第13話

「237ちゃんね、あなたで最後よ。お疲れ様」


 ニコリと微笑んで、柔らかな女性が出迎えた。レイが向かったのはラーザリア港街にあるペロロン商会、聞かされていた場所に辿り着いてからレイは青ざめた。


(ラウガウスの本当の目的はコレか!)


 場所を聞いて、商会の名前を聞いて、今一つハマりそうでハマらなかったパズルのピースがカチリと嵌ってしまう。


「何処行けばいい?」


 出迎えてくれたのは紫の長髪がふわふわとしている眼鏡をかけた女性。理知的な見た目だが胸も大きく包容力のありそうなシルエットの、子供にも大人にも好かれそうな二十代の女性だった。


 彼女の名前はシルリレット・ライブラ。ペロロン商会の代表取締役であり、ラウガウスの協賛者だ。イカロスの翼に所属してはいないが、彼と同じ思想を抱き仲間だと認められている。


「奥に向かって頂戴。お風呂もご飯もいっぱいあるから……大変な目に遭ったでしょう? ゆっくり休んでいいからね」


 コクリと頷いてレイは奥に進む。


 これは飴と鞭だ。何処かから誘拐され奴隷とされそうになっていた子供達を、助け出し甘やかす。そうする事で子供達はペロロン商会に多大な恩を感じ、シルリレット……ひいてはラウガウスの従順な手駒となる。


 恐らくは、ラウガウスは今回の奴隷商人達の多くを手中に収めた事だろう。今回の仕事に関わった殆どを、自らの道具として獲得したのだ。


 どんな狙いがあって慈善事業を? ではない。最初から全部かっ攫うつもりだったのだ。


(勝てるのか? 出し抜けるのか? あんな奴を相手にして……)


 強制的に冷静さを保たれながら、それでも尚吐きたくなるような不快感を覚えながらレイはお風呂に入った。


 浴槽に使って次の瞬間には、全ての悩みが溶けて消え去った。


 やはり風呂は日本人の魂だなと、しみじみ思ったレイだった。




 ◆◆◆




「そうか……237は魔物を全部倒したか」


「一応最大限警戒して、戦闘中は覗き見がバレないようにしましたが、魔法と剣技で全滅させたのは間違いないです」


 クククとラウガウスは笑う。使えればいいと適当に育成させた犬の中に、想定より使える奴が現れたのは僥倖だった。


「しかし、それだけ使える奴を遊ばせておくのは勿体ないな……内側から壊す為に送り込むか?」


「騎士団ですか? 確かにあそこの団長は厄介ですからね……暗殺でも出来たのなら、一気に動きやすくなるでしょう」


 ヴァナルガルド帝国騎士団統括団長ミラアリス。事実上帝国における最高戦力であり、国を揺るがす様な悪事が行われた際には必ず現れそれに対処する。


 曰く、剣一つで城を切り裂き。


 曰く、一重魔法で万の魔物を殲滅し。


 曰く、デコピン一つで前団長を半殺しにした。


 噂とは尾ヒレがつくもので、そんな人間がいるものかと思うような噂が流れているが、万が一その通りだった場合ラウガウス達も対処が困難だろう。


 ラウガウスが事を起こすには数多の準備が必要であり、戦闘力だって現時点でも申し分無いほどあるが、件の団長の噂と同じ事は不可能だ。


「……なるほど、アレを手駒と見せて警戒させておく事で、他から手を回しやすくなるだろうな」


「いい案ですね。あの女は全てを敵として警戒しています。何処かしらの手の者であると匂わせておけば目を引けるでしょうな」


 イカロスの翼という名だけは広まるように細工してある。適当な幹部と関連付けさせておけば、糸を辿って罠に嵌ってくれるだろう。


「それで、237の方はどうします?」


「少し不審な動きがあったから警戒していたが、所詮は従順な駒よ。送り込んだ後、何度か任務を与えてそれを遂行するようなら殆ど手放しで構わん」


 ラウガウスは度々見たレイの死んだ目を思い出す。まだ幾ばくかの反抗心が残っていたとしても、結局は命令を聞くように躾てある。


 違和感を、覚えてはいないのだ。


 他の手駒と同様の目をしていて、命令に従順、ただ想定以上の結果を度々出してくるだけ。


 良い拾い物、程度の認識でしかない。


「……まぁ、障害になるような事は無いだろう」


 優秀な手駒なら、それ相応に使えばいいだけだと、ラウガウスは結論づけた。

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