第9話
結論から言えば、子供達が浴びせられたガスは睡眠ガスだった。恐らくは毒性のある花から抽出されたエキスをガス状にしたようなもので、ガスを吸引した瞬間に子供達は面白いくらいに意識を失っていた。
勿論イカロスの翼で激しいしごきを受けて、個性も感情も死んだような、命令を受けた行動しか取らない筈の少年部隊のメンバーも同様に。
しかしレイだけは、そのガスが効くことは無かった。
何処かに移送する為に、騒がれては困るから眠らせたらしく、レイも寝たフリして運ばれた。
恐らくは、レイの中の彼が発現させた毒魔法、そのお陰で毒に対する耐性を得ていたのだろうと彼は自己分析していた。まぁ、毒の使い手が自らの毒でやられては笑いものだ。ゲーム的には問題が無くても、現実的に考えた場合耐性が無いと困るのだろう。
馬車に揺られて二日、目的地に辿り着いたのか揺れが収まった。
「……から…………」
「……んで…………かんね…………」
「とりあ…………」
何かを話し合う声がしていた。その中には今まで聞いた事もない声が含まれていたので、事を起こす好機だと判断する。
現状積荷と思わせる為に、子供達は木箱の中に押し込まれている。手枷などは無く、蓋は簡単に開けられる。抵抗する力を奪ったと思っているのだろう。
レイはこの仕事をさせられるに当たって、同じ少年部隊の彼等にある程度の命令権を与えられている。命令に忠実な彼等は、言ったことをこなしてくれるだろうが、仕事を終えた時何を命令されたかを聞き出される可能性が高い。なので逃げるような命令だったり、敵をわざと生かすような命令をする事は出来ないだろう。
そして、少年部隊の彼等が隠し持っている暗器は、奪われていなかった。
「おまえたち、箱から出て速やかに敵を制圧しろ。殺して構わない」
命令すると同時、レイも箱から飛び出した。馬車が停泊しているのは森の中の開けた場所で、何度か見た顔の男達六人グループと、商人と言った様子の小太りの男達が八人いた。
氷魔法で剣を一つ作り、それを握って世話になった男の心臓に突き立てる。血は吹き出ず内側から凍結させていく。その手応えに、この場に強敵はいないと判断する。
「なんだおま」
「ふざけ」
「やめ」
レイを除いた五人の少年少女も、隠し持っていたナイフ等で確実に命を奪っていった。一気に六人減らされて、残りの八人はようやく現状を理解したと慌てふためきその場からの逃走を図る。
しかし、訓練されていて人間性を喪失している子供達に、慈悲も油断もありはしない。
レイが先陣を切って、残りの男達も間もなく絶命する事になった。
「さてと、おまえ達の中に馬を扱えるやつは?」
二人の少年が手を挙げた。どうやらまだ帝国領土にいた時に、馬車の扱い方を見ていたらしい。見様見真似だとしても、何の知識もない奴よりは使えるだろうと判断して、レイはその二人を馬係に任命する。
「おれ達が送られたラーザリア港街は、この大陸の南側に位置してる」
未だに箱の中で震えていた奴隷候補の子供達を、一人一人解放しながら少年部隊の面々に告げる。とはいえその行為の目的は、部隊の連中に聞かせる事ではなく話すことで自らの思考を整理する意味の方が強いが。
この場には二台の馬車があり、恐らくはここで積み替える予定だったのだろう。片方は子供達が積み込まれていたもので、もう片方には食料などが乗っている。
「おれ達が乗せられてた馬車はこっちで、こっちの轍を辿れば一応は戻れるだろう。ただ、ここまで来るのに二日かかってる。何処まで轍が残ってるかは疑問だな」
子供達達を解放し終え、頭の中にある大陸の地図を思い返して地面に描く。現代日本で言うところの、南アメリカ大陸に近い形をしている大陸で、その最南端にあるのがラーザリア港街。大陸を東西に分断するように巨大な山脈が中央に位置している。
轍が伸びている方を南とすれば、右手側に山脈が見えてくるので大陸の東側である事が確定する。
「うん、何事もなく南下出来れば帰れるな」
果たして何事もなく帰れるか、というのが問題ではあるのだが……。
「二人は馬車の扱いにここで慣れろ。他三人は別の馬車に積んである荷物をこっちに移せ」
命令を終えて、レイは一息つく。ふと解放された子供達を見てみれば、そこらに転がる死体を見て嗚咽している様子だった。
感覚が鈍っているが、死体を見ればそういう反応にもなるか……そんな風に思いながらそれを眺めていた。
大きく溜め息を吐いて、グシャリと前髪を掴む。皮脂や汚れでベタベタになっているそれに、気分がさらに落ち込んだ。
「川……川だな、川を探そう」
衛生面においても気分的にも、最悪なものだった。
「風呂に、熱々の風呂に入りたい……ああ、銭湯行きたいな。身体を綺麗にしてから、露天風呂に入りたい……サウナに入って嫌な汗も流したい……」
もう一度大きく溜め息を吐いてから、レイは思い出した。使い慣らした片刃の剣と、シャルロットの存在を。
馬車を適当に漁って、ようやく自分の武器二本を見付けて安堵したレイだったが―――
『さてはあたしの事忘れてたでしょ!』
―――そう叫ぶシャルロットの魔石を、慌てて塞ぐのだった。
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