第21話

 魔石暴走。


 魔石には二種類あり、人間が与えられる魔法を使う為の外的器官と、魔物が持つコア。そのどちらかを、耐性を持たない人間が取り込んだ場合に起こる拒絶反応だ。


 魔石を得れば魔法が扱える。魔物の魔石を装備すれば、特殊な力でバフが貰える。ならば体内に取り込めば、魔法を自由に扱え人間を越えられるのではないか? そんな発想から行われた実験があったが、結果は最悪だった。


 人間の持つ魔石であればまだ良い。適性が無ければ拒絶反応を起こして宿主を殺すだけだ。適性がある人間なんて、そもそもその魔石を得た本人くらいのもので、わざわざ取り込む必要も無く、取り込んだところで出来ること能力に変わりは無い。しかし、魔物の魔石は訳が違う。


 肉体に取り込まれた魔石は、その宿主を侵食する。取り込んだその生物のコアとなり、魔石からエネルギーが供給される。血液に乗ることでそのエネルギーは全身へと行き渡り、肉体を栄養として生長する。


 結果、肉体の至る所に魔石と同じ成分性質を持つ結晶体を作り出し、それらが生長して肉体を突き破る。人間という素材を用いて、より大きな魔石となっていくのだ。


 この状態となった存在は破格の力を得る。適性が無くとも魔法が扱え、無尽蔵に漲る魔力によって肉体の能力が尋常じゃなく底上げされる。心臓が破裂しようが内臓がいかれようが、脳がやられようが本体となる魔石が存在する限り活動を止めはしない。


 それだけならば死ぬ代わりに莫大な力を得て戦えると思いそうだが、当然ながら死ぬ以外の欠点も存在する。


 魔石に宿る魔物の本能とでも言うべきか、魔石を取り込んでどのくらいの時間でそうなるかは個人差があるが、魔石暴走を起こした人間はそれに乗っ取られる。知性も理性も無く、ただ暴れるだけの獣となるのだ。強大な精神力を持つものなら時間がより多くかかるのだが、脳みそが犯された段階で確実にそうなってしまう。


 レイが対面するソレが扱うのは風魔法、大方森の中の狼型の魔物の魔石でも取り込んだのだろう。判明しているのは、使える様になる魔法は取り込んだ魔石に則しているという事だ。


 また、レイの氷壊が効かなかったのも漲る魔力の影響だろう。人体を水分を包んだ皮と表現するならば、ソレは魔力を包んだ皮とでも言えばいいか。つまるところ、魔力密度が高過ぎて外から影響を与えられないのだ。


 あくまで内側に干渉する魔法は効果を発揮出来ないだけで、外側から破壊する魔法なら多少の威力減衰はあれど問題なく扱える。


 それが魔石暴走。


 千年前の人間が実験し、失敗した事で禁忌とした行為だ。




 大きく息を吐いて、レイはだらんと脱力した。魔石暴走を起こした魔法師団の男は、敵と定めたレイを見続けてはいるが警戒しているのか今すぐ襲いかかっては来ない。


「おれの魔法じゃ相性が悪いな」


 レイの中の彼が扱う魔法の数々は、仕事と先を見越して対人用のものが多くある。このゲームに登場するキャラクターも、この世界で魔法を使うものも、どちらも威力と範囲を求めた魔法を扱う。戦闘において有効となるのだから当然の思考とも言えるが、彼は違う。


 殺すのにはどうすればいいか、それを考えて魔法を作っているのだ。威力も範囲もいらない、呼吸を奪えば殺せるし血管を破裂させれば殺せる。体温を奪えば殺せるし脳へダメージを与えれば殺せるのだ。少ない魔力で効率的に、及ぼす範囲は狭くとも。彼の手札の多くは小細工じみたものである。


 熱操作による範囲凍結やそれによる熱エネルギーの放射など、もちろん範囲威力のあるものも何個かあるけれど。


 けれど、魔法使いの多くがそうする様に魔力をバカスカ消費してそれなりのダメージをボコボコ与えると言った戦法を、彼は決して取らない。無駄に知恵を持っているせいで、それを無駄と割り切っているから。


「剣で殺す」


 宣言し、魔力を練り上げる。脚部に集中させ、爆発的な加速を手に入れる。地面を蹴った次の瞬間には敵へと迫り、すれ違いざまに切りつける。身体の下を多くの結晶体が埋めているのか、薄皮一枚斬ることしか叶わなかった……が。


 直後目の前に氷を作り足場とし、跳躍して再び敵へと迫り切りつける。その先で足場を作り加速、加速して加速して加速して加速して―――


 目にも止まらぬ速さの連続斬り、しかも速度を高め続ける事で威力を増していく。最初のうちは弾かれていた斬撃が、次第に深く深く敵の身体を抉っていく。


 本来のレイとは異なる、彼の戦い方だった。


 ミラアリスとの模擬戦時アドリブで行った氷刃を足場とした軌道変更、それを基に作り上げた高速機動戦闘。氷刃を合わせて使えれば良かったのだが、レイ自身の速力に氷刃が追い付けなかった。


 ―――やがて、紫色に光る剣で首が切り離された。


 ゴトンと頭が落ちて、遅れて血が噴き出した。末期レベルで症状が進行していたのか、その断面にも噴き出す血液の中にも、多くの結晶体が含まれていた。


「……はぁ」


 足を止め、膝をつく。レイの持つ極度集中状態、それがあるからこそ出来る超高速戦闘。しかし、押し付けられる判断と思考は当然跳ね上がるので、一気に疲労が押し寄せた。


 魔石暴走は、当然ながらゲーム知識だった。ゲーム中盤で出てきた中ボスで、その異様な硬さを知っていた。本来ならば助かる味方を邪魔だと判断したのは、彼等の攻撃能力では傷を付けられず、飛んでくる魔法を知らずにやられる可能性が高かったからだ。それに、彼等がいては高速戦闘も行えない。


 別にそれを勝ち筋としていた訳ではなく、実際決め手は別の要因となったが、どちらにせよ彼等がいては隠したい物も隠せず、結局全力を出せずに戦う事になって敗北しただろう。


『へぇ、久々に見たわね毒魔法』


「使わなきゃ無理だわこんなん」


 降り注ぐ血液と結晶で髪の毛を真っ赤に染めたレイが、大きな溜め息を吐いて座り込む。


『しっかし魔石暴走なんて久々に見たわ』


「そりゃ四年前におれが見付けるまで引きこもってたんだから、見る機会なんて無かったろ」


『まるで自分から好んで閉じこもってたみたいに言わないで貰えるかしら? あたしを見付けられる様な天才が千年間いなかっただけなんですけど!』


「なるほど、じゃあおれは天才なんだな」


『魔法に関しては、残念ながら天才って認めてあげるわ。あんだけ細かい理論で魔法使うやつなんてあたし以外にはいないもの』


「流石にシャルの魔法と比べたらガバガバ理論だろうけどな」


『それは諦めなさいな、元の頭脳レベルが違いすぎるもの……ちなみにさっきの毒魔法はどういったものだったの?』


「剣に纏わせただけのゴミ魔法だよ。おれの毒の性質は既存の毒性とかでは無くて、犯して壊すっていう性質を毒と表現してるみたいだからな」


『性能のゴリ押しじゃない』


「切りつけた所から侵食して内側から壊す。脆くなればそれだけ壊せるし、それだけ斬れる。ぶっちゃけイカれた性能してるよな」


『まぁ、あたしは普通の属性だったけど魔剣にした奴らの中にも頭おかしい様な属性のは何人かいたから、希少ではあるけど異質ではないわ。と言うより、あんたの属性に対する解釈が異質ね』


「他の奴が使えばただの毒になるって?」


『その可能性が高いわ。普通毒って言われたら自然界にある毒性を思い浮かべるわ。魚の毒にしろ毒キノコにしろ、人間の身体にとって毒性を発揮する成分、人はそれを毒と呼ぶのだから』


「なるほど……多分使う気になればそういうのも出来るんだろうが」


『あからさま過ぎて、奥の手になり得ない?』


「バレなければ相手にとって脅威だしな」


 とは言え殆ど使っておらず、たまに毒属性を利用した魔法を開発する程度なので魔石の成長は殆どしていない。


「魔石って大きくなれば、それだけ出力が上がるって認識でいいんだよな?」


 ふと疑問に思った事を、シャルロットへ聞いてみる。


『そうね、とは言っても二重三重になっていくに連れて式も複雑になるから、それらを起動できるだけの出力が必要になるから、多くの人の認識ではより強い魔法を扱えるようになる、かしら』


 一重魔法、それは魔法陣を一つ用いて扱える魔法。魔石を通して魔法を発現する際、魔石の中に描かれるのが魔法陣であり、そこに書き込む式に応じて効果を変える。


 二重魔法、魔法陣を二つ重ねる事でさらに多くの式を扱える。三重魔法になれば純粋に一重の三倍複雑な式を書き込める訳だが、より中身が複雑で密度を高めればそれだけ起こせる現象が変わってくる。ゲームで言えば、三重魔法になれば隕石を降らせる事すら可能だ。ただの威力と範囲だけを求めた結果ならば、広範囲を破壊する災害だって引き起こせる。


 そして魔法使いの極点である四重魔法。もはや一つの独立した世界を作れるとまで言われるもので、千年前を含めても使えるのは三人くらいなものだ。


 ゲーム的に分けるならば、下から下級、中級、上級、そして必殺技くらいの分類になる。


 現状レイが扱えるのは三重魔法まで。二重を扱えるものが十人に一人と言われるくらいであり、この年齢でそこまで扱えるのはそれこそクロエやシャルロットくらいのものだろう。


「シャルを退屈させそうだし、そろそろ毒属性の方もコソ練してかねぇとな」


 よっこらせとおっさん臭い声を出しながら、レイは立ち上がる。首で両断された死体をどう運ぶべきかと考えながら近付いて、氷でソリを作ってそれに載せる。


『忘れていないようで安心したわ、ちなみにどう使うか決めてるのかしら?』


「混ぜる」


『氷と毒を?』


「理論上、四重を扱えなくても六重までならこれで行けるしな」


『……あはははは! ならあたしの土属性も合わせれば九重まで行けるじゃない!』


「氷と毒と土を混ぜた魔法? 残念ながらおれの想像力が及ばないな……」


 正確には三種混合魔法は扱える。しかし現時点で扱えるそれは、あまりにも雑な力押し。混ぜ合わせ、洗練させてこそ初めて有効な手となるのだから、相手を驚かせる程度のゴミ手にしかならない。


 氷のソリを引き摺って来た道を引き返し始めた。戦闘開始時に燃焼させた木材達は、どれも既に真っ黒な炭へとなっていた。


『あたしの方でも考えておくわ! 楽しくなってきたじゃない魔法開発』


「氷だけで凍結燃焼までは行けるから、考え方次第では無限に行けるぞ……天才の発想力、期待してる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る