第12話

「す……」


 終わったと、気が抜けて脱力しかけた彼女は、助けたクロエの呟きを耳にした。


「すっごぉぉおおおおい!!!! え、え、なにそれ!? 二属性!? 騎士様もしかして二属性持ち!? やば!!」


 先程まで号泣していた筈の少女は、目を爛々と輝かせレイの肩を掴んでぐわんぐわんと揺する。


「ちょ、ま、つかれて……」


 為す術なく揺すられ続けたレイは、心の中で「あ、こいつシャルと根本の所が同じなんだ」と理解する。


 何処の誰よりも人間らしい人間だ。人間の持つ獣性、世界の全てを解き明かしたいという知的好奇心。恐らくクロエの中で、それは何よりも優先される事柄なのだろう。


 今更ながらに、クロエの前で見せてしまった事を後悔した。


「ねぇねぇねぇねぇ教えて教えて教えて教えて早く早く早く早く」


「まずは放せって!」


 ぐわんぐわん揺すられている中で、レイは無理矢理肩を掴む腕を払った。ただでさえ疲労困憊に、魔物との連戦に連続で使った広範囲魔法、体力も魔力も一気に持っていかれていた。いつものレイでは有り得ない態度を取ってしまうくらいには、いっぱいいっぱいだったらしい。


「あ、ごめんごめん。私はクロエ! 騎士様ありがとう!」


「その騎士様ってなに……」


 頭を抑えながらレイが聞くと、クロエは大仰な手振りをしながら答えた。


「助けを求めた時に駆け付けて、あんなにかっこよく魔物を薙ぎ払ってくれたんだもん。こんなの騎士様じゃん? しかも良く見れば顔が美しいし!」


 恐らくは命の危機と、目の前で見た自分の想像がつかない魔法。それらによって興奮が臨界点まで達して超のつくハイテンションとなったのだろう。おおよそ原作からは及びもつかないような言動だった。


「残念ながら、おれは女だよ」


「えっ……」


 胸を見てから顔、そうしてもう一度胸を見た。そしてそのまま流れる様にクロエの手がレイの胸に触れる。


「ちょっ!」


「ほんとじゃん! え、ショック……ではないか。そんな事より、さっきの魔法何あれ! 二属性持ちなんて初めてじゃない!?」


 興奮冷めやらぬと言った様子で、クロエは再び捲し立てた。しかし当のレイは顔が真っ赤に染まり、心臓がバクバク言っていた。


(胸触られちゃったし推しの顔がいいし頭こんがらがる……!)


 はぁはぁと呼吸を整えて、それでもまだ若干赤い頬のままレイは答える。


「はぁ……おれが使えるのは氷魔法だけだよ」


「氷魔法? まぁそうだよね、壁とか出てたし。でも剣がめっちゃ熱かったけど! あれなに!?」


「……熱だよ、氷魔法で奪われた分の熱。それを集めただけ」


 教えるべきか、教えないべきか……逡巡してレイは教える事にした。熱を奪うと言っても、奪われた熱が消える訳では無い。本来の氷魔法ならば冷やして氷を作るだけなので熱エネルギーもただ消えるだけだろうが、先程レイの使った魔法はあくまでも熱操作。その場の熱を移動させただけである。


 剣に集めたのは、そうすれば攻撃力が増すだろうと考えての事だったのだが……改良の余地は多そうだ。


「へぇ、そっか……凄い着眼点だ。いいね気に入ったとても大好き、もっとあなたとお話したいな」


「告白かな? 嬉しいね……でも残念ながら、仕事の途中なんだ。またいずれ、何処かで会える機会があったらその時話そう」


「仕事だったの……それはごめん。約束だよ? 破ろうとしてもこっちから探すからね?」


「大丈夫だよ、そのうち会えるから……ちなみにだけど、なんであんな事に?」


 レイがそう聞くと、クロエはたははと笑った。


「いやー、実はグレイトボアの群れがいたから、最近思い付いた魔法の試し打ちをと思って……」


「撃ち込んで、あんまり効かなくて、ぶちギレられて追いかけられた?」


「その通り! いやー、まいったねー!」


 こんな好奇心の塊、放置して大丈夫なのだろうかと頭が痛くなってしまう。


「私の魔法属性って自然なんだけど、やれる事が多過ぎて色々思い付き過ぎちゃうんだよねー」


「取り敢えず、安全を確保出来るようにして」


「普段はちゃんと壁とか学校とかに撃ち込んでるんだよ? 今回はたまたまいーところに群れがいたから疼いちゃっただけで」


 あれ、クロエって問題児だったっけ? とレイは首を捻る。ゲーム内や設定では、好奇心旺盛な天才児って感じだったと思ったのだが……。


「ああ、馬鹿と天才は紙一重」


「そう、私は天才なんだよね!」


 やっぱシャルと同じじゃんと、レイは心の中で思った。


 折角なのでクロエを港街まで送ったあと、黙っていてくれたシャルは「あの子の気持ちめっちゃ分かるわー」と共感の意を大いに示していた。


 やっぱ同類だった。

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