第5話
『な、なーんだ、あんた意外とやるじゃない!』
「……どうも」
シャルロットの賛辞に何とか答えたレイは、その場に崩れ落ちた。たった一発、しかも咄嗟に防御をして受けたその一撃だけで、もう立っていられない程のダメージを受けていた。
『ちょっとちょっと、大丈夫!?』
「……むり」
せめてもう少し休まないと、とてもでは無いが動けないと、レイはそのまま仰向けに倒れた。
『まぁじゃあ暫く休みなさいな。あたしが付いていてあげるわ!』
「たすかる」
はぁはぁと荒い息を吐いている状態から、ゆっくりと呼吸を整えていく。戦闘の興奮や使命感が消えて、今更ながらに恐怖が襲いかかってきた。しかし、レイの身体はそれらの感情に反応することは無く、内心がどうであれ身体は動かせる事にレイの中の彼は感謝した。
『それで、さっきのは何をやってたのかしら?』
「氷魔法……氷刃を出した時、一緒に発動しておいた、氷の霧」
『なるほど、吸わせたのね?』
「さすが天才、理解力が高い」
『当然じゃない、まぁ室内だから使えた手ではあるけど、最初からあれを決め手にするつもりだったの?』
「普通にやれば勝てない。最大火力の魔法を使っても、多分少ししか傷を付けられない。正攻法で勝てないなら、小細工で勝つ」
『エグい発想してるわね。それに、思い付いても普通は出来ないわ。よくもそんな精度の魔法を使えたわね』
「魔法は、と言うより魔力の扱いが得意だから」
レイに宿った彼に取って、魔力は本来身体に存在しない異物だった。それはこの世界の、魔力が当然である住民達と違ってより明確にそれを感じ取れるというアドバンテージとなる。
後は、その異物を操る方法を知るだけなのだが、レイは既に魔法を扱えた。その方法は当然身体が覚えている。
結果として、魔法に限った話で言えばレイ本人よりも高いポテンシャルを発揮する事が可能となった。
「魔法は、魔石を通して外界に魔力を流して形成する。氷の槍なら、氷結させてそれを作って飛ばす。氷刃なら、剣を形作って意識のパスを通したままそれを操る。どちらにせよ、魔力を流してそれを固めて初めて魔法が完成する。なら、氷属性の魔力を散布して、相手の体内で氷結させればいい。けど、そこまでの精度ではまだ使えないから、極小の氷の粒を空気中に散布して、相手の体内で結合させる。肺胞を凍らせてしまえば、呼吸は行えない」
『……ははは、気に入ったわよあんた! それじゃあ最初に言っていた話について、詳しく聞かせてもらえるかしら?』
シャルロットにコクリとレイは頷いた。気に入ったと言われただけで、まだ使い手として認めるとは言われていない。
「おれの望みは、この子を守る事だ」
『この子って、つまりあんたよね?』
「ああ、おれはこの子に生まれた別人格だ」
『多重人格障害? その歳で随分とハードな人生送ってるのね』
「千年前の偉人に言われてもな……まぁ、この子の過ごしている環境についてはシャルロット自身の目で確かめてもらいたいんだが」
『残念ながら目は無いわ!』
「知覚は出来んだろ」
『あら、よく知ってるね?』
「この子は組織の末端として使い捨てられる運命にある。けど、魔剣という隠し球さえあれば、切り捨てられる時に抗えると思わないか?」
『無視は頂けないわ……でもそれって、あたしを所有しても使うつもりは無いって事かしら?』
「ああ、本当に必要になった時以外使わなくて済むようにしたい」
『他の魔剣と対峙しても、あたしを使わないで倒してみせるって?』
「一番良いのはそれだな」
体力が大分回復した事を確認して、レイは身体を起こす。落とされたままのシャルロットに改めて向かい合って頭を下げる。
「どうか、この子を助ける為に力を貸してくれ」
しかし、返って来たのは沈黙だった。悩んでいるような声も無く、うんともすんとも言わない。
けれどシャルロットが思案している最中なのだろうと、レイは頭を下げたまま動かない。
『悪いけど、断るわ。確かにあんたの魔法の発想は興味深いけど、残念ながら面白味が無いわ。それに、それじゃああたしの使い手はあんたじゃなくてその子って事になるんでしょ?』
「同じ身体の持ち主なんだから一緒じゃダメなのか?」
『……それもそうね! でも、認めるにはもう一押しかな』
「おれの人格は男だよ」
『……アリね? いや、いやいやいや。なんか違うの頂戴!』
仕方がないか、とレイは切り札をきることにした。事前に用意したような物ではなく、先程の戦闘によって偶然発生した物だが、面白味と興味という観点からすれば、これほど唆られるものは無いだろう。
レイはローブのポケットを漁り、ある物を取り出した。
「これならどうだ?」
『……なるほど、確かに興味深いわね』
レイが手のひらに乗せて見せたものは、直径五ミリ程度の小さな石だった。紫色に怪しく輝くそれは、紛れも無く魔石だ。
『一個人が同時に二つの魔石を持っている……それが本当ならば、あたしの興味を引くには十分過ぎるわ。でも……』
「適当にくすねた物かもしれない、だろ?」
シャルロットの言葉を先回りして、レイは本来持ち得ない筈の「毒魔法」を発動する。何処かに向けて撃つ訳にも行かないので、指先に毒の球を作り出してシャルロットに見せた。
『もしかして、人格毎に発現する可能性があるのかしら?』
「残念ながら、多分この子に生まれた別人格はおれだけだ。だから、これ以上は無いと思う」
もうひと月近くもこの身体で生活しているが、彼の意識が途切れた事も無ければ睡眠時に活動していたような形跡も無かった。あくまでも、レイ本来の人格が眠っている間の代わりでしか無いのだろう。
「おれがシャルロットに求めるのは二つ。おれと共にこの子を守る為、本当に必要に迫られた時にその力を貸してもらう事。そしてこの子が目覚めておれがお役御免になった時、この子と一緒に戦ってやって欲しい」
『何処までも保護者ね。いいわ、その代わり、あたしを退屈させないで頂戴! 面白いもんをいっぱい見せてよね?』
「約束するよ。とは言え、見たくないもんも沢山見せるかもしれないけどな」
レイは床に落ちていたシャルロットを拾い上げ、埃一つ付いてないその刀身を撫でる。
『あんたの言う、その子の境遇ね?』
コクリと頷いてから、何処まで話すべきかと思案する。
「辛い境遇で、この子は笑えなくなってる。多分涙も流せないんだろうな。それで、耐えられなくて心が壊れてる」
『で、主人格の代わりにあんたが守ってると』
「守りたいだけで、実際はこの子が積み上げてきた全てに救われてるだけだ」
『安心しなさいな。あたしが手を貸してあげるんだから、何が来ても大丈夫よ!』
「ありがとう」
普段使いしている剣と一緒に、シャルロットを背中に背負った。そこで思い出したかのように「あ」とレイは呟く。
「これぞシャルロット・コールヴェインの発明品! ってやつ、ここに無い?」
『あたし自身を除いてよね? なら、良い物があるわ!』
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少しばかり補足説明を。
レイの扱う氷刃は、魔石を通して魔法を発現する際通っている意識のパスを残したまま、思うように扱える魔法です。今回氷の霧で倒したのも同じように一つ一つの微細な氷の粒を郡として捉えて操っています。操作が高度過ぎるので、男が近付いてなければ窒息させられませんでした。
あと、強制発動の極度集中状態は情報処理系統への莫大な負荷がかかるので、現在のレイでは五分くらいしかフルスペックで戦えません。時間が過ぎれば思考能力も反応速度もかなり落ちてクソ雑魚になります。本来の人格のレイなら自由に扱える能力ですが、まだレイにとって異物の彼には自由にオンオフが出来ない状態です。
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