に送り込まれていて、レイは周りに隠している事がある。それだけを知っていたミラアリスだったが、明かされた爆弾に思わず息を飲む。


「もう一人とは?」


 ミラアリスの質問に、レイはベッドに立て掛けられたいつも持ち歩いている独特な形の剣を手に取った。


「シャルロット・コールヴェイン……おれが八歳の時、命令されて入った遺跡で見付けた本当の価値ある物だ」


『そう、あたしこそ稀代の大天才! 千年前の最強の魔法使いよ!』


 唐突に聞こえた声に、ミラアリスは驚愕の表情を浮かべた。その独特な装飾と人格を持って喋るという機能は、彼女も知っている。魔剣と呼ばれる千年前の遺物だ。


「シャルロット……魔剣を作った発明家か」


「あの遺跡にあったのは彼女の研究室。戦争が終わって役目を果たした彼女は、自らの研究室に封印されたんだ」


「おれはシャルを見付けた事を隠してる。使い手と認められたと知られればそれは替えがきかない有用性になるだろうけど、知られればそれだけ能力を把握されてしまう」


「組織の下っ端ではあっても、従うつもりは毛頭無いと。言い分は理解した、それで?」


「ミラアリス、あんたは組織のトップにとって目の上のたんこぶだ。本気で排除する気になれば多分出来るんだろうが、そこまで動いてバレる事はしたくない……だから、あんたに近付いたおれを利用して殺そうとした」


「私が素直に飲むと思ったのか?」


「おれは思ってないし、多分飲ませられない事も織り込み済みだろうな」


「なるほど、ちなみにその人物の名前は?」


 声に出そうとするが、レイは口を開けた状態で固まった。そして喉を軽く揉んだ後に小さく溜め息を吐く。


「そいつに関係する話はするな、って命令されてるから、お利口さんなこの子の身体は命令通り言わせてくれないらしい」


 そこでレイは思い知らされる。彼女を救う為にどうしなければいけないのかを。レイを縛る幼い頃から行われてきた教育によって、彼女はラウガウスの命令は必ず聞く身体になっていた。


 こうなると、例えレイが死ぬ未来を回避してもまたいい様に使われるだけとなる。


 呪縛を、断ち切らないといけない。


「主人格じゃない弊害か」


「身体を自由に扱えるのなら、おれの心も折れてたかもな」


 本当に酷い境遇だったと思い返す。何度も吐きたいと思い、何度も逃げ出したいとも思った。けれど涙も流せず嘔吐も出来ず、弱音を吐くことさえ許されない。


 だからこそ、耐えられた。


「で、この毒を飲めとは言わない。飲んで死んで欲しいとも思わない。ただ、いずれはあんたを殺す為の手立てを奴等は用意してくる……だから、時が来たら死んだ事にして潜んで欲しい」


 ミラアリス・ハイドリヒは帝国最強の称号に相応しい強さを持つ人物で、面倒見も良く多くの人物の憧れだ。


 騎士団……いや帝国を支える巨大な柱に近いだろう。彼女がいるから悪は跋扈せず、悪事を企てるものも彼女に見付からない様にコソコソせざるを得ない。


 もし、そんな人物が死んだらどうなるか。


 それは想像に難くなく、そしてそれを多くの者が望んでいる。


「なるほどな……だが断る」


「そうか、まぁそんな気はしてた」


 もしミラアリスが陰に潜み、混乱が起きた時に再び表舞台に上がれば、死ぬ筈だった多くの命を救えたかもしれないが……とそこまで考えて、レイは思考を止める。たらればの話なんてするだけ無駄だ。


「おれから命を狙う様な事はしない。けど、今まで通り警戒しておいてくれ」


 レイはそれだけ告げて、再び少しずつ食事を摂り始めた。彼女の顔色は、話す前より少し悪くなっていた。

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