第8話

「おら奴隷共、飯の時間だ」


 鉄格子の中に閉じ込められた二十人近くの少年少女達。そこに近付いてきた汚い身なりの男は、明らかに人数分に足りない量の残飯とも呼ぶべき物を投げ入れる。


 空腹だった子供達が身を乗り出して、床に撒き散らされた残飯を食べようとした所で、男は鉄格子に棒のような物を打ち付けて、ガァンと大きな音を何度か響かせた。


 音が鳴る度に、子供達が身を竦ませ悲鳴をあげる。その光景が男の最近の愉しみだった。圧倒的弱者に対する優越感、本来守護されてしかるべき存在を如何様にも出来るという状況が、愉しくて愉しくて仕方が無かった。


 しかし、今回の奴隷達は少しばかり様子が違っていた。二十人中六人、飯を求めて近寄ってくる事も無ければ、音を鳴らしても反応すら示さない。


 男は、度々そう言うガキを見かけていた。反応を示すのは比較的新鮮な経験の薄い子供だが、反応を示さない、反応が薄いような子供はもう既に恐怖を植え付けられ染み込まされているのだ。


 男がするようなイタズラとはワケが違う、もっと酷い事をされて来たのだろうと、頭では理解している男だがそんな反応は愉しく無い。


「おい、そこの女」


 無反応のガキの中でも、一際目に付いたのが銀髪の少女だった。もう何日も風呂にも入れていないからボサボサではあるものの、それでも尚美しいと思える髪に青い瞳、正常な状態であれば、さぞ男を狂わせただろう。


 呼ばれた少女は、ゆっくりと死んだ瞳を男へ向けた。この世の闇を余すとこなく見詰めてきたような、濁ってこそいないが一片の希望も抱いていないような目だった。


 その目に少し後ずさりした男だが、見るべきものはしっかりと見ていた。


「お前、魔法使えんだろ。そのガキ共全員痛めつけたらお前だけ出してやるよ」


 手首に付けられたアクセサリーから下げられている、水色の魔石。それはその少女が氷の魔法を扱える事を示している。


 奴隷達の中にも武器を所持している者はいたが、それらは全て取り上げられている。けれど、魔石だけは取り上げられない。所有者から魔石が放された場合どうなるのか、知っている者がいないからだ。


 何かがあっても困るからと、取り上げずに少女に付けられたままだった。どうせ使えても大したことの無い魔法だろうと楽観視されていたのもあるけれど。


 ここから出られるかもしれないという希望を与え、それを奪う。既に仕込みが終わっていて反応の乏しい彼女達のような子供も、そうすれば大変美味な表情を浮かべてくれる事を男は知っていた。


 ゆえに与えた餌だったのだが。


「……使えない」


 少女はフルフルと、力なく首を振った。


「は? 使えねぇな」


 つまんねぇと舌打ちをして、男はストレスを発散するように何度も鉄格子を叩いた。その度に、残飯に群がっていた子供達が悲鳴を上げるが、不機嫌さを隠そうともしないまま男はどこかへ行ってしまった。


(さて、どうしたもんか)


 少し気を緩めて、レイは改めて辺りを見渡した。船から荷物に詰められたまま馬車で移送され、連れてこられたのがこの建物だったので現在地が何処なのかは分からない。この建物は何かの倉庫のようで、大量の木箱等が積み上げられていた。そして、奴隷として扱われる子供達が連れてこられたのは隠し階段で行ける地下だった。


 日も当たらず、カビ臭く、トイレもない。衛生環境が最悪の状態だ。そんな中に、もう二日もいる。


(逃げ出すだけなら何時でも出来るが)


 レイには氷魔法という極めて便利な能力が備わっている。鉄格子に鍵が掛けられていて、その鍵を見張りの男が持っているとしても、魔法で氷を鍵の形に造形して逃げ出す事自体は出来る。


(多分、原作レイは連れて来られなかっただろうな……)


 ふとそう思い、自分の選択と行動で彼女をこんな目に遭わせてしまっている事を申し訳なく思う。


(考えるべきを考えよう)


 頭を切り替えて、思考をリセットする。与えられた任務は奴隷の解放と、関わっている犯罪組織の皆殺しだ。ただ、イカロスの翼などというテロ組織に加担している大人達は、奴隷引渡しの際にその姿を確認している。


 ここで暴れて皆殺しにするのは、果たして望まれている事か否か。


 わざわざ望んでいる成果を上げてやる必要も無いのだが、残念な事にレイが関わっている部分に関して言えば慈善事業に等しい行いだ。


(あまり探られたくない荷を一箇所に長い事置かないはず……なら、連れて行かれた先で暴れて皆殺しにするのがいいか)


 問題は、シャルロットも一緒に持って行ってくれるかだが―――


 ―――そんな思考の途中で、地下室に何かのガスが充満した。

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