第22話

「さて、魔石暴走について聞かせてもらおうか」


 余計な事口走ったなと、ミラアリスや各部隊長達に会議室で囲まれたレイは後悔した。


 今回の依頼の元凶とも言える魔石暴走を起こした魔法師団の人間、その死体を半日かけて森の外へ運んでいた際に戻って来た他小隊と合流し、原因解決として第六部隊は騎士団本部へと帰ってきた。


 敵の遺体を預け、血まみれだった身体を洗って睡眠、翌日朝食を食べようと食堂に向かっていた所をミラアリスに捕まり連行されたのだった。


「その前に、あの遺体はどこへ?」


「研究部だ。遺体の解剖をして、どのような状態なのかを調べる。元々仲間である騎士団へ攻撃し八名の重傷者を出しているから、彼を殺した事でレイが罪に問われることは無い」


 騎士団と言うよりは国の研究部、つまりはラウガウスの目と手が届く場所へ送られた事になる。元々奴が実験か何かで作り出したのだろうとは考えていたが、やはり手のひらで完全に踊らされている事にレイは溜め息を吐きたくなった。


 が、それはそれとして詰問中である。聞かれた事には答えなければならない。


「魔物の魔石を取り込んだ人間の末路、それが魔石暴走」


「ああ、オルフェン教で教えられている禁忌だな。では何故、その禁忌を犯すとああなると知っていた?」


 当然こうなるだろう。さてどう答えるべきかとレイは悩む。ゲームで見たからだと言ったところで疑われ怪しまれるだけで、かと言ってレイの記憶を掘り返しても直接見たのは今回の事が初めてだった。ラウガウスの実験としても今回が初めての事だろうし、回答のしようがない質問だった。


 いや、一つだけ誤魔化せる方法があったか。


「千年前の実験記録にのってた」


「……千年前の?」


 会議室が一気に騒然となる。それぞれ「馬鹿馬鹿しい」だの「何をデタラメ言ってる」や「誤魔化すにしてはもう少しマシな回答を」と部隊長共が騒ぎ立て、暫くしてからミラアリスが放った威圧感によって一気に静かになる。


「何処でそれを見た?」


「タタリア森林の遺跡」


「今回の任務で行った地に? それは何時の話だ?」


「おれが八歳の時……だから四年前。遺跡の中に研究者の部屋があって、そこで見た」


 偶然にも出没地は同じタタリア森林で、過去の研究記録が見付かった地で同じ実験が行われた。そんな情報を与えられれば、ありもしない点と点を結び付けてくれる。けれど今から調べに行こうにも、あの地は既に盗掘団と学者とイカロスの翼に荒らし尽くされ、価値のあるものも無いものも全て持ち去られているだろう。


 が、それらを持ち去った者を調べてくれればイカロスの翼に繋がるし、そこを怪しまないとしても遺産達は商人から商人へと渡って世界各地へ流れているだろう。四年前ともなれば、もはや足取りを追うことすら難しい。


 シャルロットへの風評被害は免れないかもしれないが、そこは後で謝る事にした。


「魔石暴走について、どの程度の記述がされていてどの程度覚えている?」


「後で、覚えてる範囲を書き出して報告書として提出する」


 分かったと頷いてから、ミラアリスは今の話で一番の疑問点を聞いてくる。


「ところでレイ、君は何故四年前その遺跡に向かったんだ?」


 機転が生んだ結果だったが、レイは存分に有効活用する事にした。レイという存在を救う為には、主人公達との関わりだけでは足りない。足りなかったのがゲームでのレイだった。ならば、もっと救いの手を増やし彼女の心を救わなければ、レイが死ぬ未来を変えることは出来ないだろう。


「命令されて、向かった。何か価値のあるものを取ってこいって。一番使えそうな目覚まし時計持ってった」


 元々そんな研究資料は無く、あるのは酷いものばかりだった。だから持ち出した侵入者撃退装置だったが、こうして聞くと物の価値を分からない馬鹿な娘が大したことの無い物を持って行ったと思われそうだ。


「価値のある千年前の品を勝手に持ち出したとあっては大問題だぞ!?」


「そうだ、この娘は信用ならん! 罪人とするか、少なくとも騎士団に在籍させる訳にはいかないだろう!」


「物の価値すら分からないと見える、こんな馬鹿な娘は置いておくだけで損だ」


 散々な言われように、レイの中の彼は盛大に爆笑する。残念な事に感情が表に出せる身体では無いので無表情のままだったが。


 今の論点はそんな事では無いだろうに。異世界で魔物という脅威を相手にする、現代世界で言う軍部のような人間達が目の前に現れた粗をこぞって叩く。まるでかつてのネットを覗いているような気分だった。


「もういい?」


 これ以上話す必要も無さそうだと判断してミラアリスへと尋ねたレイだったが、尋ねた相手は何やら考えている様子だった。


「誰に命令されたんだ?」


「大人の男」


「知っている人物か?」


「何回か見た、けど名前は知らない」


「なんでそんな奴の命令を?」


「言われた事をしないといけないから」


 ミラアリスの質問に答えながらレイは悟られないように視線を動かして、その場に集まった人物達を見る。話が進むにつれ、表情が歪んでいくのが数人いた。


 あれらがラウガウスの手先なのだろうと判断する。


 もっともどう思われようと、ラウガウス自身から下された命令には「俺に関する事には答えるな」としか言われていない。つまり、イカロスの翼からどのような指令を下されて、どのような環境で生活していたかを聞かれたら答えても問題が無いという事だ。


 イカロスの翼に所属する面々は困ったとしても、ラウガウスは困らない。だから問題がない、そういう事なのだろう。


「……はぁ、分かった。元々八歳なんて親の言う事を絶対と信じて行動する年齢だ。そんな昔の話を掘り返して罰を与える訳にもいかないだろうし、与えるならレイを使った側だ」


「だが……!」


「探られて困る腹でもあるのか?」


「いや、そういう訳では……」


 レイという命令を聞くだけの駒から情報が漏れて困るのは、組織に所属している人間だけだ。しかし下手に反論して追求されても彼等が困るだけ。だから引き下がるしか無い。


「一先ずレイ、君には魔石暴走の報告書を上げてもらう。それと今回の手柄は誇って良いものだが、ほんの少しだけ偉くなっただけの彼等が君を叩きたがるから、流石にこのまま第六部隊に所属ともいかないだろう。今後の事は追って連絡する、戻って構わないぞ」


「了解しました」


 ぺこりと一礼して、レイは会議室を後にした。


「あ、シャル。話の流れとは言えお前の研究室にそんな物があったなんてでっち上げて悪かったな」


 周りに人がいない事を確認してから、小声でシャルロットに謝罪する。


『いいわよ別に、どうせもう生きてないのだから。あたしが封じ込めてたって良い風に解釈してくれる奴もいるでしょ』


 少しだけ緩んだ表情で、ありがとうとレイは呟いた。

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