第1話
生まれたその瞬間に、彼は自らの役割を理解した。
目の前に、手足を無惨に切り刻まれ大量の出血をして、もう死を待つだけの存在がいた。後はトドメを刺せばおしまいという所で、彼は自らが生まれた事を理解した。
「こ、殺してくれ……」
弱々しい声を無視して自らの身体を見てみれば、まだ小さい手足が血に塗れていた。子供らしいぷにぷにとした肉感は微塵も無く、無駄を省いて鍛錬を重ねていたらこうなるだろうなという様な肉体だった。
と、言うか。
(女の子じゃねぇか……)
入っている肉体と、その中身に宿った精神の齟齬。強烈な違和感を覚えずにはいられないが、それ以上に強く意識させられている自らの役割。
(俺、普通の生活送ってたよな……)
記憶は朧気ではあるが、極めて平和な世界で男として生きていた自分は、確か付き合っていた彼女と結婚するかしないかの所まで行っていたような……と、思い出せそうで殆どの事を思い出せない。自らの名前すら忘れてしまっていた。
ただ、与えられた役割からこの世界がなんなのか、自分は誰なのかだけは理解してしまう。
タイトルは忘れたが、ここは間違いなくゲームの世界だろう。何故ならこの身体がその登場人物で自分の推しキャラであったからだ。名前はレイで、シナリオ前半ではプレイアブルの味方キャラだったのだが、後半では一切出てこずいきなり敵として出てきて倒されて終わってしまうキャラ。
綺麗な銀髪に、美しい青い瞳。胸は小さくもなく大きくもなく長身では無いがスレンダーなキャラだった。ゲーム中では基本的に騎士団の制服を着ていたが、時折和服も着ていたような。
クールで仕事優先な性格で、熱く人助けをモットーとしている主人公は何度か衝突したものの、旅をする内にパーティーメンバーと交流を深めて仲間と呼んで差し支えない関係まで至っていた。だからこそ、敵として出てきた時は驚いたし、そのまま殺さなければいけない事も、その後に判明したレイの背景も辛いモノだった。辛すぎてありもしない記憶を幻視したプレイヤーは数多く、主人公やパーティーメンバーと仲良くするイフストーリーの二次創作も多くあった。
かく言う彼もまた、主人公とのカップリングだけは認めないもののその他のイフストーリーは好んで漁っていた。
彼は、レイの中に生まれた別人格だった。
本来のストーリーならば、親を名乗る事になる飼い主にいい様に使われ続け、命令に従う事しか出来ないまま育って主人公達と会う事になるのだが……まだ、本編開始の七年前。にも関わらず、レイの心は壊れてしまったらしい。
(一応、まだ居るには居るみたいだが)
自らの手を胸に当て、感じる確かな存在感。慌てて申し訳なさを感じて手を離すが、確かにレイはまだそこに居た。
(俺は、レイを守る為に生み出されたって訳か)
彼は、前世と呼んでいいのか分からないがこうなる前には色々な創作物を嗜んでいた。その中には、多重人格が題材のお話も当然あった。
よく聞くような二重人格という症例はなく、あるのは多重人格という疾患だ。主人格が強いストレスなどを受けた時、それを代わりに受ける為の別人格を作り出す。そして、その原因となったストレスを取り除いた時役目を終えた別人格は消え去るのだという。
多重人格の辿る道は、二つに一つ。人格が統合されて一つになるか、別人格が消えて無くなるか。
「はは……」
乾いた笑いが溢れ出た。しかし、表情はピクリとも動かない。
(いずれ殺されてレイとして死ぬか、レイを助けた後で俺が死んでレイだけ残るか、もしくはレイに混ぜってしまうか、か)
死にたくは無い。消えたくも無い。でも、推しを汚す事が何よりも嫌だった。面倒くさいオタクだなと自虐するが、どれもこれも嫌なものは嫌だった。
「は、はやく……たのむ……」
もう助からないレベルの出血をしている存在が目の前にいた。切り傷が酷過ぎて男か女かも分からないそれは、自らが冷たくなりつつあるのを感じているのだろう。その有り様が、まるで自分のようだった。
「まぁでも、やる事だけは変わらないな」
手に持っていた片刃の剣を振り上げる。
「おれはレイを助ける。折角推しキャラを守れる立場なんだ、殺させやしない」
その為ならば……そう考えて、振り上げた刃を振り下ろした。
命に優先順位を付けるのだ。守るべきものを守り、殺すべきものを殺す。
ピシャリと熱い血液が頬に付いたのを、指で拭って決意する。
初めて命に手をかけた感覚と、自らの存在が消え去る恐怖心。泣き喚きたい衝動とゲロを吐きたい不快感があったのだが、この身体はそれを許してくれなかった。
泣くのも笑うのも、レイに許された特権なのだろう。
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という訳で、明後日くらいに続き出します。これからよろしくお願いします。
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