第15話

 帝国騎士団第六部隊は、対魔物のスペシャリストだ。帝国という領土は広大で、街の外へ出れば道があるだけで自然そのもの。魔物は多く、どこでも湧いてくる。そんな中でも、とりわけ強い魔物が出た時は彼等の出番となる。


 騎士十名魔法使い十名、計二十名で行う魔物の討伐。騎士十名が担うのは壁であり攻撃だ。例え入団候補者のレイがただの子供のように見えても、自分達がその相手として指名された理由を理解している。


 たった一匹の強敵を相手にするように、誰か一人が狙われても他の全員で痛手を与えられるように囲む。魔法使いがいない時の戦闘手段であり、広範囲攻撃を持つ魔物や魔法を扱える敵でもない限り、有効な一手である。


 しかし彼等は、相手が子供だと舐めていた。レイの左手首に付けられたバングルも、そこから下がっている水色の魔石もしっかりと見えていたのだが……所詮は十二歳の子供が扱う魔法だと、囲めば対処に困るだろうと、彼等は侮っていた。


 この入団試験は、自分より格上複数人を相手に、どこまで何がやれるのかを見る為のものだった。つまり、入団候補者は格下であるのが常……しかし、レイは六歳から殺しの為の技術を仕込まれて、そこから六年戦闘経験を積み続けた異端だ。




「三重魔法・氷界」


 第六部隊の誰が動くよりも速く、レイは三重魔法を発動した。自らを中心として凍結された空間を押し広げる。一秒にも満たない間に、第六部隊の全てが飲み込まれる。原理は二重魔法・熱却と同じ熱操作、しかしその規模と速度が大幅に変わる。


 地面が凍り、空気が凍る。足は地面に張り付き、呼吸をするだけで器官がダメージを負う。急速に奪われる熱に第六部隊全員の運動能力が急激に低下し、彼等は身動き一つ取れなくなった。


「まず一人」


 ただ一人、レイのみが普段通りのパフォーマンスを発揮して、目に付いた一人目の騎士に剣を振るう。峰打ちとはいえ鉄の塊、殺さぬよう手加減がされているとは言え高速で振るわれれば、その威力は計り知れない。


 ガゴンと鈍い音を立て、一人の騎士が吹き飛ぶ。


 第六部隊の面々が驚きを表すより速く、二人目の騎士も飛ぶ。


「させるか!」


 瞬く間に三人目へ振るわれた剣が、マリオによって防がれ───


「ぬるい」


 ───受け止める事が叶わず、マリオも弾き飛ばされてしまった。そこでレイは、チラリとミラアリスを見た。


「まだ、やる?」


 勝負は付いただろ? 言外に込められた意図に気付いて、ミラアリスは頷いた。魔法一つで、マリオ以外の面々はろくに動く事も出来ず、動けたマリオですら容易に力負けした。その光景を見て、彼女の力を認めない者はいないだろう。むしろ、十二歳の少女が持つには過ぎたその力に、恐れを抱いていてもおかしくはなかった。


「……そこまでだ」


 終了の宣言がされると同時に魔法が解かれ、動けずにいた面々が崩れ落ちた。


「入団を認めよう、レイ。君の配属先は追って伝えるが、暫くの間はここでの生活に慣れてもらう」


「分かった」


 頷くレイを見て、ミラアリスはマリオの元まで進む。


「大丈夫か?」


 倒れているマリオに手を差し出せば、マリオもそれに応える。握られた手が、どうしようも無いほどに冷たかった。


「なんとか……いや正直、舐めてましたね。勿論舐めてかからなくとも同じ結果だったでしょうが」


 自分達が優位であると、疑わなかった代償───いや、初手を間違えていたのだ。囲んで逃げ場を無くし、ヘイトが向けられていない奴が追い詰める?


 馬鹿な考えだったと、マリオは自虐的に笑う。


「魔法使い相手は距離を詰めるのが定石、警戒していたとしてもやっぱり取る手は変わらなかった」


 どうしようも無いほどの実力差、十名の大人と一人の子供に空いている筈の力量差は、想定とは真逆だったのだ。


「つまり、強大な個を相手取るいい訓練になると言う事だ。いやまさか、あそこまでだとは私も思っていなかった」


 クククとミラアリスが笑う。


「何がそこそこだ、とんだ狸じゃないか」


 いや、とそこでミラアリスは思考を変える。あれでそこそこだと、思える程の地獄を歩いて来たのでは無いだろうか? と。


「還元」


 忘れていたとばかりに、レイは魔法を発動する。先程使用した三重魔法・氷界で奪った熱エネルギーは、全て程度を抑えてレイ本人へと集めていた。普段より少し上のポテンシャルを発揮出来る程度に集め、他は上空に集めておく。終了と同時に解除したのは、あくまでも熱エネルギーの吸収であり、彼等の体温を戻してはなかった。


 だから、集めていた熱を奪った所へ戻す。


「その歳で三重魔法を扱えるとはな」


 帝国最強と名高いミラアリスでさえ、末恐ろしいと感じてしまった。

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