第17話

「ははは! やるじゃないか!」


 分かってはいた、倒せないだろう事を。


 それでも、怪我くらいはさせられるだろうと、レイは信じていた。


「化け物が」


 目の前に立つ金髪の美女は、全くの無傷だった。回避不可、鉄くらいならば容易に溶かせる程の熱量、それを受けて無傷であるとは、常識では考えられない。いくらゲームの世界とはいえ、現実世界の法則が丸っきり通じない訳ではなく、むしろリアリティを持たせる為に準じているとすら言えるだろう。


 つまり、法則無視をした事になる。


「けど、使ったな? 魔法」


「ああ、使わされたよ。全く末恐ろしい」


 彼女の扱う属性をレイは知らない。が、あれだけの熱量を浴びて身体も防具も無傷ならば、そもそも届いていないという結論になる。


「降参だ」


 殺す訳ではなく力試し。そもそも相手が本気を出していない。これ以上はいいだろうと、レイは剣を捨てて両手を上げた。


「なんだ、これからが良い所じゃないか。まぁ隠したい手もあるだろうから無理にとは言わないが」


 現状レイの奥の手と呼べるものは二つ。毒魔法と魔剣「シャルロット」だ。本気を出せば、三つの混合魔法を扱えはするけれど、そもそもの差が大き過ぎた。


「今回の目的はおれの実力を部隊に測らせること、剣も魔法も出せるものは出し切った。無駄に続けて怪我をしたくはない」


「まあそうだが、やはり可愛くないな。もっと嬉々として自分の実力を見せつければいいものを」


「自分が無様に打ちのめされる姿を嬉々として見せる? とんだ変態だ」


「存外私に勝てるかもしれないぞ?」


「あと四年経たないと無理」


「はっはっは! 四年で追い越すとは大層な口だ! せいぜい励んでもらおう」


 大言壮語だとミラアリスは笑うが、レイは現実的に可能だと考えていた。三年後に始まる本編において、レイは主人公パーティーの一員として行動し、一年に渡る旅を行う事になる。その旅は当然レイの実力も底上げする事になり、結果その半年後には主人公パーティーを一人で相手する事になるのだから。


 紛れもない強敵だった。ボスに相応しい強さを持っていた。


 レイの中の彼は、原作レイに置いて行かれないように、そして何とか追い付けるように日々努力を重ねていた。だからこそ分かる現在地。原作レイに及ばない未熟な自分の力量。もし四年後までに原作に追い付けたのなら、ミラアリスと真っ向から渡り合えるだろうと確信していた。


「四年後必ず超える。だからそれまでは死なないで」


 どうやって殺されるか分からないが、この化け物が殺される事になる……シナリオを都合良い展開で進める為にも、それがレイに出来る範囲での助言だった。


「私が死んだとしたら、レイ。君に後を頼むとしよう」


 あくまで冗談として、ミラアリスは笑うのだった。レイはその時、こちら側には立てないと言うのに……。




 ◆◆◆




 レイとミラアリス、二人の戦闘を間近で目撃していた第六部隊の面々は言葉を失っていた。


 彼等は対魔物の戦闘において優秀であり、積み上げた実績は制服時に付けられる勲章の数が物語っている。


 帝国の守りの最高峰であり、民からすれば堅牢な盾で、子供達の憧れの的である。


「やばいな……」


 言葉を漏らしたのは部隊長であるマリオ。入団試験の時にレイと切り結んだのは記憶に新しいが、彼は一撃でノックアウトされていた。自分より相当強い、という漠然とした印象しか持ち得なかったのだが……。


「統括団長相手にあそこまで戦えた奴いたか?」


「いないな」


 帝国最強と名高いミラアリス、しかし騎士団と魔法師団の両方を合わせても彼女に迫る猛者はいない。それだけ隔絶した存在がミラアリスなのだ。どんな腕自慢だろうと、手加減した彼女のデコピン一発で沈むというのは比喩でも何でもない。


 独り歩きする噂に、その噂を真実とするだけの実力。そんなミラアリスを相手に、まともな戦いを繰り広げていたのだ。


「あの子をうちの部隊に……? 戦力が増えて助かるが、俺があの子に指示を出すのは荷が重いな」


「ははは! 頑張ってくれよ隊長!」


「お前なぁ、他人事だと思って簡単に……」


「でも、あれだけの才能。いるだけで出来ることも多くなる。騎士団の本懐は力無き民を守ること……心強いと思えばいいんじゃない?」


 マリオの隣に立ちそう言ったローブ姿の女性。彼女は魔法師団第六部隊隊長のカーネル・ヴィンゲート。彼女の言葉に、マリオの表情がふっと緩む。


「……そうだな」


 騎士団と魔法師団、それぞれに第一から第七までの部隊があり、作戦行動を取る時は同じ数字の部隊で一緒に行動する事が多い。部隊長であるカーネルもまた魔法の優れた使い手であるのだが、立ち会いを見て少なからずショックは受けていた。


「頑張ろう」


 だからこそ漏れたその本音は、その場にいた全員が共通して思えるものだった。

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