第4話

 レイというキャラは万能型である。


 幼い頃から仕込まれ、騎士団に入る事で磨き上げられた剣技は、騎士団において天才剣士と呼ばれる程で、田舎から出てきて剣に自信を持っていた主人公を徹底的に打ちのめせるだけの実力だ。


 同じく幼い頃から使い続けてきた魔法の腕前も高く、遠距離からの攻撃も近距離戦闘でも使え、自分も味方も魔法でサポートをする事が可能だ。


 しかし、その最大の特徴は手数である。


 一撃一撃の威力はそこまで高くないが、彼女の得意とする氷魔法「氷刃」が、彼女の攻撃に連動して追撃をしてくれる為、手数とコンボで相手を押し切るキャラクターである。その魔法は、彼女が生き残る為に生み出した、彼女固有の魔法である。


 彼女が敵として現れた時、少しでも油断すればパターンに持ち込まれ操作不可能となり、味方の援護が無ければ何も出来ないままやられる理不尽と化す。


 欠点があるとすれば、やはり一撃の威力が低い事だろう。ゲーム中に硬い敵というのはやはり登場するのだが、そう言ったキャラは得てしてコンボに持ち込めない。主人公の様な高火力キャラや、魔法で削っていくことは可能であっても、レイからすれば決して得意な相手では無い。


 また、回復能力が無い事も欠点になるだろう。ゲーム中であれば、パーティーメンバーと共に旅をしているのでヒールをして貰えるが、敵として出てくる時も回復はして来ない。一人で敵に立ち向かわなければならない現状も、回復出来ないのは大きな痛手となるだろう。


 しかしそれら全ては、今から七年後の話であり、さらにそこから成長しての評価である。


 対する相手は、魔法を使いそうな素振りはない。筋肉や装備から、殴って蹴るだけの戦闘スタイルだろう。とは言えそのスタイルで戦ってきた相手の経験値は計り知れず、レイと男の体格差も子供と大人である。


 普通に戦えば、勝てないだろう。ゲームシステムのように数値が見える訳では無いが、それでもステータスの開きは大きいだろう。


 恐らく原作レイも、この相手に自分の力では勝てなかったのではないか? 考えられる唯一の勝機は、レイが手にする事になる魔剣「シャルロット」だ。


 レイが負けそうになった時、彼女が力を貸してくれる事で形成を逆転し勝利、それでシャルロットがレイの所有物になるのだろう。


 子供と大人の戦力差、それすら容易に覆せるのが魔剣の力だった。


 しかし、レイには考えがある。魔剣を使わずして、この相手を下さなければその考えは実行出来ないだろう。




 レイは頭の中で情報の整理を終えて、彼女の得意とする氷刃を展開する。彼女の背後に、今握っているブレードと同じ形をした氷のブレードが三本現れる。ゲーム中であれば六本展開されるそれも、発展途上どころか原作と大きく劣る現在ではそれが限界だった。


「へぇ、綺麗なもんだ」


「お世辞をどうも」


 所詮ガキと侮っているのか、男は大股でズケズケと距離を詰めてきた。


「一応言っとくが、後ろのそれを渡してくれりゃ見逃してやるよ」


「ならこっちも言わせてもらうよ。今すぐ惨めに引き返せば、命までは取らないであげる」


 売り言葉に買い言葉、しかし男はそれだけの言葉で青筋をピクピクと立てた。


「随分と、デカい口をきくじゃねぇか」


「おまえは随分と臭い息を吐くね、この星が可哀想だと思わない?」


 初めての命懸けの殺し合いとなる中で、レイは慎重さを保てるように務めた。この子を守る為には、殺らなければならないという使命感が、恐怖を誤魔化している。


 まずは冷静さを奪う。ただでさえ大人と子供、余裕は相手にあり、余裕は冷静さを生む。しかし冷静な思考をされている限り、レイに優位は生まれない。煽ってキレさせる、その為に言葉を選ぶ。


「あ、ごめん。おまえみたいな社会のゴミクズに言葉が分かるわけなかったか。頭、無いもんね」


「ぶち殺す」


 煽り耐性が低くて助かった、と思う間も無く男は目の前に現れた。既に拳を振り上げていて、次の瞬間にはレイは酷い目に遭うだろう……と、瞬間的な思考が働いていた。


 レイ本人は気付いておらず、ゲームの設定にも特には無かった。しかし、レイに宿った別世界から来た彼にはハッキリと分かる。レイが天才剣士とまで呼ばれる事になった、その才能が。


(見える)


 隔絶した動体視力、極めて優れた情報収集能力。彼女の持つ瞳は、認識能力特別性だった。恐らくは、アスリートで言うところのゾーン。極度集中状態を戦闘時に意図せず発揮してしまうのだ。


(あまり時間かけられないな、これ)


 振り下ろされる男の拳を避けながら、的確に手首の動脈を狙って剣を振る。傷は浅かったが、追撃するように氷の刃が振るわれて男の腕に更に傷を付けた。


「はは、かってぇ。人間辞めてんの?」


「このガキ……」


 矜恃を傷付けられたのか、嘗めていたガキにやられた事が余程許せないのか、ビキビキとさらに青筋を立てる男。思考能力を奪える事には感謝するが、レイの背筋はぞわりとする。


「ミンチにしてやるよ!」


 大袈裟に足を振り上げ、届きもしないのに大きく踏みつけた。ダァン! と強い音を響かせて、衝撃がレイまで轟いた。


「くっ」


 ビリビリと、衝撃によって一瞬動けなくなってしまう。その一瞬を逃さずに、男は再び間合いを詰めて砲弾のような右ストレートがレイに炸裂する。


 まだ八歳のレイの身体は容易に飛ばされて、激しく壁に打ち付けられた。内臓が傷付いたのか、そのまま吐血する。


「くそ、てめ……よくもこの身体に傷を付けやがって」


 ゲホゲホと、血を吐きながら咳き込んで、それでも尚死んでいる表情でレイは男を睨みつけた。


「安心しろよ、しっかり殺してやるからよ」


 簡単にレイを飛ばせたのか、相手を殴れてスッキリしたからか、余裕を取り戻した男は二チャリと笑いながらゆっくりとレイへ近付く。


『ちょ、ちょっとあんた、しっかりしなさいよ! 嫌よあたし、こんな男に持たれるの!』


 僅かな時間の戦闘ではあったが、その行く末を眺める様に黙っていたシャルロットが唐突に騒ぎ出す。彼女はイケメンに持たれたいと言っていたし、感覚が無いにしても嫌悪感を持つ相手に持たれるのは嫌なようだった。


「ああ? うるせぇ武器だな、てめぇなんて売っぱらって終わりさ! でも、そんなに嫌がるならてめぇであのガキ殺してやるよ!」


 良い事を閃いたと言わんばかりに、ニヤニヤと笑ってシャルロットを手に取った。あくまで武器でしか無い魔剣は、確かに扱う分には誰にでも可能である。ただしその本質たる魔石の力と、意識体の持つ知性を貸してはくれないが。


 持ち手を選ぶ魔法の剣、それがシャルロット・コールヴェインが生み出した稀代の発明品である魔剣だった。


 未だにゲホゲホと咳き込むレイの前に、男は辿り着く。被っていたフードが捲られて、美しい銀髪が顕になった。


「へへ、よーく見とけよ。今からこいつでてめぇを少しずつ裂いていってやるからよ。精々良い声で鳴いてくれよ?」


 レイの首根っこを掴んで、男は持ち上げる。逆の手で持ったシャルロットの先端をレイへと向けて、刃に触れた頬がプツリと音を立てる。


『嫌よ! あたしをこんな事に使わないで!』


「お前も中々良い声で鳴いてくれるな! 楽しくて仕方ねぇぜ! ははははは!」


「は、はは……本当に、おまえがバカで助かった」


 首を掴まれて声を出すのも苦しい中で、レイは笑う。初めから仕掛けはしていたが、まさかここまで油断して近付いてくれるとは。


 本来ならばもう少し掛かるはずだった時間が、一気に短縮される。


「なに笑って……なん、これ……」


 ガランと音を立て、シャルロットが落ちる。続いてドサリと音を立て、レイも落ちた。


 自由になった両手で、男は自らの首を抑える。


「てめ、なにし……これ、なん……」


 徐々に顔が青白くなっていく男は、ついに立っていられなくなったのか両膝を付いた。しかしその状態すら保っていられずに蹲る。


 落とさずに握っていた自らの剣、それに氷魔法を使って強烈な冷気を纏わせる。何回目かの殺しの時、レイの中の彼が身に付けた返り血を浴びずに済む殺し方。


「答えだけ教えてあげる、酸欠だよ」


 それだけ言って、レイは突き刺した。どれだけ筋肉の鎧が固くとも、人体には守れない場所が存在する。目から脳へ、それだけで確実に死んでいる筈だが、更に纏わせた冷気で内側から凍結させる。


 グシャリと、大の大人が力を失って地に伏した。

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