第10話
奴隷商人惨殺死体現場から逆走して一日。途中で見付けた川で馬に水を飲ませ、着衣の洗濯と水浴びをして、その日は野宿となった。
基本的に命令を遂行する五人とレイで寝ずの番を担当し、奴隷候補の子供達は眠らせた。
少年部隊以外の子供達は比較的健康で、二日目にもなると最初に囚われていた時よりも元気になっていて、道中まるで遠足気分のように楽しげに会話をしていた。
囚われていた時の怯え様や、移送途中の衰弱具合から考えれば良い事ではあったのだが、逆にレイを含めた少年部隊の衰弱が酷かった。
命令をされなければ食事も取らない彼等と、中身が子供では無いレイは、鉄格子にいる時に殆ど食事を取っていなかった。今でこそ、余裕のある食料から必要以上に摂取しているけれど、その分子供達の護衛と馬の扱いに世話と、やる事が多かった。寝ずの番等で、必要とされる睡眠時間を確保出来なかったのも響いているだろう。
連れて行かれている時には魔物と戦っていた様子は無かったのに、帰っている現在は度々魔物と遭遇する。もしかしたら魔物避けの魔導具でも誰か持っていたのかもしれないと、レイは臍を噛む。
とは言え倒れられても、自分が倒れても困るので、度々休憩を取って二日目も野宿となった。残念ながら川は見当たらなく、身体を洗う事は出来なかった。
そうして三日目、レイの中の彼も見覚えのある地形まで辿り着けた時に事件が起きた。
「いやああああああ!」
子供の大きな悲鳴に、疲労から警戒心の落ちていたレイが遅れて気付く。
「グレイトボアか!」
前世で言うところのイノシシ、それを二回りも大きくし、さらにマンモスのように牙を前方へと伸ばしたような姿の魔物である。イノシシよりも遥かに分厚い毛皮と、魔力で底上げされた驚異的な脚力。グレイトボアの突進は、容易に馬車を破壊するだろう。
まさにその突進中のグレイトボアがこちらに向かってきていた。
「おまえ達そのまま馬車を操って目的地まで行け! おれが足止めしておくから、街に着いたら言われていた場所まで向かえ」
少年部隊全員が了承の意を示したのを確認してから、レイは馬車を飛び降りる。
このゲームには、身体強化という概念は存在しない。けれど、この世界で魔力を扱えるものは、無意識的にそれを行っている。自らの体内で魔力を活性化させると、それだけステータスにボーナスがかかる様な感覚だ。
レイは着地と同時に、両足の魔力を練り上げる。幾多の細い筋を作り出し、それを筋肉のように束ねる。より精密な魔力操作能力が必要になるが、ただ能力を強化しようとするよりも格段に性能が上がるのだ。殆ど着地と同時に地面を蹴りだし、弾丸の様に前方へ加速する。
馬鹿正直に突進対決をしても、負けるのはレイだ。だからこそ、レイはグレイトボアにぶつかる直前で横へ跳ねる。殆ど直角に曲がり、先程まで自分がいた場所をグレイトボアが通過する瞬間に氷魔法を放つ。
「プギャッ!」
こめかみに氷柱が突き刺さり、グレイトボアが悲鳴を上げてバランスを崩す。突進の勢いそのままに地面を転がった。しかし、そのまま死ぬ事は無いと瞬時に判断したレイは、グレイトボアがよろけながら立ち上がる前に胴体に剣を突き立てた。
バキンと、何かが割れるような手応えがあった。その瞬間に、グレイトボアは糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
「なんとか倒せた……」
グレイトボアは、ゲームで言えば比較的序盤の敵である。旅をする主人公達がこの大陸によった際に遭遇する魔物で、その時期に戦えるレベル設定がされている。
元々魔物というだけで雑魚では無い存在の、その中でも下の上くらいの位置。レイという存在のスペックだけを考えるのなら、倒す事は難しくない相手だった。
事実、レイの主導権を彼が握ってからも、イカロスの翼から与えられる仕事で魔物を討伐する事は多々あった。レイの身体能力と、彼の魔法技術。その二つを合わせて戦えば、大物レベルの魔物でも無ければ勝てるだろう。
しかし、それはあくまでも万全の状態ならばの話である。
とは言え勝ったのだから、後は馬車の後を追いかけてそのまま仕事を終えるだけだと……そう考えていた。
「誰かああああああああ! たーーーすーーーけーーーてーーー!!」
大量の土煙を巻き上げながら、グレイトボアの大群がこちらに向かってくるのを見るまでは。
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