第3話

「237、仕事だ」


 石造りの部屋に付けられた鉄の扉が、重い音を上げて開かれた。六畳程度の広さの部屋には布団とトイレのみがあり、まるで彼の記憶にある独房のような内装だ。


 その中央で、座禅を組んでいる銀髪の少女が、光を失った青い瞳をぼんやりと扉の方へと向けた。


 イカロスの翼に所属する幹部でもない男、とりわけ説明する程の特徴も無い様な男が、レイの視線に対して舌打ちをする。


「今回の仕事は調査だ。発掘家と盗賊が集っている遺跡がある。奴らが何を探しているのかを探り、可能であれば横取りしろ」


 バサリと男は地図を投げ捨てる。レイがそれを拾って見てみると、丁寧に目的地が記されていた。


「読めるよな、地図」


 読めないとは言わせないぞという圧を放ちながら男は言う。どうやら自分に好印象は抱いていないらしいと理解するが、同時にどうしてこんな可愛い子をそんな目で見るのだろうともレイは思ってしまう。


「返事くらいしやがれ、気色悪ぃ」


「分かった」


 コクリと頷いてみせると、男は再び舌打ちをしてから出て行ってしまう。それを眺めてから、レイは改めて地図を見る。


(この場所は……タタリア森林か)


 ゲームの中でなら、帝都に向かう道中で通るマップだった筈だ、と記憶を呼び起こす。比較的序盤に通る事もあって、出てくる魔物のレベルも低く、とりわけ大した物がある訳でも無かった。遺跡等も当然無かった筈なのだが……。


(まぁ、ゲームと現実では違うって事か。レイの過去も詳しく掘り下げられている訳じゃないし……しかし、遺跡か)


 ゲーム内には、度々遺跡や過去の遺物等が登場する。それはシナリオの根幹にも関わってくる設定であり、現代では再現不可能な技術で作られている。遺跡の調査となれば、十中八九そこにある過去文明の遺産が目的だろう。


 和服の上に黒いローブを羽織りフードで頭を覆う。片刃の剣を背負いレイは目的地へと向かった。




(おお、ゲームで見た場所だなぁ)


 タタリア森林へとやって来て、表情にこそ出ないもののレイは感動していた。画面越しに見ていた場所に、自分の足で立っている。ましてやそれは本来行く事の出来ないゲームの世界なのだから、感動もひとしおだった。


 それはそれとして、仕事は仕事。ゲームと違い、森林の中を自由に動き回れる中で遺跡を探す。知識として知っている場所には無く、地図に大まかな目印がされているのだから探す事自体は楽だった。


 道中度々遭遇する魔物のレベルも低く、過度な訓練を施されていたレイの肉体と経験を以てすればそれらを葬ることは容易く、特に苦労もないまま目的地へと辿り着いた。


「あれか……」


 まるでその区画だけ不毛の土地であるかのように、森林の中でそこだけがぽっかりと開かれていた。土があって草はあるものの、少し地面を掘れば鉄のような物が現れる。紛れもなく千年前の戦争の名残りだ。


 そして、開かれた土地の一部に不自然な隆起がある。近付いてみれば、地下へと降りる階段がそこにあった。


 バレるなとは言われていないが、念の為足音を消して階段を下っていく。油断すればカツンと音がなりそうな、独特な材質で作られている。鉄のように見えて、レイの記憶に当てはまる様なものでは無い。


 最初は湿った空気が充満していたが、ある程度下った所で空気が一気に冷え込む。そして、下りきった先で現れたのは巨大な空間だった。


 どういう原理なのか、水が流れて草木が生い茂る自然的な空間だ。人工的な明かりで照らされているので、日が沈みかけている時くらいの明るさだ。建物の中に突如として現れた自然、という感覚が強い光景だ。所々に剥き出しになった鉄のような壁や床が現れている。


「探れ、とは言われてるけど……」


 知識もアテも無いので、仕方なく歩き回ってみる。所々に人がいるものだと思っていたが、何処にも人影などは無く、ただ水の流れる音だけが響く空間を練り歩く。


 何かがありそうな雰囲気は無く、魔物も生息していない不思議な空間。ゲームに出てきた遺跡は例外なく魔物が居たはずなのだが……


「……これは」


 もしかしたら、シナリオの強制力のようなものでもあるのだろうかと、レイは心の中で苦笑する。


 適当に歩き続けた結果辿り着いたのは、蔦で隠されるようにある一つの機械的な扉だった。その横には、何やら認証装置のような物が付いていて、どうやら暗証番号によってロックされているらしい。


 四桁の数字を入力するだけの、簡単なロック。入力パネルには「あたしを表す素敵な言葉」とヒントが書かれていた。


「なるほど、ここはアイツの研究室か」


 これからレイが辿るシナリオは、言わばゲームタイトルの一作目。しかし目の前の研究室の持ち主が出てくるのは、続編たる二作目だった。


 非常に個性的な人物であり、レイとも関わりのある人物だ。そう考えると、色々な人物にとっての捜し物も分かってくる。


「原作のレイは、もしかしたら全通り試したかもな」


 くくく、と笑いたい気持ちになりながら1031と入力する。プシューと空気の抜ける音がしてから扉はあっさり開かれた。


「天才って自分で言うのがらしいよな」


 彼女は天才発明家で、自分の事を天才と評していた。紛れもない天才なのだが、暗証番号を天才と読めるような数字にするのはガバガバ過ぎないか? と思ってしまう。


 最も、今日まで誰にも開けられていなかったのだからこの世界においては厳重なセキュリティだったのかもしれないが。


 扉を潜り、研究室の中に入る。かつて続編ゲームの中で見た時と同じ、つまりは当時の環境が保たれたままの光景が中には広がっていた。


 乱雑に積み上げられた大量の設計図、思い付きを試したかのような試作品の数々、脱ぎ散らかされた女性物の服。千年前の大天才、歴史に残る偉人とも呼べる人物の汚部屋を前にして、何度目かの苦笑をレイはした。


 しかし、この部屋では見覚えのない物が一つだけテーブルの上に乱雑に置かれていた。


『お、まさかあたしの複雑怪奇なセキュリティを破る奴が現れるとはね! 知ってる? 千年間の孤独ってかなりやばいよ! 死にたくても死ねない地獄だった、これはほんとやばいよ!』


 ハイテンションで矢継ぎ早に語りかけてきたのは、一本の剣だった。レイピアの刃をブレードにしたような造形で、柄の尻の部分に直径五十ミリ程の茶色の魔石が取り付けられている。


「……シャルロット・コールヴェイン」


『お、あたしの名前知ってるなんて博識ね! それとももしかして、いややっぱりと言うべきかな? あたし程の大天才ともなれば後世に名が残されちゃってる? まぁ、あたしが成し遂げた偉業の数々を思えば当然ね!』


 レイの目の前にあるのは、知性を持つ武器「魔剣」だ。このゲームにおいて、主人公パーティーが主に持つ事になる武器であり、その性能は千年前の遺物と言うだけあって破格のものだ。


 千年前の優秀な魔法使い達が、自らの命を燃やして成長させた魔石を取り付けた武器。この武器を持てば、例えばレイなら氷属性の魔法しか使えないところが土属性も扱えるようになる。さらには、武器自体が知性を持っている事で、生前の知識と経験を活かして所有者の魔力を使って魔法を使ってくれる優れものだ。


 本来の用途は、同じ属性の使い手と武器とで魔法の威力を増強させ、戦闘のサポートをすると言うものだったのだが……。


 ともあれ、目の前にある魔剣「シャルロット」は、原作においてレイが扱う魔剣であった。


「シャルロット、あなたに頼みがある」


『お、何かしら? 取り敢えずこんな見飽きたあたしの研究室から早く連れ出してくれると嬉しいんだけど』


「レイ……この子を助ける為に、あなたの力を貸してほしい」


 レイは自らの胸に手を当てて、頭を下げて頼み込んだ。剣に頭を下げるという、何も知らない人が見れば奇妙な光景がそこにあった。


『つまり、あたしの所有者になりたいって? うーん、まぁあたし程の大天才な魔剣を見付けたら、そりゃ使い手になりたいって思うのは仕方ない事だと思うけど、でもそれはまだ決めるには早いって言うか、もう少し考えたいし色々見繕いたいし、イケメンな青年に使われた方が嬉しいっていうか―――』


「おいおい、良いもん見付けたなぁ嬢ちゃん。でもそりゃあ嬢ちゃんには過ぎたもんさ、俺に渡してくれた方が有効活用出来るぜ?」


 シャルロットが早口でベラベラと語っていると、入口から男が現れた。スキンヘッドで無精髭を生やした、筋骨隆々とした大男。恐らくは、この遺跡を荒らしに来ていた盗掘団の一員なのだろう。


「わるいけど、これはおれのものだ」


 背中に背負った剣を抜いて、レイは静かに言い放った。


『いやーん、あたしの取り合い発生!? あたしって罪な女ね!』


 雰囲気をぶち壊すシャルロットの発言に、レイは思い切り舌打ちをした。

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