其の二 男子高校生、巨人と邂逅する

 6月5日月曜日。御堂君とのトラブルの一件から三日が経った。

 僕はその日もいつも通り遅刻することなく学校へと登校した。

 午前8時、いつものように朝のホームルームが始まった。

 担任の金好先生が生徒たちへの連絡事項を一通り伝え終え、ホームルームを終える直前、僕に声をかけてきた。

 「ああっ、京野。ホームルームが終わったら、この後すぐ職員室にまで来るように。分かったな。」

 先生は不機嫌そうな口調で僕に職員室へと来るよう伝えてきた。

 「はい、分かりました。」

 僕は一瞬、先生がどうして僕を職員室に呼びつけるのか理由が分からず、疑問をおぼえながらもとりあえず返事をした。

 ホームルームが終わると、僕は一限目の授業の準備をしてから職員室へと向かった。

 職員室の前に着くと、ドアを三回ノックしてドアを開けて職員室へと入った。

 「失礼します。」

 僕がそう言って、職員室の中へ入ると、職員室の前方には担任の金好先生に島津先生、教頭先生の三人の先生たちが集まっていた。そして、三人のすぐ隣には、先日屋上に僕を呼び出し、僕に暴力を振るってきた、あの御堂君がいた。

 御堂君は右手首に包帯を巻いており、僕の顔を見るなり、一瞬ニヤっと笑った後、すぐに痛そうな表情を浮かべながらこちらを見ている。

 僕は先生たちの方へと向かうと、金好先生に訊ねた。

 「金好先生、職員室に来るようにと呼ばれて来ましたが、何か僕に御用でしょうか?」

 僕が訊ねるや否や、金好先生は急に顔を真っ赤にして怒りの形相を浮かべ、僕を怒鳴りつけた。

 「何の御用ですかだと!?京野、お前、ここにいる御堂君から友達になりたいという申し出を受けておきながら、そんな優しい彼の申し出を一方的に断って暴力を振るい、挙句、怪我までさせたそうだな。お前は自分が仕出かした事の重大さが分かっているのか?お前のせいで私もいい迷惑だ。御堂君はだな、あの御堂市長のご子息で特進科の期待のエースなんだぞ。おまけに今年はテニスの全国大会で優勝を期待されている身だ。そんな彼に怪我をさせるなど言語道断だ。お前には厳しい処分が待っている。分かったか!?」

 金好先生は凄まじい剣幕で僕を怒鳴りつけた。

 僕が御堂君に暴力を振るっただって?

 むしろ、暴力を振るわれて怪我をしたのは僕の方なんだが。

 僕が困惑していると、

 「まぁまぁ、金好先生。そんなに一気にまくしたてなくてもいいじゃありませんか?御堂の話だけを聞いて判断されるのは良くありません。一応、京野からも話を聞いてから判断をされた方がよろしいのでは?」

 と、島津先生が興奮した金好先生を宥めるように言った。

 金好先生は島津先生の言葉を聞くなり、渋々といった様子で僕の話を聞くことを了承した。

 島津先生の助け舟に僕はホッとして落ち着きを取り戻すと、島津先生が僕に訊ねてきた。

 「京野、君に訊ねるが、君はここにいる御堂に暴力を振るったというのは事実か?」

 島津先生からの質問に、僕は正直に答えた。

 「いいえ、違います。僕は御堂君に暴力を振るってはいません。むしろ、その逆で、僕は御堂君に暴力を振るわれました。」

 僕がハッキリと言い切るや否や、御堂君は慌てた様子で反論し始めた。

 「嘘だ!彼の言っていることは真っ赤なでたらめだ。先生方、騙されないでください。先生方は市長の息子である僕の証言より彼の証言を信じるんですか?」

 「御堂、君は黙っていなさい。今は私が京野に質問をしている最中だ。どちらが本当のことを話しているのか、それを判断するのは彼の話を聞き終えてからだ。」

 島津先生が御堂君の反論を遮り注意すると、ふたたび僕に質問を始めた。

 「京野、君と御堂の話は真っ向から矛盾している。君は御堂に暴力を振るわれたとそう言っているが、詳しく事情を説明してもらえるか?」

 「はい、ではまず、僕の胸元を見ていただけますか?」

 僕はそう言って、制服の胸元を開け、首元の湿布を剥がすと、僕の首元のちょうど鎖骨の部分が二箇所青黒く変色しているのを、先生方へと見せた。

 僕の首元の青黒く変色した肌を見て、先生たちは皆驚いた表情をしている。

 御堂君の方を見ると、苦い表情を浮かべて僕の首元の怪我を見ている。

 「僕は先日お昼休憩の時間に御堂君に話があると言われ呼び出されました。彼に呼び出されて屋上まで付いて行き話を聞くと、僕と同じクラスの神郡さんとの関係について訊ねられました。僕は彼女とはただの友達だと、そう答えると、彼は僕が彼女を脅迫して無理やり関係を迫っているのだと言い出し、僕に彼女を脅迫しているネタを、彼女の弱みを教えるよう脅迫してきました。僕がその脅しを突っぱねると、彼は突然僕の胸倉を掴んできて首を絞めながらさらに脅迫してきました。首元の怪我はその時にできたものです。」

 僕が先日御堂君に脅され暴力を振るわれた件についてありのままに詳細を先生たちに話していると、

 「嘘だ!僕は暴力なんか振るっていない。脅迫なんかしていない。その首の怪我もソイツの自作自演だ!」

 と、御堂君は大声をあげて必死に僕の話を遮ろうとしてくる。

 「御堂、いい加減にしなさい。何度も言わせるな。今は京野の話を聞いている最中だ。君は黙っていなさい。」

 島津先生が僕の話を遮ろうと騒ぎ立てる御堂君に厳しく注意する。

 島津先生から注意を受けて、御堂君はおとなしくなった。だが、顔色は真っ青だ。

 「悪い、京野。話を続けてくれ。」

 「はい。僕が御堂君に首を絞められていると、突然彼が苦しみだしたかと思えば、僕の胸倉を掴んでいた右手を離して、右手を押さえながらその場で倒れました。僕には彼の右手がなぜ痛み出したのか原因は分かりませんが、僕から彼に暴力を振るっていないのは事実です。そして、僕の首元の怪我については、神郡さんと保健室の薬師寺先生の二人が事情を知っています。お二人に確認してもらえれば、僕が首元に怪我を負った原因について証言してくれるはずです。すみませんが、お二人を職員室まで呼んでいただけませんか?」

 僕が神郡さんと保健室の薬師寺先生の二人を呼ぶよう先生たちに伝えていると、御堂君はひどく慌てた様子になり、急にソワソワし始めた。今にもこの場から逃げ出そうとしているようにも見えかねない。

 そんな彼の様子を見て、先生たちは彼に疑惑の視線を向け始めた。僕を最初糾弾していた金好先生も戸惑いの表情を浮かべながら、御堂君を信じられないといった目で見ている。

 僕は止めを刺すため、先生たちに向けて言った。

 「先生たちにお尋ねします。御堂君は僕に暴力を振るわれて右手を怪我したと言ったそうですが、では、彼は先生たちに右手を怪我したことを証明する病院の診断書は見せましたか?彼の右手は本当に怪我をしているのでしょうか?」

 僕が先生たちに御堂君が自分の怪我を証明する根拠を見せたか否か確認をとっていると、御堂君は苦し紛れの言い訳を始めた。

 「僕は本当に怪我をしているんだ!嘘じゃない。今日は診断書を見せようと思ったけど、たまたま家に忘れてきただけだ。」

 「御堂君、診断書を忘れたというのなら、君を治療して診断書を出した病院の名前をこの場でみんなに教えてくれないかな?右手に包帯を巻いているところを見ると、おそらく捻挫か骨折だから、整形外科を受診したってところかな?病院に電話で確認をとれば、君が本当に怪我をしているのか否かすぐに教えてくれるはずだよ。そうすれば、君が言っていることが本当か嘘かすぐにはっきりする。ですよね、島津先生。」

 僕が島津先生に同意を求めると、

 「ああ、そうだな。御堂、疑うわけじゃないが、先生たちにも君が診断を受けた病院の名前を今、教えてもらえるか?」

 島津先生が御堂君に彼が診断を受けた病院の名前について教えるよう言った。

 御堂君は答えられないのか、「ええっと~。」とか、「その~。」とか、あいまいな返事を繰り返すばかりで一向に病院名を答えず、歯切れが悪い。

 答えられなくて当然だ。御堂君は確かにあの日右手を怪我していた。

 だが、それは昼餉の時間を邪魔されて怒った犬神が彼の右手に噛みついて、傷口から妖力を流し込み、一時的に発生した痛みによるものだ。犬神によると、激痛を感じることはあっても、半日で痛みはきれいさっぱり無くなるとのことだ。怪我なんてとっくの昔に治っているはずだ。

 となれば、彼の右手の怪我と包帯は彼の自作自演というわけだ。

 御堂君のあまりの歯切れの悪さに、島津先生も彼が嘘を付いていることに気付いたのか、珍しく声を荒げて、彼に再度訊ねた。

 「御堂、どうした?どうしてさっきから答えようとしないんだ?先生たちはただ病院の名前を教えろと訊ねているだけだ。さぁ、早く教えなさい!」

 普段は温厚な島津先生が、鋭い目を向けて御堂君の方を見ている。

 御堂君は返す言葉が見つからないのか、下を向いて先生たちと顔を合わせようとしない。

 「御堂君、嘘だよな!?君のような優秀な生徒が京野を脅迫したり、暴力を振るったりしただなんて。ましてや、神郡の弱みを握るために凶行に及んだなんて。なぁ、頼む、嘘だと言ってくれ。」

 金好先生が御堂君に駆け寄り、必死な様子で彼に訊ねる。

 これまでの彼の様子から、御堂君が僕を陥れるために先生たちに近づき、僕が彼に暴力を振るったという嘘をついて、先生たちを利用して僕を罠にはめようとしたのはどうみても明白だ。

 それなのに、この金好先生という男は、自分が担任として受け持つクラスの生徒の正直な言葉より、市長の息子であることをいいことに、自分が気に食わない相手を陥れるためなら平気で自分たち教師に嘘をつき、都合のいい駒として利用しようとしてくる性悪な性格の、他クラスの生徒の言葉をいまだに信じようとしているなんて。

 本当にどうしようもないクズで愚かな先生である。

 どうしてこんな救いようのない男が担任教師なのだろう?

 僕は呆れた表情で、御堂君にすがりつく情けない担任教師と、うつむいてその場で立ち尽くしている御堂君を眺めていた。

 『フワー、全く騒々しいと思えば、いつかのあのうるさい小僧がいるではないか?一体、何の騒ぎだ、これは?』

 今まで僕の右肩で眠っていた犬神が目の前の騒ぎのせいで急に起きてきた。

 僕は犬神に、御堂君が僕に暴力を振るわれたと言いがかりをつけてきて、先生たちを巻き込んで僕を陥れようとしたこと、僕の証言で彼の嘘がばれてしまい職員室で騒ぎになっていることを説明した。

 犬神は僕の説明を聞き終えると、僕と同じように呆れた表情を浮かべながらも、目には静かな怒りを宿しながら、目の前にいる御堂君と、彼にすがりつく金好先生の姿を見て言った。

 『せっかく我が気持ちよく眠っておったというのに、一度ならず二度までも邪魔をしてくるとは。本当にうるさくて目障りな小僧だ。それに、あの小僧にすがりついて今にも泣き出しそうな顔をしている男は誰だ?大の男が、あんな粗野で生意気な子供のご機嫌取りなどをしよって、何ともまぁ情けない姿だ。二人揃って、本当に不快なヤツらだ。見ているだけで吐き気がしてくる。どれ、我がちょいとばかしお灸をすえてやるとするか、今度はもっときつめのヤツをな。』

 犬神はニヤっと笑いながらそう言うと、僕の首元を離れて、目の前にいる御堂君と金好先生めがけて向かって行った。

 犬神は二人の前に一瞬で着くと、御堂君の左手、それから、金好先生の頭にそれぞれ思いっきり噛みついた。噛みつかれた部分は真っ黒に変色している。それに、黒い煙のようなものも上がっている。

 犬神に噛みつかれた瞬間、二人は一斉に、

 「「ギャアアアーーー」」

 と、大きな悲鳴を上げたかと思えば、噛まれた部分を必死に抑え、その場でのたうち回っている。

 あまりの大きな悲鳴に、職員室にいた他の先生たちは全員、床で倒れて苦しそうにしている二人を見て、一体何事かと驚いた表情を浮かべながら見てくる。

 廊下からも、二人の悲鳴を聞いて生徒たちが職員室のドアから何事が起きたのかと様子を見に窺ってくる。

 犬神は二人を噛んだ後、また、僕の首元に巻き付くと、満足げな表情を浮かべて言った。

 『ククク、愚かな人間共め。この我の安眠を妨げた報いだ。よく味わうがいい。前回は半日程度の痛みで済ませてやったが、今回は七日間我の妖力による激痛でもだえ苦しむことになる。つまらん嫉妬から我や小僧に迷惑をかけた罰だ。せいぜい苦しみ、己の愚かな行いを反省することだ。』

 犬神はそう言い終えると、また僕の首元で眠り始めるのだった。

 犬神が眠ったのを見届け、視線を前方に戻すと、御堂君と金好先生は床で苦しそうにのたうち回っていて、周りの先生たちが心配そうに声をかけている。

 「ああっ、痛い。ひ、左手が痛い。誰か助けてくれ。」

 御堂君は左手のあまりの痛さに我慢できず、大粒の涙を流して助けを求めている。

 金好先生はと言うと、

 「あ、頭が痛い。誰か救急車、救急車を呼んでくれ。こんなところで死にたくない。」

 と、頭を押えながら、目には涙を浮かべて、必死に助けを呼んでいる。

 二人の突然の異変に周囲が騒然としている中、

 「「失礼します。」」

 と、女性の声が聞こえ、職員室の後方のドアを見ると、椿さんと保健室の薬師寺先生が一緒に入ってきた。

 職員室の床で倒れている御堂君と金好先生の姿を見て、彼女たち二人は驚き、薬師寺先生は一目散に倒れている男二人の方へかけ寄った。

 遅れて、椿さんが僕の隣にまでやってきた。

 「浄君、これは一体、何の騒ぎ?なんであの男と金好先生が倒れているの?」

 僕は椿さんにひそひそ声で、御堂君が僕に暴力を振るわれたと言いがかりをつけてきて、先生たちを巻き込んで僕を陥れようとしたこと、犬神がそのことを知って、犬神の怒りに触れ、御堂君と彼を庇おうとする金好先生に噛みつき、犬神の妖力のせいでこれから七日間二人は激痛にもだえ苦しむことになり、こうして今、職員室の床で転がることになった経緯を説明した。

 僕の説明を聞くや、椿さんはクスクスと声を出さないようにしながら笑い始めた。

 「本当に救いようのない愚かな男ね。見苦しい嫉妬なんかで人を罠にはめようとするから、罰が当たるのよ。それに、そんな愚かな男を信じて庇おうとするウチの担任も救いようのないクズね。金や権力ばかりに目がいって、悪事に加担しようとするからひどい目に遭うのが分からないのかしら。前からあの男同様、嫌いだったの、この先生。おかげでスッキリした気分よ。さて、犬神さんを見倣って、私もいい加減あの男との関係に終止符を打つとするわ。」

 椿さんは僕にそう言うと、床で苦しそうにのたうち回っている二人の前に出て行った。

 椿さんの姿を見るなり、御堂君は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を彼女に向けるなり、まるで天使が目の前に舞い降りたかのような感激した声で、彼女に話しかけた。

 「ああっ、神郡さん。ようやく来てくれた。僕を心配してくれるんだね。ありがとう。さぁ、皆の前で言ってくれ。君はそこにいる京野に脅迫されていやいや付き合っているんだろ。大丈夫、僕や先生たちが付いている。心配しないで。さぁ、遠慮なく真実を言ってくれ。」

 職員室中の視線が椿さんに向けられている。

 御堂君の言葉を聞くや、椿さんは一瞬ニコっと笑ったかと思った瞬間、一瞬でその笑顔は崩れ、今まで見たこともない凄まじい怒りの形相を浮かべながら彼に向けて罵声を浴びせた。

 「いい加減にしなさいよ、このストーカー!私があんたみたいな傲慢で粗野で最低な男の心配なんて絶対にするわけないでしょう!去年から私にしつこく付きまとって、迷惑どころか気持ち悪いのよ。私に付きまとうだけでなく、私の大切なお友達である浄君に変な言いがかりをつけて、暴力まで振るってくるなんて本当に最低のクズ野郎ね。浄君から全部聞いているのよ。私が浄君に脅迫されていて無理やり付き合わされてるなんて妄言を言って、自分にも私の弱みを教えるよう脅迫したんですってね。おまけに浄君がそれを断ったら、暴力を振るって、それでも懲りずに、先生たちにでまかせを言って、浄君を陥れようとするなんて、あんたみたいな男は絶対に願い下げよ!いいこと、今後、二度と私と浄君の前には現れないで。もし、また現れたら、その時は警察にあんたからストーカー被害を受けてるって、被害届を出すつもりだから。市長の息子がストーカの罪で捕まったりしたら、市長であるあなたのお父さんの政治生命も一巻の終わりね。分かったら、とっとと私たちの前から消えなさい、この変態!」

 彼女の凄まじい罵声、もとい毒舌に、職員室中の人が沈黙してしまった。

 品行方正で成績優秀なおとなしい女子生徒というイメージの椿さんしか知らない先生たちは、彼女のあまりの毒舌ぶりに面食らった様子で、その場で皆固まってしまっている。

 一方、椿さんから皆の前で正式にストーカー認定されてしまった御堂君はと言うと、あまりのショックに痛みも忘れて、その場で崩れ落ち、茫然自失となっている。目は虚ろで、もはや再起不能と言っても過言ではないだろう。

 椿さんはまるで胸につかえていたものがとれてスッキリした、と言いたげな感じで、僕や先生たちに笑顔で語りかけてきた。

 「ハアー、言いたいことが言えてやっとスッキリしたわ。先生方、今、私が言った通り、浄君は無実です。浄君は私にとってとても大事なお友達で、決して他人に暴力を振るったりなんかしません。とても優しく友達思いな人なんです。それから、そこに転がっている御堂という男は去年から私にしつこくつきまとってきて、ストーカー紛いのことをしてくる最低の男です。いくら市長の息子だからと言って、まさかこのまま何のお咎めも無いなんて、そんなことはありませんよね、先生方。もし、この男が何の処分も受けずに放置されるというなら、私も黙ってはいません。先ほど申し上げたとおり、この男をストーカーとして警察に突き出します。それに、南極銀行の頭取である私の父も黙ってはいません。父を通して学校にも厳重に抗議させていただきます。来年度の父からの学校への寄付金も無いものと思ってください。他に用がないようでしたら、私と浄君はこれで失礼させていただきます。さぁ、浄君、一緒に教室に帰りましょう。」

 椿さんに言われて、僕も彼女の後に続いて職員室を後にする。

 「島津先生、そういうことですので、僕はこれにて失礼させていただきます。」

 「ああっ、京野、疑って済まなかった。お前が他人に暴力を振るうはずなんてない、何かの間違いだろう、と言うんだが、他の先生たちが中々納得してくれなくてな。特に金好先生が御堂のこととあって騒ぎ立てるものでな。だが、やっぱり君は私の信じるとおり良い生徒だよ。それに、素晴らしい友達に恵まれている。神郡があんな怒った顔を見せるなんて、先生も初めて知ったよ。友達にあんなにも思われている君が悪いことをするわけがない。それはこの場にいた全員がそう思っただろう。長く引き止めてしまって悪かったな。もう帰っていいぞ。」

 島津先生は僕に励ましの言葉をかけて見送ってくれるのだった。

 僕が職員室を出ようとして、職員室の後方のドアから出ようとした時、職員室の前方をチラリと見ると、御堂君と金好先生は、職員室にいた他の先生たちにそれぞれ抱えられながら、職員室から保健室へと運ばれるところだった。

 島津先生は御堂君を抱えながら、

 「御堂、君には後でたっぷりと話を聞かせてもらうからな。ある程度の処分は免れないものと思え。」

 と、御堂君にこの後の彼への処遇について話しかけていた。

 だが、肝心の御堂君は椿さんから受けた激しい毒舌によるショックからまだ立ち直れていないのか、心ここにあらずといった感じで、先生の言葉にうんともすんとも反応していない。

 公衆の面前で好きな人からストーカー認定されたのだ、学園の王子様というあだ名はきっと返上することになるだろう。今後の学校の女子生徒たちの彼に対する評価が少しばかり気にはなる。しかし、同情などするつもりは皆無だ。

 自分を貶め、友達にストーカー行為を働くような輩の心配をするほど僕もお人好しではない。

 ついでに金好先生の方も見ると、他の先生たちに抱えられながら、死にたくない、死にたくない、と命乞いをするかのようなみっともない姿を晒しながら、保健室へと運ばれていくのだった。

 市長の息子であるからという理由でろくに疑いもせず、御堂君の言いなりになって僕を糾弾し、彼の悪事に加担するとは、我が担任ながら呆れて物が言えない。

 きっと、ここで御堂君に恩を売っておけば、市長とのコネができて、市長からがっぽりと学校への寄付金をもらえるだろう、あわよくばおこぼれにあずかろうという腹積もりだったのだろう。

 本当にろくでもない人間を担任に持ったものだ。

 僕はため息を吐きながら、職員室を椿さんとともに後にするのだった。

 僕と椿さんが教室に戻ると、一限目の授業はとっくに終わっていて、二限目の授業が始まろうとしていた。

 自分の席に座り、二限目の授業の準備をしていると、前の席に座っている晴真が声をかけてきた。

 「浄、遅かったじゃないか。心配してたんだぞ。お前が一限目の授業が始まっても全然戻ってこないし、神郡さんが放送で呼び出されるし、一体何があったんだ?」

 「大したことじゃないよ。この前、御堂君と揉めた話をしただろ。また、彼に絡まれちゃってさ。しかも、先生たちを巻き込んで派手に騒いでくれてさ。でも、もう解決したから大丈夫だよ。あの凶暴な王子様に絡まれることは二度とないよ。それに、後でお前の耳にも面白い話が入ってくることになるから楽しみに待っててくれ。」

 僕が笑いながらそう答えると、晴真は首を傾げながらも安心した表情を浮かべ、前を向くのだった。

 それから、二限目以降の授業を何事もなく、僕は受けたのだった。

 12時10分。待ちに待ったお昼休憩の時間がやってきた。

 朝から御堂君の引き起こしたトラブルに巻き込まれて、お腹はもうペコペコだ。

 僕はいつものように晴真と椿さんの三人で教室で昼食を取ろうとしていた。

 その時だった。

 教室中のスマホから一斉に通知音が鳴り響き、僕も他のクラスメイト達も一斉にスマホを取り出して、通知の内容を確認するのだった。

 スマホの通知を開いてみると、そこにはとあるニュース速報が書かれていた。

 そこには、衝撃的な事件の発生が書かれていたのだった。

 「6月5日12時00分、М県夜見近市「YOMICHIKAアミューズメントタウン」建設予定地で建設作業員250名が同時に行方不明に。連続集団失踪事件との関連性ありと警察は発表。」

 僕はあまりの驚きに、思わず手に持っていたスマホを落としそうになった。

 またしても、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」建設予定地で連続集団失踪事件が起きたようだ。

 しかも、今回はいつものように夜ではなく、昼間に事件は起こった。

 何より、行方不明になった人数もこれまでの事件とは桁違いだ。

 これまでは同時に消えても、10人や20人が最大であった。

 だが、今回は同時に250人もの大人数の人間が、真昼の時間に、しかも同時に行方不明になったと言うのだ。

 警察も災害や事故ではなく、事件性があるものと発表している。これまでの連続集団失踪事件と現場の状況はほとんど同じと考えていいだろう。

 僕は何故だか分からないが、何か嫌な予感がした。

 先日、椿さんと連続集団失踪事件の原因は妖怪ではないか、と冗談交じりに話をしていたが、もしかしたら、本当に妖怪が関わっているのではないか、そんな疑念が僕の頭をよぎっていた。

 真昼の工事現場にいた250人もの人間が同時に姿を消してしまう。

 そんなことを普通の人間にできるだろうか?

 集団で事件を起こし、人間を攫っていたとしても、真っ昼間に250人もの大勢の人間を誘拐しようとすれば、当然目立ってしまう。複数犯による犯行説も正直成立するとは言い難い。

 僕はスマホの画面を覗くのを止め、教室内を見ると、クラスメイト達は皆困惑した表情を浮かべながら、スマホの画面を見ている。

 しばらくすると、校内放送が流れてきた。

 「生徒の皆さんに連絡です。ただいま、夜見近市内で大規模な行方不明事件が発生したと警察より本校に連絡がありました。5限目以降の時間は休校とし、生徒の皆さんは保護者の送迎が来るまでの間、騒がず、教室内で待機していてください。繰り返します。~」

 事件の発生を受けて、学校は午後から休校になった。

 保護者の迎えが来るまでの間、僕たち生徒は学校の教室内で待機することとなった。

 クラスメイト達は皆一様に不安な表情を浮かべている。

 僕は、僕の右肩に頭を乗せて昼餉のチョコレートを待っているであろう犬神の方を見た。

 犬神はすでに目を覚ましていて、事件のことも傍で聞いていたのか、いつものように昼餉の催促はしてこず、ひどく考え込むような表情をしている。

 そんな犬神の表情を見ると、どうやら僕の予感は当たっていたらしく、今回の連続集団失踪事件は妖怪の仕業であるらしい。

 何百人もの人間を一瞬にして消してしまうほどの力を持った危険な妖怪。

 そんなのが相手だと言うなら、ハッキリ言って最悪の一言だ。

 犬神はひどく考え込んだ表情のまま、黙りこくっている。

 今までどんな妖怪が相手でも犬神はいつも自信満々な態度で僕に接してきて、他の妖怪のことなんて気にも留めず、チョコレートの催促をしてきた。

 そんな犬神がチョコレートの催促を忘れて考え込むなんて、よほどの事態に違いない。

 普段ではありえないおとなしい犬神の姿を見て、僕の心の中に言いようもない不安が押し寄せてきた。

 僕は考え込んでいる様子の犬神の顔の前に板チョコを持っていって訊ねた。

 「犬神、昼餉のチョコレートだぞ。食べないのか?」

 犬神はハッとした表情を浮かべ、僕とチョコレートを見た。

 『おおっと、我としたことが大切な昼餉のちょ・・これ・・いと・・を食べ損ねるところであった。小僧、珍しく気が利くではないか?』

 犬神は僕が差し出した板チョコを食べ終えると、いつものようにすぐには眠らず、また考え込むような様子であった。

 僕が不安で立ち尽くしていると、椿さんが声をかけてきた。

 「浄君、今、入ってきたニュースの件で話があるの。後で二人きりで話がしたいんだけどいいかしら?」

 「ああ、大丈夫だよ。5限目の時間に空き教室の方に言って話そう。先生たちも来ないからゆっくり話ができるはずだよ。」

 僕たちは今回の連続集団失踪事件について話し合うことを決めた。

 おそらく椿さんも今回の事件の原因は妖怪の仕業ではないかと考えているに違いない。

 「浄、神郡さんもそんなに怖い顔をして何を話してんの?そりゃ、連続集団失踪事件なんてもんが起きたら誰だって怖いけどよ。」

 晴真が今回の連続集団失踪事件のことで真剣な表情を浮かべながらお互いを見合っている僕たちを見て、不思議そうな顔で訊ねてきた。

 「何でもないよ、晴真。それより、さっさとお弁当を食べようよ。事件のことは気にせず、楽しい昼食と行こうじゃないか。」

 「そうね。事件のことを考えてもしょうがないわ、山田君。一緒にお弁当を食べるとしましょう。」

 僕と椿さんが事件のことを適当にごまかしながらそう言うと、

 「そうだな。さっさと飯にするか。」

 と、晴真は笑いながら弁当の包みを開け始めた。

 僕たち三人は事件のことには触れず、僕が御堂君とのトラブルで職員室に呼び出された話や、職員室にて椿さんが皆の前で御堂君をストーカー認定した話、御堂君と金好先生が謎の激痛に襲われて泣きながら保健室へと担ぎ込まれた話などをしながら弁当を一緒に食べた。

 晴真は、椿さんが皆の前で御堂君をストーカー認定した話がいたくツボにはまったらしく、大爆笑しながら話を聞いていた。

 お弁当を食べ終わり、お昼休憩の時間も終わった直後、僕は男子トイレへと駆け込んだ。

 トイレの個室へと入り、鍵をかけて、中に入ると、ズボンのポケットからスマホを取り出し、今回の連続集団失踪事件、現時点では行方不明事件だが、今回の事件のことが書かれたニュース記事の画面を開いた。

 僕はスマホの画面を開きながら、僕の右肩に頭を乗せている犬神に訊ねた。

 「犬神、ちょっといいか。お前に聞きたいことがある。」

 『用件なら分かっておる。貴様たちが先ほどから騒ぎ立てておる連続集団失踪事件とやらの話についてであろう?』

 「ああ、その通りだ。お前も僕の傍で話を聞いていたから概ね事件の内容については知っていると思うが、今日のお昼ごろに「YOMICHIKAアミューズメントタウン」建設予定地の工事現場で建設作業員250名が同時に突然行方不明になった。しかも、半年前から同じ工事現場でこれまでに261名もの人間が原因不明の謎の失踪を遂げている。今回行方不明になった人の数を合わせると、511名もの大勢の人間が失踪したことになる。僕も椿さんも今回の、そして、これまでの連続集団失踪事件は人間のせいでも災害でもなく、原因は妖怪の仕業じゃないかと思っている。犬神、お前も今回の事件の話を聞いてからずっと考え込んでいたところを見ると、今回の事件を引き起こした妖怪に何か心当たりがあるんじゃないのか?」

 犬神はひどく考え込んだ表情を見せると、重い口を開いて言った。

 『小僧、貴様の推察どおりだ。我は今回の連続集団失踪事件とやらを起こした妖怪に心当たりがある。一つ貴様に訊ねるが、事件が起こった場所の地名は何と言う?』

 「事件が起こった場所の地名?ええっと、確か馬乃口まのくちちょうだよ。」

 僕はスマホの画面で事件が起こった場所の地名を確認し、犬神に伝えた。

 『やはり、アヤツの仕業であったか。』

 犬神は僕から事件が起こった夜馬乃口町の名前を聞いた途端、何か確信を得たような様子を見せた。

 犬神は僕の顔をまっすぐに見つめ、真剣な表情を浮かべながら言った。

 『小僧、貴様に忠告する。今回の一件にだけは絶対に関わるな。もし、下手に関わってアヤツの怒りに触れれば、我も貴様もアヤツの手で殺されることになるぞ。』

 「僕もお前も殺されるだって!?一体今回の事件を起こしている妖怪はどういうヤツなんだ?犬神、何か知っているなら教えてくれ。現に、その妖怪のせいですでに何百人もの人間が犠牲になっているんだ。放っておくわけにはいかない。お前ならソイツの凶行を止める方法を知っているんじゃないか?頼む、教えてくれ。」

 僕は犬神に、今回の連続集団失踪事件を引き起こしている妖怪の正体と、その妖怪の凶行を止める方法を教えてくれるよう必死に頼み込んだ。

 だが、犬神の意志は固かった。

 『駄目だ、小僧。今回の相手は我や貴様には手に負える相手ではない。アヤツの怒りを止める手段はこの我にも分からん。下手にアヤツに近づいてアヤツの怒りに触れれば我も貴様もその場で殺されてしまうぞ。この我の妖力を持ってしても、アヤツの力には遠く及ばん。他の妖怪相手ならいざ知らず、アヤツが相手では我にもどうしようもない。貴様も妙な気なんぞ起こしてアヤツと関わろうなどとは考えぬことだ。幸い、アヤツは自分の縄張りを荒らす人間どものみ襲うに止まっている。貴様からアヤツの縄張りに足を踏み入れん限り、我も貴様も襲われることは決して無い。いいか、絶対に今回の一件に、アヤツにだけは関わるのではないぞ、命が惜しかったらな。』

 犬神は僕に今回の連続集団失踪事件には関わらないよう、念を入れて忠告を発すると、そのまま目を閉じてだんまりを決め込んでしまった。

 僕の前ではいつも自信満々で、どんな妖怪相手にも尊大な態度を崩さなかったあの犬神が、ひどく真剣な表情で今回事件を引き起こしている妖怪にだけは絶対に関わるなと、どこかおびえたような目を見せながら僕に忠告してきた。

 これまで一度も見たことがなかった犬神のおびえる姿に、僕はひどい不安感とともに恐怖を感じたのだった。

 あの犬神が自分が殺されるかもしれないと恐怖をおぼえるほどの危険な妖怪、そんな妖怪相手に霊感を持つだけのただの子供に過ぎない僕がどうにかできるのだろうか?

 本当に犬神の言う通り、下手をすれば僕はその妖怪に殺されるかもしれない。

 だが、すでに何百人もの人間がその妖怪のせいで犠牲になっている。

 例え馬鹿の付くお人好しだの、無謀だの言われようと、自分のすぐ身近で大勢の人が亡くなっていて、その原因が分かっているのに、このまま何もせず、ただ静観しているだけというのは、血の通った人間のすることじゃない。

 最悪、何もできず命を落とす可能性はある。

 それでも、僕は誰かが理由も分からないままその命を奪われるようなことがあってはならない、そう思った。

 犬神には忠告されたが、僕は今回の連続集団失踪事件と、事件を引き起こしている妖怪に関わることを決めたのだった。

 13時30分、五限目の授業が始まった頃、僕と椿さんはお互いに時間をずらして教室を出た後、予定通り、使われていない空き教室へと集合した。

 僕は椿さんに先ほど犬神と話した内容について伝えた。

 僕や椿さんの推察どおり今回の連続集団失踪事件は妖怪の仕業であると犬神から教えられたこと、犬神から今回事件を引き起こしている妖怪は僕や犬神の手には負えない相手であると言われたこと、妖怪の怒りに触れれば最悪僕も犬神も殺される可能性があり、今回の一件には絶対に関わらないよう犬神から忠告されたことなどを明かした。

 僕の話を聞き終えると、椿さんはしばらく考え込んだ後、口を開いた。

 「浄君、色々と考えたけど、私も犬神さんの意見に賛成よ。今回の事件には関わることは避けた方がいいと思うわ。」

 「でも、511人もの人間がすでに妖怪の犠牲になっているんだ。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかないし、もし、可能なら失踪した人たちを助けたいんだ。」

 「浄君、こんなことは言いたくないけど、失踪した人たちはおそらくもうこの世にはいないと思うの。現に失踪した人たちは誰一人帰ってきていないし、遺体さえ見つかっていない状況よ。失踪した人たちを助けられる可能性はハッキリ言って絶望的だわ。それに何より、いつも誰にでも強気で自分に正直なあの犬神さんが、自分やあなたが殺されるかもしれないと言って、わざわざあなたに関わるなと忠告を出して保身に走るほどの相手なのでしょう、今回の事件を起こしている妖怪というのは。犬神さんの言う通り、その妖怪に接触するのは危険だと思うの。」

 「僕だって、危険なのは百も承知さ。だけど、このまま放っておくわけにはいかないよ。」

 「相手は何百人もの人間を襲って、同時に消してしまうような相手なのよ。犬神さんだって敵わない、どうしようもないと言っているのよ。下手をすれば、あなただって失踪した人たちと同じ目に遭いかねないのよ。最悪、殺されるかもしれない。それでも、あなたは今回の事件に関わる気なの?」

 椿さんは僕が今回の連続集団失踪事件に関わることには反対のようで、必死に止めようとしてくる。

 でも、僕の決意は変わらない。

 「ごめん、椿さん。やっぱり放ってはおけないんだ。僕は僕なりにどうにかこの事態を解決できないかやってみるよ。」

 「そう。あなたって、そういう人よね。私の時もそうだった。同じクラスというだけで赤の他人の私を妖怪から守るために必死になって助けてくれたものね。」

 椿さんは僕の決意が変わらないことを知ってか、暗い表情を浮かべている。

 「だったら、一つだけ約束をして。」

 「何だい?」

 「浄君、絶対に死なないで。死ぬような無茶だけは絶対にしないで。」

 彼女は僕の顔をまっすぐに見つめながら言った。

 「分かった。約束するよ。絶対に死ぬような無茶はしないって。大丈夫、僕は何たって一度妖怪に呪い殺されそうになったけど、無事に生き残った経験があるからね。今回も最後は絶対になんとかなるさ。」

 本当は正直不安で仕方なかった。だけど、僕はあえて彼女の前で笑ってそう答えた。

 「絶対に約束よ。死んだりしたら私も犬神さんも絶対に許さないから。」

 椿さんはそう言って、僕のことを応援してくれるのだった。

 椿さんとの話を終えると、椿さんを先に教室に帰して、僕は一人空き教室へと残り、今後の動きについて考えていた。

 今回も最初から犬神の助けを借りることはできない。

 犬神本人が今回相手とする妖怪におびえているように見える。

 犬神は自身の力では敵わない相手と言い、妖怪の凶行を止める手段さえ知らないと最初から言っている。

 正直言って、今回の相手は強敵だ。

 これまで犬神とともにさまざまな妖怪を相手にしてきたが、実際に人間を殺めている妖怪を相手にするのはこれが初めてだ。

 しかも、相手はどういう方法かはまだ分からないが、何百人もの人間を一度に消してしまう術を持った恐るべき相手だ。今まで出会ったどの妖怪よりも危険だ。

 犬神の言う通り、迂闊に縄張りに踏み込んで怒りを買えば、僕はたちまち妖怪に殺されてしまうだろう。

 僕はどうするべきか悩んだ。

 「とりあえず、事件の情報を集めてみるか。」

 まずは今回の連続集団失踪事件の情報について集めて整理することに決めた。

 事件は半年前から起こっている。

 これまでに公開されている情報の中から、今回の事件の解決へとつながる糸口が見つかるかもしれない。

 僕はひとまず事件に関する情報収集を始めることを決めると、空き教室を出て、自分の教室へと戻った。

 教室に戻ると、クラスメイト達は授業もなく、保護者の送迎が来るまでの間暇なため、今回の連続集団失踪事件について話をしたり、宿題をしたり、スマホでゲームをしていたりと、それぞれ思い思いにやりたいことをして過ごしていた。

 僕も自分の席に戻ると、とりあえず宿題をやって過ごすことにした。

 17時半過ぎに父が仕事帰りに車で僕を迎えに来た。

 車の中で、父と学校の様子や連続集団失踪事件について話をしたりしたが、学校側から明日以降の対応についてはまだ聞いていないと僕が答えると、

 「早く事件が解決してくれるといいなぁ。」

 と、父は言って、それからは特に何も話すことなく、一緒に自宅へと帰った。

 自宅に帰ると、すでに母と妹は帰っていて、僕と父の顔を見るなりホッとした表情を浮かべて出迎えてくれた。

 僕はすぐに二階の自室へと上がり、制服を脱ぎ、机に向かうと、ノートとスマホを取り出し、夕食までの間、事件に関する情報収集と整理を進めることにした。

 スマホの画面を開き、まず、今回昼間に起こった建設作業員250名が行方不明となった事件について検索してみた。

 ニュースサイトの記事やSNSの投稿を見ながら、今日起こった事件の情報について調べた。

 ニュースサイトやSNSに書かれていた情報を見ると、次のようなことが分かった。

 まず、事件は今日のお昼12時直前に発生し、工事現場の近くを通りがかった通行人たちによって目撃され通報されたということ。

 目撃者の証言によると、現場近くを通りがかったところ、突然工事現場から何人もの人たちの悲鳴が聞こえ、現場の方を見ると、遠目からではあったが、建設作業員たちが次々に悲鳴を上げながら空中に舞い上がり、そのまま空中で一瞬にして消えてしまったということだ。

 目撃者の中には車で現場近くを通りがかった人がおり、車のドライブレコーダーには建設作業員たちが、建設中の建物や工事で使う大型重機よりも高く空中へと舞い上がり、次々に空中で姿を消していく姿が映像に録画され、その映像がニュースやSNSにアップされ、拡散していた。僕も映像をスマホで見たが、250人もの人間が空中で一瞬のうちに消失する光景は衝撃的で、CG加工を用いた巧妙なフェイク動画ではないかという指摘もあったが、映像は加工されたものではなく、警察も確かな証拠映像として認めているとのこと。

 僕は目撃者が提供した映像を繰り返しみる内、いくつか気付いたことがある。

 映像を見ると、工事現場近くは建物や草木が揺れている様子はなく、全くの無風と言っていい状況に見える。風や竜巻の影響で建設作業員たちは空中へと舞い上がった可能性は無いだろう。

 次に、建設作業員たちの消え方が気になった。映像を見ると、建設作業員たちは全員同時に空中に舞い上がって一斉に消えたわけではなく、何人かにまとまって空中へと舞い上がり、何人かの作業員が空中で消えた後、また、何人かの作業員が空中で消える。まるで、見えない何かが順番に作業員たちを空中へと移動させ、少しずつ空中で飲み込んでいく、そんなことを繰り返し行っているようにも見える。それと、作業員たちが空中で消える高さが皆一緒であることにも気付いた。何か意味があるのだろうか?

 映像では建設作業員たちが空中へと次々に舞い上がり、空中で消えていったが、250人の作業員が消えるのにかかった時間は約5分ほどであった。

 僕は今回の連続集団失踪事件の犯人である妖怪の手口について考えた。

 おそらく、これまでも妖怪は失踪した人たちを空中へと舞い上げ、空中で消してきたのだろう。しかも、今回の事件を除けば、これまでの事件は深夜に起こっている。誰も空中に人が舞い上がるなんて想像もできないし、深夜に暗い空中を見上げている人などまずいないだろう。失踪の原因がこれまで誰にも分からなかったことも頷ける。

 そして、ここからはあくまで僕の推測だが、僕はこれに似た光景をよく知っている。

 いや、知っているなんてものじゃない。

 これまで何度も自分の右肩で日課のように目にしている。

 消えているのは人間ではなく、チョコレートだが。

 僕の推測どおりだとしたら、犬神の忠告した理由が分かる。

 おそらく、犬神が僕の右肩でチョコレートをくわえて食べ、それが霊感の無い人たちにはチョコレートが空中で消えてしまったように見えるのと同じことだ。

 今回、連続集団失踪事件を引き起こしている妖怪は、何人もの人間を空中高くまで持ち上げ、そのまま空中高くで食べている。人が空中で消えている位置がちょうど妖怪の口の高さだと仮定するなら、一定の高さで空中で消えることにも説明がつく。

 僕は妖怪の手口から、今回の妖怪がとてつもない大きさの巨体の持ち主で、それこそ人を丸呑みしてしまうサイズの怪物なのではないか、と妖怪の姿について想像した。

 もし、それほどの巨体に人間を持ち上げるほどの怪力の持ち主だとしたら、とても人間なんかが敵う相手ではない。それこそ、自衛隊が出動して軍事兵器を用いて撃退する必要があるのではないか?だが、妖怪相手に軍事兵器などが果たして通用するかは疑問だ。

 僕は犬神が殺されるかもしれないと危惧した理由が何となく分かった。

 それと同時に、今回の妖怪に改めて恐怖をおぼえた。

 頭では分かっていたつもりだが、正直言って、正真正銘の怪物だ。

 下手をすれば、その巨体に押し潰されるか、はたまた、失踪した人たち同様丸呑みにされる恐れがある。

 僕は今回連続集団失踪事件を引き起こし、自分が相手にしようとしている妖怪の巨大さを痛感するとともに、その正体と対抗策を一刻も早く突き止めねばと思った。

 午後7時30分、僕は今回の失踪事件に関する情報や妖怪の正体に関する自身の考察などを一通りノートにまとめると、一階のリビングへと降り、夕食をとることにした。

 リビングに向かうと、すでに父や母、妹はテーブルに着いて夕食をとり始めていた。

 僕もテーブルに着いて夕食を食べ始めようとした時、TVから今回の連続集団失踪事件に関するニュースが流れてきた。

 スマホでも見た今回の事件の証拠映像が流れ、警察もマスコミも事件の原因特定には至っていないことが報じられた。

 TVのニュースでは今回の事件を捜査している地元警察の記者会見のダイジェスト映像も流され、今日の昼間に起こった建設作業員250名が行方不明になった事件と、これまでに起きた連続集団失踪事件との関連性を調べるとともに、事件と事故の両面から捜査を進めるとの捜査方針を地元警察が示したことを伝えていた。

 僕がニュースを聞きながら夕食を食べていると、母が不安そうな声をあげて喋り始めた。

 「本当に物騒で怖い話よねぇ。夜馬乃口町の方でしか事件が起こらないから、ウチは大丈夫だと思うけど、これじゃあ怖くて買い物にも行けないわ。」

 「確かにな。今は夜馬乃口町の方でしか事件が起こらないからと言って、他の町でも起こらないとも限らないし。私も職場へ通勤するのに少々不安を感じるよ。」

 父が母の不安そうな声を聞いて、同じように不安を口にした。

 父は続けて、僕や妹の明に訊ねてきた。

 「浄、明、お前たちも事件のせいで大変だろう。今日みたいに学校への送り迎えが必要なら父さんや母さんにちゃんと言うんだぞ。それと、むやみに外を出歩いたりしてはいけないぞ。事件が解決するまではしばらく二人とも外出は控えるように。」

 「分かったよ、父さん。」

 「りょう~か~い。」

 僕も妹の明も父の言葉にそう答えた。

 夕食を食べ終え、リビングでTVを見たり、お風呂に入ったりした後、僕は二階の自室へと上がると、机に向かい、半年前からこれまでに起こった連続集団失踪事件と、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」開発計画の詳細について調べ始めた。

 今回の一連の連続集団失踪事件は、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事が始まった半年前の10月から起こっている。

 僕はスマホで、半年前からこれまでに起こった各失踪事件の記事と、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」開発計画の内容を伝える記事について調べた。

 「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事が始まった半年前の10月に、今回の連続集団失踪事件を引き起こしている妖怪を怒らせる何かが起こったに違いない。

 妖怪を怒らせる何かがもしかしたら、半年前の事件に関する記事や、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」開発計画の内容を伝える記事の中に載っているかもしれない、僕はそう思い、ひたすら記事を読みふけった。

 しかし、残念ながら、それらしい情報は見つからなかった。

 ただ妖怪の縄張りで建設工事を始めただけで、妖怪が人を襲い始めたとは考えにくい。

 これまでにも事件の起こった、今回の妖怪が縄張りともしている夜馬乃口町ではさまざまな工事が長年行われてきたはずだ。

 それなら、他の工事でも同様の妖怪による失踪事件が起こっているはずだが、それらしい話は聞いたことが無いし、一応ネットでも調べてみたが、夜馬乃口町内における失踪事件は今回の連続集団失踪事件以外、起こった形跡はほとんど見当たらなかった。

 妖怪を怒らせた直接的な原因が分かれば、妖怪の怒りを鎮め、事件の発生を食い止めることができると考えたが、そう簡単には見つからなかった。

 だが、各失踪事件の記事を追っていく中で気付いたこともある。

 それは僕を驚愕させるとともに、残酷な事件の事実を物語っていた。

 「毎月失踪する人たちの数が倍になっていないか?」

 僕は事件の起こった半年前の10月から6月までの、各月ごとの失踪者の数をノートに記録しながら思った。

 10月に1人、11月に2人、12月に4人、1月に8人、2月に16人、3月に32人、4月に64人、5月に128人、そして、今月6月に256人が失踪している。

 翌月の失踪者の数が、その前の月の失踪者の倍に増えている。

 もし、このままのペースでいったら、来月7月に失踪する人数は512人となる可能性が高い。

 僕はこの恐るべき事実に戦慄し、思わず固まってしまった。

 一刻も早く妖怪の怒りを鎮め、事件の発生を食い止めなければ、いずれ、犠牲者の数は千人を超えるのも時間の問題だ。

 下手をすれば、夜馬乃口町は妖怪の手によって死の町へと変えられてしまうことになる。

 最早一刻の猶予も無い。

 「危険かもしれないが、まずは相手の正体を確かめよう。それに、現地に行けば、何か分かるかもしれない。」

 僕は今回連続集団失踪事件の起こった夜馬乃口町へ向かうとともに、事件を起こしている妖怪の正体を確かめることにした。

 僕は明日にでも夜馬乃口町へ向かうことを決め、夜馬乃口町行きのバスの発車時刻や、事件が起こった「YOMICHIKAアミューズメントタウン」建設予定地周辺の地理などを調べ、荷物をまとめた。

 午後11時00分、僕が夜馬乃口町へ向かう準備をしていると、スマホの通知音が鳴り響いた。

 僕がスマホの画面を開き、通知の内容を確認すると、夜見近市が緊急記者会見を開いたことを伝える内容だった。

 僕は通知を開き、夜見近市の緊急記者会見のLIVE映像を見た。

 記者会見場には多くのマスコミ、報道関係者が集まっていた。

 記者会見場の前には、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」開発計画の主導者である御堂市長を始め、副市長や土木部長、商工部長、総合政策部長など、夜見近市役所のトップたちが顔を連ねていた。

 御堂市長を始め、会見に顔を出している市の職員たちは皆一様にひどく疲弊した顔をしており、会見が始まるや否や、一斉に深々と頭を下げた。

 会見場の一番中央にいる御堂市長を見ると、いつもの明るく自身に満ち溢れた姿はなく、顔はひどくやつれた様子で、普段はバッチリと決めているオールバックの黒髪は乱れ、所々に白髪が見える。口調も元気がなく、今にも倒れてしまうのではないかと思うほど生気が感じられない様子だ。

 まるで別人になってしまったかのような市長の変貌ぶりに僕は驚いた。

 一体、御堂市長に何が起こったんだ?

 僕は記者会見のLIVE映像を見ていると、市長から今回の連続集団失踪事件の行方不明者へのお悔やみの言葉とともに、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」開発計画を行方不明者が出ているにも関わらず中止しなかったことへの弁明、行方不明者の家族の方々への謝罪の言葉が述べられた。

 市長からの謝罪が終わり、マスコミへの質疑応答の時間が始まると、会見場に押しかけていた記者たちは一斉に、御堂市長や夜見近市役所の責任を追及する質問や声を市長たちにぶつけた。

 僕はなぜ、御堂市長たちが緊急記者会見を開き、記者たちが市長たちに責任追及の質問をぶつけるような事態に発展したのか気になった。

 一旦、LIVE映像を見るのを止め、スマホで原因を調べていると、その理由はすぐに分かった。

 今日の午後9時頃、とある夜の情報番組でコメンテーターとして招かれていた、高名な気象学者が今日の昼間に起こった連続集団失踪事件の証拠映像を見ながら、今回の連続集団失踪事件は、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事によって、夜馬乃口町の山々が切り崩され、急に平地へと変わったことで竜巻が発生しやすい環境へと変化したことによる人災であり、建設工事の影響により発生した竜巻が原因であると述べるとともに、建設工事による環境への影響調査を十分に行わず、犠牲者が出ているにも関わらず建設工事を強行した夜見近市役所に全面的な責任があるという非難のコメントを述べたそうだ。

 このコメントはすぐにSNSや動画サイトで拡散され、大きな反響を呼んだらしく、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事を進めていた御堂市長や夜見近市役所を非難する声が全国で一斉に上がり、夜にも関わらず、夜見近市役所には抗議の電話が今も殺到しているらしい。

 僕は市の緊急記者会見の開催と記者たちが市長たちを詰問する理由が分かると、夜見近市役所の緊急記者会見のLIVE映像をふたたび見始めた。

 記者たちからの厳しい質問攻めに、御堂市長は額から大粒の汗を流し、ひどく慌てた様子で記者たちからの質問に答えている。

 「今回の連続集団失踪事件について、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事の影響で発生した竜巻が原因ではないかとの指摘が上がっていますが、それについての市長の見解を教えてください。」

 記者からの質問に御堂市長は答える。

 「本市で起こった連続集団失踪事件の原因が、本市の進める「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事ではないかと一部指摘がございますが、現時点におきましては本市としては事件との関連性はないものと考えております。」

 「本日昼間に起こった建設作業員250名が行方不明になった事件の証拠映像が流れておりますが、証拠映像では作業員たちが突然空中に舞い上がって消失する姿が写されています。映像を見る限り、人間の手が加わった様子はうかがえませんが、市長は今回の事件は犯罪の可能性があるとの御認識でしょうか?」

 「本日正午に起こりました建設作業員の行方不明事件につきましては、私や市の担当者も現在マスコミ各社やSNS等を通じて流れている証拠映像を拝見しましたが、本市としましては突風や竜巻などの自然災害、または人為的な手段、犯罪行為等の可能性があるかについての判断は現時点では控えさせていただきたいと思います。事件の原因究明については、警察の捜査を仰ぐとともに、本市でも独自に第三者委員会を早急に設置し、原因究明に全力で当たる所存です。」

 「夜見近市での連続集団失踪事件は半年前の10月から起こっています。事件が起こり始めたのは、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事が開始された時期とほぼ同時に被っており、同じ「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事現場で毎月発生しています。今回の連続集団失踪事件と「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事に関連性があると分かった場合、市長ご自身としてはどのように責任をとるおつもりでしょうか?」

 「先ほど申し上げました通り、本市で起こった連続集団失踪事件と「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事の関連性につきましては現時点では無いものとの認識であります。仮に、今回の連続集団失踪事件と本市が進める「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事に関連性があるものと認められた場合、被害に遭われた方々の御家族への補償や心のケアについては本市が責任をもって当たることをお約束いたします。」

 「夜馬乃口町に「YOMICHIKAアミューズメントタウン」を建設する計画を主導され、被害者が出る状況でも工事の継続を決められたのは市長ご自身であったと思います。市長ご自身は今回の事件の責任を取って市長を辞任されることはお考えでしょうか?」

 「現時点におきまして、私が市長の職を自ら辞任することは考えておりません。」

 「市長に伺います。市長におきましては、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事を今後も継続されるとの認識でいらっしゃるということで間違いありませんでしょうか?」

 「「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設については、市の担当者や今後設置する予定の第三者委員会との協議を踏まえて、工事の継続について慎重に議論を重ねたうえで判断するつもりです。現時点で工事を中止する予定はありません。」

 記者たちからの質問に、御堂市長は、今回の連続集団失踪事件と「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事には関連性が無いと市は捉えているとの認識であること、被害者家族への補償は考えているが、自身の責任については現時点で考えてはいないこと、市は「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事を継続する方針であることを明かした。

 市長の回答を聞いた記者たちは、市長や夜見近市役所が「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事と今回の連続集団失踪事件との関連性を認めない姿勢や、現時点ですぐに工事を中止せず、今後も工事を継続していく方針であるという市長の言葉を聞いて、一気に炎上した。

 記者たちは執拗に市長たちに厳しい質問や非難の声を浴びせ、記者会見の場は紛糾した。

 僕は記者会見のLIVE映像を見ながら、思わずため息をついた。

 これだけ事件が大事になって、すでに何百人もの人間が犠牲になっているというのに、市長も市役所も連続集団失踪事件との関連性が指摘されておきながら、工事を一時的でもいいから中断すればいいものを、工事を継続する方針だなんて、正直言って、僕は市長や市役所の職員たちの認識の甘さに呆れてしまった。

 僕が呆れ果てた様子で記者会見のLIVE映像を見ていると、突然、僕の右肩に頭を乗せて眠っていたはずの犬神が突然目を覚まし、声をかけてきた。

 夕餉のチョコレートを催促する以外に、今日は僕に全く話しかけてこようとはせず、だんまりを決め込んでいた犬神だったが、記者会見場の騒々しい声が聞こえたせいか、目を覚ました様子だった。

 犬神はスマホに映る記者会見のLIVE映像を見ながら僕に訊ねてきた。

 『一体、こやつらは何をしているのだ?さっきからうるさくてしょうがない。我が気持ちよく眠っておったというのに。』

 「起こして悪かったな、犬神。例の連続集団失踪事件について夜見近市役所が今、緊急記者会見を開いているところでさ。中央で質問に答えている人が、夜馬乃口町の「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事を進めている張本人の、御堂 光一郎市長だよ。付け加えると、僕がこのまえから学校で絡まれて、お前がうるさい小僧と言って罰を下したあの御堂君のお父さんだよ。今回の連続集団失踪事件はこの人が先頭に立って進めた建設工事が原因じゃないかって、記者たちに質問攻めにあっているみたいだ。」

 僕が記者会見や御堂市長のことについて説明すると、犬神は不機嫌そうな表情を浮かべながら言った。

 『この男がアヤツを怒らせ事件を引き起こした張本人か。おまけに、あのうるさい不届きな小僧の父親か。全く、つくづく親子揃って、迷惑な奴らだ。あのうるさい小僧の父親が元凶と分かれば納得がいく。あの小僧同様、傲慢で欲にくらんだどうしようもない人間に違いない。本当に親子揃って我ら妖怪に迷惑をかける不届き千万な奴らだ。もし、可能ならば、我がアヤツに代わって、一族郎党呪い殺してやりたい気分だ。』

 犬神はスマホの画面に映る御堂市長を睨みつけながら、怒りを露わにした。

 「お前の気持ちはよく分かるよ。僕も御堂親子には迷惑をかけられて困っているからね。正直、お前があの人たちに呪いでもかけて事件が解決してくれるならお願いしたい気分だよ。」

 僕も少なからず御堂親子には思うところがあったので、犬神の言うことが分からなくもない。

 『ところで小僧、貴様、この記者会見とやらを見ているということは、まさか今回の一件に関わるつもりじゃあるまいな?』

 「ああ、その通りだよ。少しでも事件に関する情報が欲しくて、こうして会見を見ていたところさ。」

 犬神は僕が今回の連続集団失踪事件に関わるつもりだと聞いて、急に慌てた表情で忠告し始めた。

 『貴様、あれほど我が関わるなと言ったのに、我の忠告を聞いておったのか?アヤツは我や貴様ではどうしようもない相手だと。下手にアヤツの怒りに触れれば我も貴様もアヤツに殺されることになるかもしれんと。貴様、死にたいのか!?』

 「お前の忠告はちゃんと聞いているよ。分かった上で、僕も今回の事件に関わることを決めたんだ。例え、僕やお前と直接関係が無いとしても、何百人もの人間がすでに犠牲になっているんだ。おまけに、御堂市長や夜見近市役所は工事を継続するつもりだと言っている。工事が継続されれば、妖怪による犠牲者はますます増えることになる。そんなことになる前に何とかして事件を食い止めるつもりだ。お前が反対しようが、手を貸そうとしまいが、関係なく、僕は今回の連続集団失踪事件に関わるつもりだ。妖怪に殺されるかもしれない、そんな危険、百も承知さ。危険も覚悟の上で臨むところだ。」

 僕は犬神に今回の事件に関わることと、僕の意志は変わらないことを伝えた。

 犬神は僕の顔をしばらく見つめると言った。

 『貴様のことは前々から馬鹿だと思っていたが、お人好しどころか、こうも命知らずとは思わなかった。関わりたければ、勝手に関わるがいい。精々アヤツの怒りに触れて殺されぬよう気を付けることだな。我は絶対に助けんからな。例え、貴様が殺されそうになっても、我は貴様を一人見捨てて逃げさせてもらう。どうなっても、我は知らんぞ。』

 「ああ、別にお前の力を借りるつもりはないし、危なくなったら僕を見捨てて逃げてもらっても僕は一向に構わないよ。後、それから、言い忘れたが、明日、事件の起こった夜馬乃口町の「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の工事現場に行くからな。もちろん、お前も一緒にな。」

 『な、何ぃーーー!?』

 犬神は、明日僕が事件の起こった工事現場に行くこと、自分も同行することになると聞いて悲鳴を上げた。

 犬神が耳元で必死に何度も今回の連続集団失踪事件の起こった工事現場に行くことに反対する言葉をかけてきたが、僕は全て無視した。

 記者会見のLIVE映像を見るのを止め、僕は荷物の確認を終えると、そのままベッドに入った。

 耳元では相変わらず犬神が僕の工事現場行きを止めようと説得の言葉をかけてくるが、僕はそれを無視して寝ることにした。

 正直言って、今回事件を起こしている妖怪の姿を見に行くことは僕も不安だった。

 何がきっかけになって、妖怪の怒りに触れ、襲われるか分からない。

 最悪、殺される可能性もある。

 怖くないかと言われると、本当は怖い。

 でも、現実に何百人もの人間がすでに妖怪の犠牲になっていて、今も事件は続いている。

 誰かがこの悲劇を止めねばならないのだ。

 霊感がある以外は何の取り柄もない子供の僕が、この悲劇を止められる誰かとなる資格があるかは分からない。

 それでも、僕はこれ以上誰かが理由も分からないまま命を奪われるようなことはあってはならない、放って置くわけにはいかない性分なのだ。

 僕は明日夜馬乃口町の工事現場へ行くことを考えながら眠りに就いた。

 6月6日火曜日。僕が朝目覚めると、クラスの緊急連絡網を通じて、昨日の行方不明事件の件を受けて、今週は休校とし、生徒は全員自宅待機とする決定をしたとの連絡が学校より来ていた。

 元々学校を休んで、事件現場の調査に赴こうと思っていたので、僕にとっては好都合だった。

 僕は顔を洗い、リビングで朝食を食べ終えると、すぐに自宅を出た。

 自宅を出る前、荷物を抱えて出かけようとする姿を両親に見られ、こんな朝早くからどこへ出かけるのかと訊ねられたが、僕は友達と一緒に図書館に集まって勉強するのだと適当にごまかし、急いで玄関を出たのだった。

 僕は夜見近市役所前のバス停まで歩いていくと、午前9時発のバスに乗って、夜馬乃口町の方に向かった。

 途中でバスを一本乗り継ぎ、40分ほどで、夜馬乃口町の「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の工事現場のすぐ傍のバス停でバスを降りた。

 バス停から坂道を歩いて10分ほど行くと、今回の連続集団失踪事件の現場である「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の工事現場の前に着いた。

 工事現場の入り口には警察によって黄色い規制線が張られ、入り口の脇には警察官が立っている。工事現場の周囲一帯もパトカーが数台止まり、数人の警察官が巡回している。

 工事現場の周囲にはマスコミも押しかけていて、入り口付近ではカメラマンがカメラを向け、現場の様子を撮影している。ロケバスも何台か止まっていて、中ではTVクルーらしき人たちが中継の準備や打ち合わせなどを行っているようだった。

 僕は警察官やマスコミの人たちの間をゆっくりと目立たないように歩きながら、少し工事現場の入り口から離れた場所から、工事現場の中の様子を覗いてみた。

 工事現場の奥の方までは見えなかったが、入り口付近には数台の作業車や、建設会社のものらしき車が止まっていた。

 昨日あんな事件が起こったにも関わらず、工事現場の中では数人ほどの作業員が何やら作業をしている様子だった。

 いくら生活がかかっているとは言え、何百人もの人間が謎の失踪を遂げていて、警察が厳重にパトロールをしているような危険な場所で働かなければいけない作業員の人たちが僕には気の毒に思えた。

 だが、これはあくまで僕の推測だが、今月この工事現場で次の失踪事件が起こることは無いはずだ。

 僕が見つけた、今回の妖怪が人間を襲う際の襲う人間の数の上限は、僕の計算が正しければ256人。そして、先週1日と昨日の犠牲者の人数の合計はちょうど256人である。

 すでに今月襲う予定の数の人間を襲い尽くしている点を考慮すると、何かしらのアクシデントが起こらない限り、妖怪は今月中に人間を襲うことはないはずだ。

 しかし、油断はできない。何が妖怪をさらに刺激し、事態を悪化させるか分からない。

 現に今も、昨日250人もの建設作業員が消えてしまったにも関わらず、数はうんと少ないが、数名の建設作業員たちが工事現場の中で作業をしている。

 僕はこれ以上妖怪を刺激して怒らせるようなアクシデントが起こらないことを祈りながら、工事現場の周囲を歩き回った。

 1時間ほど工事現場の周囲を歩き回り、時折立ち止まっては、今回事件を起こした張本人たる妖怪の姿が拝めないものかと目を凝らして辺りを見るものの、それらしき姿はどこにも見えない。

 僕の推測が正しければ、相手は人間を空高く掴み上げ、空中で丸呑みにしてしまうほどの巨体の持ち主のはずだ。

 だが、霊感を持っている僕の目にはその姿どころか、影さえ見えない始末だ。

 もしかしたら、今回の妖怪が人間を丸呑みするほどの巨体であるという僕の推測は間違っているのだろうか?

 僕はそんなことを考えながら、小腹も空いてきたので、一度坂道を降りて、バス停から歩いて2分ほどの距離にあったコンビニへと入り、少し早いが昼食を買うことにした。

 店内に入ると、まだ午前11時過ぎにも関わらず、商品棚はお弁当やパン、おにぎりなどはほとんど売り切れていて、わずかにサンドウィッチが置いてあるばかりだった。

 きっと、押しかけてきたマスコミや警察、それに工事現場の作業員たちがすでに買って行った後だったのだろう。

 僕はサンドウィッチ2個とペットボトルのお茶2本を買い、後、犬神の昼餉用に板チョコも1枚買って、コンビニを出た。

 コンビニを出て、バス停のベンチでサンドウィッチを食べ、ペットボトルのお茶をまるまる一本飲み終えると、今後の動きについて考えた。

 「工事現場を見たけれど、妖怪の姿はどこにも見えなかったな。もしかしたら、もう工事現場の近くにはいなくて、どこか離れた別の場所に移動したのかな?」

 工事現場の中や周囲を歩いて見て回ったものの、妖怪の姿や痕跡らしきものは見つからなかった。

 僕はリュックから地図帳を取り出し、工事現場の場所が記してあるページを見ながら、他に探していない場所はあるかどうか確認した。

 工事現場周辺の地理を確認していると、工事現場の裏手は山が広がっている。

 裏山の方はまだ見に行ってはいない。

 しかし、裏山は工事現場の何倍、いや、何十倍も面積があり、仮に妖怪が逃げ込んでいたとしても、木は生い茂っていて、歩道も無いだろうし、登山用具も準備していない状況で広大な裏山一帯を探し回るのはかなり無理がある。

 けれど、他に探すあてもない。

 僕はしばらく考えた後、工事現場のすぐ裏手の山をちょっとばかし探してみることに決めた。裏山をちょっと登るぐらいなら怪我をすることや遭難することも無いだろう。

 僕はふたたび工事現場の方へと向かい、それから時計回りにグルっと工事現場を回って、裏山へと向かった。

 裏山に沿うように歩道が広がっていて、僕はその道を歩きながら横目で裏山の方を見た。

 道はどこまでも続いているようで、僕はひたすら歩き続けた。

 裏山の周りを歩き続けて30分ほど経った頃、裏山の方から奇妙な音が聞こえてきた。

 「ゴォーーー。」という、不気味でどこか威圧感すら感じる大きな音が、繰り返し何度も聞こえてくる。

 最初は風の音が山の中で反響しているのかとも思ったが、風は全く吹いていなかった。

 僕は違和感をおぼえ、歩いてきた道を逸れて、音のする方へ向かって裏山の中を歩いて行った。

 裏山の中は道が無く、草木が生い茂り、斜面も急で、おまけに虫も出てきて歩くのは一苦労だった。

 「ゴォーーー。」という音がどんどん大きくなって聞こえてくる。

 この音の先にもしかしたら、今回の連続集団失踪事件を引き起こした妖怪がいるかもしれない。

 僕が音のする方に向かって歩いていたその時、

 『止まれ、小僧。これ以上前には進むな。』

 今まで僕の右肩に頭を乗せて眠っていたはずの犬神が突然目を覚まし、僕に前へ進むなと警告してきた。

 僕は突然のことに一瞬驚いたが、すぐに犬神の方を向いて訊ねた。

 「いきなり声をかけるなよ、犬神。それより、これ以上前には進むなってどういう意味だ?」

 『しっ、あまり大きな声を立てるな。アヤツが目を覚ましてしまうだろうが。もう少し声を抑えろ。』

 犬神はひどく真剣な表情で僕に声を落とすよう言ってきた。

 僕は声を小さくして訊ねた。

 「分かったよ、犬神。それで、前に進むなって言うことは、妖怪が僕たちのすぐ傍にいるっていうことか?」

 『その通りだ。アヤツは我らの目と鼻の先にいる。分かったら、とっととこの場から離れろ。』

 「目と鼻の先にいるってどこにいるんだ?全然姿が見えないぞ?」

 僕はキョロキョロと辺りを見渡すが、辺り一面草木が生い茂っているだけにしか見えない。

 僕が妖怪の姿を探していると、犬神は声を潜めながら言った。

 『小僧、十歩ほど後ろに下がってよく目を凝らして見てみろ。そして、アヤツに気が付いても決して大きな声を立てるな、いいな。』

 僕は犬神の指示に従い、その場から十歩後ろに下がって、それから改めて目を凝らして前方を見た。

 目を凝らして見つめていると、徐々に目の前の景色の違和感に、否、景色だと思い込んでいたそれの姿が見えてきた。

 僕はあまりの驚きに思わず叫びそうになったが、必死に声を抑えこんだ。

 僕の前方に見える山の景色だと思っていたそれは、とてつもなく巨大な生き物のようだった。

 それの姿は山に溶け込んでいる、というより、山そのものがそれである、と言った方が正しいだろう。

 それは、身長は100メートルくらい、土色の肌に、体から樹木を生やし、人間どころか自動車さえ丸呑みできるほどの大きな口を持った巨人であった。

 巨人は僕たちから50メートルほど離れた位置で横になっていた。

 犬神に言われなければ、僕は気付くことなく、この巨人に接近してしまっていただろう。

 山の一部とも言っていいほどの巨体を持つ巨人は、大きな口を開けていびきをかいて眠っていた。

 先ほどから裏山に響いていた奇妙な音の正体は、この巨人のいびきだったのだ。

 巨人のあまりの大きさに僕はその場で固まってしまった。

 まるでゴジラやキングコングといった、特撮怪獣映画に出てくる怪獣そのものと言っても過言ではない。

 「こんな馬鹿でかい奴が今回の連続集団失踪事件を起こした妖怪だって言うのか!?」

 僕は想像以上にスケールの大きな相手にしばらく呆然となった。

 僕がその場で立ち尽くしていると、犬神が急かすように言ってきた。

 『小僧、何をボゥっとしておる!アヤツが目を覚ます前にさっさとここから逃げるぞ!』

 犬神の声に僕はハッと我に返り、巨人に気付かれないよう極力物音を立てないよう注意しながら、急いで下山したのだった。

 僕は裏山沿いの歩道に出ると、一気に工事現場の入り口まで走って戻った。

 工事現場の入り口の近くまで戻ると、僕はペットボトルのお茶を一気に飲み干した。

 お茶を飲み終えると、走り疲れたためか、僕はその場に座り込んでしまった。

 「あんなにでかい奴だなんて思わなかった。追ってこないと分かっていても、怖くて体が勝手に走り出してしまった。あんなデカ物、一体どうやって対抗すればいいんだ?犬神、お前、今回の妖怪があんな馬鹿でかい巨人だって知ってたなら、一言くらい教えてくれたっていいだろう。」

 僕が犬神に抗議すると、

 『フン、最初から言っていたであろう。アヤツは我や貴様でもどうしようもない相手だと。アヤツの怒りに触れれば我も貴様もその場で殺されるとも忠告していただろうが。貴様が我の話を碌に聞かず、甘い考えで動くから、アヤツを見て逃げ出すはめになるのだ。自業自得というものだ、この馬鹿者。』

 と、犬神は呆れてしょうがないと言いたげな口調で僕に向かって言った。

 もうちょっととり憑いている僕に対して優しくしてくれてもいいんじゃないかと、一瞬犬神に対して不満を抱いた僕ではあったが、今はそんな不満などどうだっていいことだ。

 とりあえず妖怪の姿や居場所を確認できた。

 想定外のこともあったが、目的の一つは達せられた。

 『小僧、アヤツのことでうっかり忘れるところだった。早く昼餉のちょ・・これ・・いと・・を寄越せ。我は腹が減った。』

 犬神がチョコレートの催促をしてきたので、僕はリュックから板チョコを取り出し、犬神へとやった。

 僕は腕時計で時間を確認すると、午後1時を過ぎた頃だった。

 犬神にチョコレートを食べさせながら、僕は夜馬乃口町の工事現場へと来たもう一つの目的を思い出し、考えていた。

 あの巨人の妖怪は何か理由があって、今回の連続集団失踪事件を引き起こしている。

 犬神は、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事に携わっている人たちが、あの巨人の妖怪を怒らせたため、今回の事件が起こったと言っている。

 「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事と巨人の妖怪、両者を結ぶ接点は何だ?

 あの妖怪は一体何に怒っているんだ?

 巨人の妖怪の怒りを鎮めるためには、その原因を突き止めなければ、今回の事件は解決しない。

 僕は工事現場の入り口付近の道端に座り、考え込んでいた。

 「おおい、兄ちゃん。そんなところで座り込んでどうした?気分でも悪いのか?」

 僕はふと顔を上げると、40代後半くらいの建設作業員らしき男性が心配そうな顔を浮かべて僕に声をかけてきた。

 僕はすぐに立ち上がり、返事をした。

 「ああ、心配いりません。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ちょっとその辺を走って疲れただけですから。それより、つかぬことをうかがいますが、あなたはそこの工事現場の方ですか?」

 「おお、その通りだ。いやぁ、昨日はたまたま休みを取ってたもんでおじさんはおかげで命拾いしたよ。まさか、昨日工事をやってた奴ら全員空に消えちまうなんて。行方不明になった奴らの中にはおじさんと一緒に長年仕事をやってきた奴もいてなぁ。本当にいい奴でなぁ。まだ小さいガキと女房だっているってぇのに。あんなことになるなら、こんな工事引き受けるんじゃあなかったよ。」

 おじさんは悲しそうな表情で、涙目になりながら僕に話をしてくれた。

 「心中お察しします。僕も事件を動画で見ましたが、人があんなふうに一瞬で消えてしまうなんて、驚きました。親しい人があんなふうに消えてしまったら、僕も辛いです。実は今日ここに来たのも、友人の家族が昨日の事件に巻き込まれたと聞いて、何かできることはないかと思って来たんです。」

 僕は建設作業員のおじさんに話を合わせるように言った。

 「そうか、兄ちゃんは友達思いのいい子だな。でも、こういうのも難だが、警察やらマスコミやらが色々と調べちゃいるが、行方不明になった奴らの手がかりは全く見つかっていないって話だ。兄ちゃんの行動は立派だが、兄ちゃんみたいな子供にはちと難しいんじゃねぇかな。それに、またいつ事件が起こるか分からねぇ。この辺は危ないから兄ちゃんはさっさと家に帰った方がいいぞ。兄ちゃんに何かあったら、家族の人も心配するからな。」

 作業員のおじさんは僕に工事現場から早く去るように言った。

 「ご心配ありがとうございます。あなたの言う通り、家族に心配をかけるといけないので帰ろうと思います。帰る前に一つ、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」

 「何だい?」

 「「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の工事中、あるいは工事が始まる前に何か変わったことはありませんでしたか?」

 「変わったことねぇ。」

 作業員のおじさんは考え込んでいる様子だ。

 「どんな小さなことでもいいんです。何か動物を殺したとか、何か盗まれたとか、あるいは何かをうっかり壊したとか、本当に何でも構いませんので。」

 僕が作業員のおじさんに心当たりがないか訊ねていると、おじさんはふいに思い出したように言った。

 「そういえば、工事が始まる前だったかな?元々工事現場の場所は山だったんが、その山を切り崩す直前に山の中で小さな祠が見つかったってことがあったなぁ。」

 「小さな祠ですか?」

 「ああ、何でもえらく古い祠で、大分ボロボロだったそうだ。一応、貴重な文化財かもしれないからってことで、工事を始める前に市役所の文化財課の職員たちがやって来て調査したんだよ。でも、結局調査しても一体何を祀っていた祠なのかさっぱり分からないってことで、大した価値はないだろうって、文化財課の人たちが取り壊してそのまま持って帰っちまったよ。地元の人たちにも聞いて回ったそうだが、その祠のことを知っている人はいなくて、地元住民から特に反対も無いからってことで、あっさり取り壊されたんだよ。」

 工事現場になる前の山にあった、何かを祀っていたと思われる小さな祠。

 そして、その小さな祠は「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設工事のために取り壊されてしまった。

 もし、その小さな祠というのが、あの巨人の妖怪を祀っていたもので、大切な祠を壊されたために、あの巨人の妖怪が怒り狂い、今回の連続集団失踪事件を引き起こしているのだとしたら。

 僕は今回の事件の原因は、取り壊されたその小さな祠にあるのではないかと考えた。

 「貴重なお話、ありがとうございました。大変参考になりました。色々と大変かと思いますが、事件に巻き込まれないよう祈っています。」

 僕は話を聞かせてくれた建設作業員のおじさんに御礼を言った。

 「いや、こちらこそ、おじさんの話を聞いてくれてありがとう。気を付けて帰るんだぞ、兄ちゃん。」

 作業員のおじさんはそう言って笑顔で僕を見送ってくれた。

 僕は坂道を下ってバス停まで歩き、それから14時発のバスに乗って、まっすぐに自宅まで帰った。

 自宅に帰ると、二階の自室へと籠り、今日の調査で得た内容をノートにメモした。

 妖怪の正体や今回の事件の原因についてある程度は分かった。

 だが、妖怪の名前や諱など、あの巨人の妖怪に関する具体的な情報はまだ掴んではいない。

 それに、今回の事件の原因はハッキリ言って人間にも非がある。

 工事のためとはいえ、妖怪にとって大切な祠を取り壊してどこかへ持って行ってしまうなんて。

 もし、僕以外の人間にも霊感があって、あの巨人の妖怪の姿が視えていたら、妖怪の傍にその祠があるのが分かっていたら、連続集団失踪事件なんて物騒な事件はきっと起こらなかっただろう。

 とは言え、今更そんなことを言っても何の意味もない。

 取り壊されてしまった祠、これをどうやって取り戻せるだろうか?

 正直、ただの男子高校生である僕が、半年前に取り壊した出所不明の祠を渡してくださいと、市役所の文化財課に頼んだところで門前払いをくらうだけだ。

 妖怪の名前や諱などが分かれば、祠に代わる代用案が見つかるかもしれない。

 僕はとある人物のことを思い浮かべていた。

 きっとあの人なら、今回の巨人の妖怪に関して何か知っているかもしれない。

 僕は調査内容をノートにまとめ終えると、歩き回って疲れたためか、調査を一時切り上げ、ゆっくりと家で体を休めることにした。

 「猶予があるとは言え、7月までに今回の一件を解決できなきゃ、今度は512人もの人間が犠牲になる。何としてでも今月中、いや、今週中に解決するんだ。」

 僕は改めて巨人の妖怪に立ち向かい、連続集団失踪事件を解決することを決意した。





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