第16話

 レイは無事騎士団に入団を果たし、一先ず第六部隊へと配属された。本来ならば部隊で同じ寮を使って共同生活を送る事になるのだが、騎士団にはとにかく女性が少ない。逆に騎士団に含まれる魔法師団には女性が多いのだが、残念な事にレイが送り込まれたのは通常の騎士団。よって、生活する上で問題が起きないようにミラアリスと同室となった。


 レイの身体は女だが、その中に居座る精神は男であり、女性と同じ屋根の下と言うのは最初のうちは緊張したのだが、意外と慣れてしまった。ミラアリスがきちんとしていたと言うのも大きいだろう。もしこれが、ダラしない女性と同室だった場合未だにドギマギしていたかもしれない。


 そんなこんなで一週間が経過した。


 騎士団本部の施設や大まかなタイムスケジュール、生活する上でのルールにも慣れ始めた頃、ついに第六部隊として仕事を任せられるようになる前日の事だった。


「レイの実力が、どれ程まで高いのかを見たいと思う」


 ミラアリスのその呼びかけに、第六部隊総勢二十名とレイが訓練場へとやって来た。


「統括団長、正直俺達では荷が重いですが」


「分かっている。だから私が相手をする」


 一週間共同生活をしていて分かった事だが、統括団長であり帝国最強と名高いミラアリスはとにかく多忙だ。本来であれば、本部に顔を出している暇などないくらいには。そんな彼女が戦う姿を見られると、集められた第六部隊の面々は喜びの声を上げる。


「そういう訳だ、全力を出していいぞ」


 腰に下げていた剣を抜き放ち、ミラアリスが獰猛な笑みを浮かべる。同室で生活していた時には見られなかった、野獣を思わせるようなそれ。彼女の本質が戦闘狂だと、その瞬間にレイは理解した。


「ではそのように」


 背負っていた剣を抜いて、レイも構える。




 ミラアリスというキャラクターは、ゲーム上で名前しか出てこない。なぜなら彼女は、本編が始まった時には既に死んでいるからだ。


 レイはその事を覚えてすらいなかったが、そういやゲームで見た事ないなと思い記憶をほじくり出しているうちに思い出した。


 かつていた帝国最強の女騎士、そうとしか語られない彼女のスペックを、レイは知らない。だから、風の噂がどこまで真実なのか見当もつかない。


 しかし、ハッキリしている事が一つだけある。


 それはミラアリスにとって、レイは片手で捻れる程度の相手だと言うことだった。彼女の余裕が、彼女の態度が、レイの面倒を見る事になったその事情が、如実に物語っていた。




「氷刃」


 レイの最も得意とする魔法を発動、彼女の背後に五本の氷の剣が現れ旋回する。


「ほう」


 全力を見せろ、そう言われた。だから見せてやる。


「三重魔法・凍土」


 ミラアリスを中心とした空間が、入団試験に見せた時のように凍結を始める。魔法の発動に合わせ、レイとミラアリスの二人は同時に動き出し、向かい合っていた丁度中央でぶつかり合う。


 レイが扱う洗練された身体強化、それは鎧を着用した熟練の騎士であるマリオを容易に弾き飛ばせる程の膂力を生む。しかし、対するミラアリスは余裕の表情で持ってそれを受け止めていた。


「はは、やるじゃないか!」


 笑い、弾き飛ばす。身体強化では埋め尽くせない程の力量差が二人の間には存在していた。


 しかし、レイは冷静に着地、同時に強く地面を蹴って高速で再びミラアリスへと迫る。


「突撃しか脳が無いのか?」


 今度は受け止める為ではなく、致命的な一撃を与える為に……振るわれた剣はしかし空を切った。


 先程まで高速で迫ってきていたレイの姿は、ミラアリスの視界から消えていた。彼女の攻撃範囲に入る直前に、レイの動きを追っていた氷刃の一本を足場として軌道を変え、そのまま速度を維持してミラアリスの背後へと回った。


 二度目の衝突。死角に回られた事を悟ったミラアリスが、冷静にレイの剣を受け止めた。彼女の攻撃を追うように振るわれる残り四本の氷の剣が連続してぶつかるが、それでもミラアリスは動かなかった。


「二重魔法・氷槍」


 レイは空いている左手をミラアリスの胸に当て魔法を発動。手から巨大な氷の槍が出現してミラアリスを防具ごと貫く―――


 ―――はずだった。


「おっ」


 手から現れた質量と、その出現速度。二つ合わせて威力となり、本来であれば人体を容易く貫き、相手が人間離れしていたとしても大きく吹き飛ばせる筈のそれ。しかし、現れた瞬間に氷の槍が壊れていった。


「化け物め」


「はは、いいのかその距離のままで」


 二人の間合いはもはや剣のそれではなく、拳のそれだ。ゼロ距離に等しい距離感であり、不利なのがどちらかは言うまでもない。


 レイへ向け放たれる膝蹴りを、左手で捌きながら後退。しかし距離が離れる前にミラアリスの剣が振るわれる。


「くそっ」


 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃。防いだ瞬間にやってくる次の斬撃に対処しながらレイが舌打ちをする。しかし、その剣速は打ち合うたびに速度を増していく。


「ほう、まだ対応出来るか」


 余裕の表情のままに、レイの力量を測るように剣速を上げ続ける。やがてレイは自らの腕では対処しきれなくなり、控えさせていた氷刃を使って何度か防ぐが、その度に氷刃が破壊される。


 一か八か、振るわれた剣に合わせて吹き飛ばされる。敵の力を利用して無理矢理間合いを開くが、ミラアリスは一足でもってそれを詰めてしまう。


(まだ、この程度……でも、ただじゃやられねぇ!)


 体勢が崩れているレイと、万全の状態で切り伏せようと迫るミラアリス。受けられても何度かで、レイにとっては詰みの状況だ。ここを改善出来る魔法があったとしても、ミラアリスは未だに魔法を使ってすらいない。


 が、しかし。


「おれの魔法は、まだ発動してない」


 後ろ向きに吹き飛んでいる状態のレイは、そのまま左手を銃の形にしてミラアリスへと向ける。


 最初に発動した凍土、これは本来ゲームでレイが使う、一定範囲を凍らせ氷の剣や槍を大量に作り出す魔法だった。しかしレイの中の彼は、同じ技名をもってして中身を改造しまくった。


 凍結の理屈は熱エネルギーの喪失、氷界とやっている事は同じだが、自らを巻き込まない分奪った熱エネルギーの利用に制限がかからない。


「くたばれ」


 発動してから今に至るまで、範囲を広げながら巻き上げ続けた熱エネルギーが左手の先へ収束、目視可能な光線となって放たれた。


 光速に至った熱線は、ミラアリスに着弾し大きな砂埃を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る