第三怪 山神
其の一 男子高校生、学園の王子様に狙われる
6月2日金曜日午前7時、スマホのアラーム音が鳴って、僕、京野 浄は目を覚ました。
相変わらず深夜まで僕にとり憑いている犬神の小言や世間話に付き合わされて寝不足気味だ。
中間試験が終わり、試験勉強からもやっと解放されてゆっくり眠りたいと思っていたのに、結局犬神のせいで満足に眠ることはできず、また寝不足だ。
コイツにとり憑かれている日常も存外悪くはないと思った時もあったが、やはり前言撤回だ。いつか必ず追い払ってやる。
僕は僕の右肩に頭を乗せて今も気持ち良さそうに寝ている犬神を横目で見ながら睨みつけた。
だけど、こんなことしたって何の意味もない。ただ時間を浪費するだけだ。
僕はため息をつくと、ベッドから体を起こし、一階の洗面所へと向かった。
洗面所で顔を洗い、鏡で自分の顔を見た。
顔にはいつも以上に目の下に深く黒いクマができていて、両目も真っ赤に充血している。
どこからどう見ても不健康で充実した学生生活を送っているようには見えない自分の顔に辟易しながら、僕は二階の自室へと戻ると制服へ着替え、鞄を持って朝食をとるべく一階のリビングへと向かった。
階段を下りて一階のリビングをのぞくと、キッチンでは母が朝食の用意をしていて、父はリビングのテーブルに着いて新聞を読んでいた。リビングのソファには妹の明が座っていて、日課としている朝の情報番組の星占いコーナーを見るべく、TVをつけて待っていた。
「おはよう、みんな。」
僕は力ない声で家族に朝の挨拶をした。
「おはよう、浄君。いつもより顔色が悪そうだげど、大丈夫?」
母が僕の顔を見て心配そうに声をかけてきた。
「体調が悪いなら無理はするなよ。休みたいなら休んでも構わないんだぞ?」
父も新聞を読むのを止めて、僕を心配してくれた。
「大丈夫だよ、二人とも。中間試験明けで少し疲れているだけで、学校にはちゃんと行くから。」
僕がそう答えると、二人は安心したような表情を浮かべて、母はふたたび朝食の用意にとりかかり、父は新聞を読みだした。
僕がテーブルに着いて朝食ができるのを待っていると、TVの方から気になるニュースが聞こえてきた。
「次のニュースです。また、М県の夜見近市の「YOMICHIKAアミューズメントタウン」建設予定地で集団失踪事件が発生しました。失踪したのは昨夜現場で工事作業にあたっていたとされる建設作業員6名です。建設工事を請け負っている地元の建設会社が昨夜午後11時頃に工事現場で働いている作業員たちに電話で確認をとろうとしたところ、応答がなく、不審に思った建設会社のスタッフが現場に駆け付けたところ、現場には工事で使用する重機や建設資材が残された状態で、作業員6名全員の姿が無く、忽然と消えてしまったとのことです。会社側の説明によると、今も失踪した作業員全員とは音信不通であるということです。警察ではこれまでに「YOMICHIKAアミューズメントタウン」建設予定地又その周辺付近で半年前から連続して起こっている集団失踪事件と、今回の作業員失踪事件に関連があるものと見て、捜査を進めています。現場には争った形跡が一切なく、金品や建設資材が盗まれず、そのまま残されていたことから、警察では建設計画に反対する何者かによる怨恨の線から捜査にあたっている模様です。「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設を進める夜見近市の
女性アナウンサーが読み上げる夜見近市で起こった今回の集団失踪事件のニュースを聞きながら、僕はふと胸騒ぎを覚えた。
まさか、今回の集団失踪事件にも妖怪が絡んでいるのでは?
いや、妖怪が絡んでいるにしてはあまりに事件の規模が大き過ぎる。
何でもかんでも不可解な事件の原因を妖怪と結び付けるのは考え過ぎかもしれない。
僕は考え過ぎだと思いながら、TVから流れてきたそのニュースを聞いていた。
「最近は夜見近市も物騒になったもんだなぁ。確か事件が起こった建設現場は
父がニュースを聞いて、集団失踪事件の起こった工事現場の場所を母に訊ねた。
「ええ、そうよ、お父さん。まあ、工事現場の夜馬乃口町はウチから随分と離れているし、近づかなければ大丈夫でしょ。浄君も明ちゃんも危ないからあの辺りには近づいたら絶対だめよ。」
母の言葉に、僕も妹も「分かったよ。」「分かったぁ~。」とそれぞれ返事をした。
母に返事をしながら、僕は失踪事件について考えていた。
夜見近市連続集団失踪事件。
事件の起こりは、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設が始まった半年前の10月にまで遡る。
事件のことを説明する前に、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」と現夜見近市長について説明する必要がある。
「YOMICHIKAアミューズメントタウン」とは、現夜見近市の市長、御堂 光一郎市長が推し進める市の再開発計画の一つである。
市の北東部の端にあり、山沿いに面している
「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設予定地である夜馬乃口町は市の北東部の山沿いにあり、人口も少なく、交通も不便な立地のため、当初は市長の掲げる再開発計画に対し、計画の採算性や需要の有無が疑問視され、税金の無駄遣いであると、一部の市民や市議会議員から反発の声が上がった。
しかし、御堂市長は元大手商社勤務だった頃に築き上げた手腕やコネ、実績を活かし、市長に就任して間もなく、夜見近市をふるさと納税日本一に導き、市の財政の大幅な黒字化に成功した。また、国から再開発計画のための多額の助成金を引き出したり、国や県と交渉して「YOMICHIKAアミューズメントタウン」につながるよう国道や県道を新たに建設するよう訴え実現させたりと、周囲の反発を抑え、就任後わずか4年弱で再開発計画を一気に進めたのである。最近では、JRに夜馬乃口駅へ停車する電車の本数を大幅に増やすよう交渉し、これを見事取り付けたことが地元で話題になっている。
卓越した市長の見事な手腕により、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」建設計画は順風満帆なスタートを切っているかのように当初思われた。
しかし、そんな矢先に事件が起こった。
「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の工事が始まった半年前の10月の中頃、深夜に工事現場で警備をしていた警備員の1人が突然姿を消したのである。この時は警察もマスコミも、誰もがただの失踪事件として扱い、大して取り上げられることはなかった。
だが、11月に同じ工事現場でまた深夜に2人の建設作業員が同時に姿を消したのである。
そこから、月を経るごとに、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設現場やその周辺道路で、深夜に建設作業員や通行人が次々に失踪する事件が相次いだ。しかも、最初は1人や2人程度の失踪だったのが、時には10人、20人と大人数で同時に失踪する事態にまで発展した。
この事態を受けて、ついに警察も連続集団失踪事件として捜査本部を置き、本格的に事件の捜査に乗り出した。
マスコミ各社も、平和な田舎町で起こった謎の連続集団失踪事件として取り上げ、連日TVのワイドショーなどで特集が組まれるほどの熱狂ぶりだった。
しかし、「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設現場で深夜に発生する、という以外に事件に関する有力な情報は無く、犯人の手口や犯人の目的、被害者の共通点など、警察やマスコミも掴めないまま連続集団失踪事件は起こり続けている。
今では事件は迷宮入りするのでは、という雰囲気が流れ、マスコミも事件発生当初ほど大きく取り上げることは次第に無くなっていた。
だが、連続集団失踪事件は今もなお続いており、昨夜失踪したとされる6名の作業員を含めると、失踪した人の数は合わせて261人になると、ニュースでは報じている。
わずか半年の間に261人もの人間が謎の失踪をとげている。
こんな奇怪で不可解な事件が自分たちの住む町で起こっているにも関わらず、僕も含め、夜見近市民の中ではそれがすでに日常と化していることに、僕は何か漠然とした不安をおぼえた。
目の前に異常なことが起こっていても、その原因が分からず、しかし、自分はさしたる被害もない、だから、目の前で異常なことが起こっていても危機感を覚えないままそれを放置してしまう思考停止しがちな人間の悪い部分が現れている、そんなようなことを僕はニュースを聞きながら思っていた。
「浄君、何をボゥっとしているの!?早く朝ご飯を食べてしまいなさい。遅刻するわよ。」
母の声に僕はハッと我に返った。
「ごめん。すぐに食べるよ。」
僕は事件のことについて考えるのを止めて急いで朝食をとり始めた。
『小僧、朝餉の
犬神がいつの間にか起きていて、いつものようにチョコレートの催促を始めた。
「分かってるよ。今、チョコレートをやるから、そう怒るな。」
僕はズボンの左ポケットから一粒サイズのチョコレートを数個取り出すと、犬神の口元に持って行った。
『フン、さっさと我に供物を捧げておれば我も貴様にこんなことを言う手間もない。いい加減に覚えよ、まったく。』
犬神は文句を垂れながら、チョコレートを口にほおばると、一気に完食してしまった。
朝食の時間さえ、コイツのせいでせっかくの朝の憩いの時間がぶち壊されてしまう。
絶対にいつか追い払ってやるからな、僕はそう思いながら朝食を食べた。
朝食を食べ終えると、僕はそのまま玄関へと向かい、急いで靴を履いて玄関のドアを開けた。
朝のニュースについ気を取られてしまい、いつもより家を出る時間が少し遅くなってしまった。
僕はその日少し早足で通学路を歩いた。
僕が通学路を早足で歩いて進む中、犬神は今朝ニュースで報じていた連続集団失踪事件について、目を瞑りながら考えていた。
『大量の人間が一度に何人も消えるか。まさか、アヤツの仕業か?もし、そうであれば、我や小僧でもどうにもならん。このお人好しがまた下手に関わり合いにならなければよいが。』
この時の犬神の予想はまさに的中していた。
「YOMICHIKAアミューズメントタウン」の建設現場で起きる連続集団失踪事件はとある妖怪の仕業であった。
そして、自分がとり憑いている人間、京野 浄がこの連続集団失踪事件に関わることになるということも。
しかし、犬神も、京野 浄も、この時点ではそんなことになろうとは考えもしていなかったのであった。
僕は何とか遅刻することなく、無事、登校することができた。
教室の前の入り口から教室に入ると、
「おはよう、浄君。」
と、僕を呼ぶ女の子の声が聞こえた。
僕を呼ぶ女の子の名前は、
つい先日、とある妖怪に襲われていたのを助けたことをきっかけに知り合い、仲良くなった、クラスメイトの女の子である。
そして、学校一の美少女とも呼ばれる、僕にとって人生初のガールフレンドでもある。
「おはよう、椿さん。何とか遅刻せずに間に合ったよ。」
教室の時計を見ると、時刻は午前7時55分、朝のホームルームまで残り5分とギリギリセーフであった。
「いつもは私より早く登校するのに、浄君が遅刻ギリギリなんて珍しいわね。何かあったの?」
「いや、ニュースを見ていたらつい遅れちゃって。ほら、例の連続集団失踪事件のニュースだよ。また、作業員が何人か失踪したんだって。もしかしたら、あの工事現場、呪われていたりして。」
僕は僕の右肩に頭を乗せている犬神を見ながら言った。
「フフッ、あなたが言うと説得力があるわね。確かに今回の連続集団失踪事件は普通とは言えないわね。だって、何百人と人が消えているわけですしね。それこそ、妖怪の仕業と疑ってもおかしくはないわ。」
椿さんは僕の右肩の方を見ながら、そう言った。
ちなみに椿さんは、見えはしないけれど、犬神が僕にとり憑いていることを知っている数少ない人の一人でもある。
「ハハっ、妖怪の仕業か。でも、妖怪にしてはやっていることが随分と物騒でスケールが大き過ぎるよ。もし、妖怪の仕業だったら、きっととんでもなく危ない妖怪に違いないよ。おっと、ホームルームが始まるから僕はこれで。」
そう彼女に答えると、僕は急いで自分の席に着いた。
前の席には男友達の
「相変わらず仲がよろしいことで。ちぇ、朝から見せつけてくれますこっで。」
晴真が僕と椿さんの中を茶化すように言ってきた。
「おはよう、晴真。いつも言ってるけど、僕と椿さんは別に付き合っていないから。友達なだけだから。それより、ちゃんと忘れず古典の宿題やってきた?」
「やべっ。また、忘れた。すまん。宿題を見せてくれ。頼む。何か奢るからさぁ。」
「仕方ないな。約束忘れるなよ。」
僕はいつものように晴真に宿題のノートを貸してあげた。
「サンキュー、浄。持つべきものは友達だぜ。」
晴真は笑顔を浮かべながら僕からノートを借りていくのだった。
僕と晴真が話をしていると、始業のチャイムが鳴った。
チャイムが鳴り終えると同時に、担任の
「ようし、お前ら、ホームルーム始めるぞ。」
そう言うと、点呼を取り、それから生徒への連絡事項を伝えた。
そして最後に、
「今日の授業で中間試験の答案用紙を返すからな。平均点以下は放課後補習と、倍の宿題が待っている。覚悟しておけ、クズども。」
笑顔で嫌味を言いながら僕たちにそう言うと、朝のホームルームを終えて教室を出て行ったのだった。
身長は160センチ。吊り上がった細い目に、頭頂部まで生え際が大分後退した禿げ頭、口元は出っ歯、ヒョロヒョロとした細身という風体をしている男性で、年齢は50代前半。
この先生を、否、この男を一言で評するなら、
少し難しい言葉を使っているが、要するに、自分より立場の弱い者を苦しめ、逆に自分より強い者に媚びへつらう、そんな絵に描いたような史上最低の人間。
僕が尊敬する島津先生とは真逆の史上最低の人格の持ち主。
それが僕たちの担任である。
例えば、数学の成績が悪い生徒がいたら、その生徒に対し、クズやのろま、俺の崇高な授業を受ける資格は無い穀潰し、さっさと学校を辞めろなどの暴言を放つ。時には気に食わない生徒の頭を教科書で何度も叩く、大勢の見ている前で罵るなど、明らかなパワハラ行為を平気で行う。
逆に数学の成績が良い生徒や特進科の生徒たちには、これでもかと言うほど露骨な依怙贔屓をする。僕たち普通科の学生の前で授業をするときは教科書を10ページ以上すっ飛ばし、適当な授業しかしない。授業中に僕らが質問をしても、どうしてこんな簡単なことが分からないのだと、まともに取り合おうとせず、怒鳴りつける始末だ。
だが、特進科の生徒たちの前では、授業は教科書を1ページずつ丁寧に教え、質問にもちゃんと答える。おまけに、僕たち普通科には適当な試験範囲しか教えないのに、特進科の生徒達には正確な試験範囲を教え、自作の試験対策用のプリントまで配ってあげるほど好待遇で接する。
とにかく、生徒を成績や自分への貢献度で判断し、露骨に対応を変えてくる。
自分の都合や利益で生徒を差別する最低の教師、それが僕の担任こと金好先生である。
ではなぜ、金好先生が教師をクビにならないのか?
それは、学校への寄付金集めが上手いことにある。
金好先生が普段から依怙贔屓している特進科の学生のほとんどは裕福な家庭の育ちで、親が医者や政治家、企業の社長や役員をしている。
金好先生は特進科の学生たちに露骨な依怙贔屓をすることで特進科の学生たちから評価を集め、そして、特進科の学生の親たちに近づき、学校への多額な寄付金をたくさんもらってくるらしい。
僕たち普通科の生徒たちからしたら日常的にパワハラを行ってくる最低の教師だが、学校への寄付金集めに貢献していることから、学校の上層部は金好先生をクビにすることはなく、むしろ重宝している。
これはあくまで噂だが、学校への寄付金の一部が学校の校長や教頭に渡っていて、金好先生がそれに一枚嚙んでいるという黒い噂が生徒間で密かに流れている。
朝から最低の担任の、最低な嫌味を聞かされて、僕や僕のクラスメイト達も皆憂鬱そうな表情を浮かべ、教室の中は暗い雰囲気が漂っていた。
朝のニュースでは連続集団失踪事件という暗いニュースを聞かされ、朝食では犬神に邪魔され、朝のホーム―ルームでは最低の担任教師から嫌味を聞かされる。
「今日は朝から嫌なことが続くな。」
僕はもうこれ以上嫌なことが起こらないことを切に願っていた。
12時10分。午前中の授業が終わり、僕は晴真と椿さんの三人で一緒に教室で昼食を食べようとしていた。
晴真は以前、椿さんに告白をした際こっぴどく振られた経験があり、それもあって最初は椿さんと一緒に昼食を食べることに抵抗を感じていたが、僕が強引に二人を誘い、一緒に昼食を食べていく内、徐々に慣れてきたようで、まだ少し固い感じは残っているものの、ようやく椿さんと一緒に昼食を食べることにも慣れ、会話もするようになってくれた。
陰キャぼっちの僕としては、数少ない友人の二人とこうして仲良く三人で一緒に昼食をとれるようになったことが嬉しくて仕方ない。
去年空き教室で一人寂しく昼食を食べていたあの頃の僕からは信じられない進歩だ。
椿さんが僕と晴真の席の近くにやってきて、三人で机を寄せて昼食を食べ始めようとした時、事件は起こった。
「京野君って言う人はどこかな?」
涼し気な男性の声が教室中に響いた。
声の主を見るなり、クラスの女子たちは一部を除き、キャーと歓声を上げて騒いでいる。
クラスの男子たちはというと、声の主を見るなり、声の主の方を睨みつけたり、舌打ちしたりして、明らかに不機嫌そうな表情をしている。
「京野君なら窓側の一番後ろの席の方にいます♡」
クラスの女子の一人が僕の方を指さして、声の主に教えた。
「ありがとう、君。助かったよ。」
声の主は御礼を言うと、教室の中に入ってきて、まっすぐ僕の方へと向かって歩いてきた。
「君が京野君かい?」
声の主が僕を見て訊ねてきた。
「そうですけど、何か?」
僕の問いに声の主は、
「お昼休みのところ申し訳ないんだが、君にちょっと話があってね。悪いけど、一緒に付いて来てもらえるかな?」
と、爽やかな表情を浮かべながら訊ねてきた。
僕は声の主について知っていた。いや、この学校で彼を知らない人はほとんどいないと言っていい。
声の主の名は、
「御堂君、浄君に一体何の用かしら?」
椿さんが鋭い目で彼の顔を見ながら、警戒するように訊ねた。
「やあ、神郡さん。そんな怖い目で僕を見ないでくれ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ。何、ちょっとそこにいる京野君に二、三聞きたいことがあってね。大丈夫、すぐに返すからさ。」
御堂君の返事を聞いても、椿さんは顔をしかめたまま変わらず鋭い眼差しを彼に向けている。
椿さんは一体どうしたんだ?
どうして御堂君をこんなに警戒しているんだろう?
僕は椿さんが見せる御堂君への警戒した態度に疑問を感じながらも、とりあえず御堂君と話をしてみることにした。
「僕に話って何か分からないけど、とりあえず話を聞かせてもらうよ、御堂君。」
「ありがとう。では、付いて来てくれたまえ。」
御堂君は僕に一緒に付いてくるよう言うと、背中を向けて教室を先に出ようとしている。
僕が彼の後に続いて教室を出ようとした時、椿さんが声をかけてきた。
「浄君、彼には十分注意して。」
椿さんが真剣な表情を浮かべて僕に警告してきた。
「大丈夫だよ、椿さん。椿さんが心配するようなことは何も無いよ。きっと、何か僕が御堂君に対して誤解を受けるようなことをしただけさ。」
僕はそう言って、御堂君の後を追って行った。
彼の後を追っていくと、学校の屋上へと出た。
屋上には僕と御堂君の二人しかいなかった。
「それで、御堂君、僕に話って何かな?」
僕が彼に要件を訊ねると、彼は思いもかけない質問をしてきた。
「話って言うのは、君と神郡さんのことだ。君は彼女と一体どういう関係なんだ?」
彼は一見爽やかで落ち着いた表情をしているが、その目は僕をまっすぐに捉えて離さないでいる。まるで僕を得体の知れない危険物のように見ている気がしなくもない。
「どういう関係って、ただの友達だけど?」
僕はありのままに答えた。
「ただの友達だって!?君、冗談も休み休み言いたまえ。君のような如何にも冴えない男と、学校一の秀才にして美女である神郡さんが友達だなんて、よくもそんな悪質な嘘がつけるものだな。」
御堂君はそれまで落ち着いていた表情が急に変わり、怒りの表情を見せたかと思えば、僕のことを罵り、僕と椿さんが友達であるという僕の発言をでたらめだと言い始めた。
僕は突然の彼の急変した態度に戸惑いを隠せなかった。
成績優秀で常に成績は学年二位。スポーツ万能でテニス部に所属しており、去年の全国大会では一年生ながら個人の部で準優勝を獲っている。
性格は真面目で温厚と評され、生徒会の副会長をしており、次期生徒会長候補と目されている。
身長185センチの長身に色白の肌、茶髪のショートヘアに、パッチリとした二重瞼の瞳に白い歯、モデルのような美しい顔をしていることから、学校中の女子生徒から慕われており、「学園の
ちなみに、今朝のニュースにも出ていた現夜見近市長である御堂市長の息子でもあり、学校の先生たちでさえ彼には頭が上がらず、正に校内カーストの最上位にいる男なのである。
さて、学校一のイケメンである御堂君のあまりの変貌ぶりにショックを受け、思わず固まってしまった僕だったが、嘘つき呼ばわりされるのはいくら何でも納得がいかない。
「僕は嘘なんかついちゃいない。僕は確かに冴えない男だけれど、それでも僕と椿さんは友達だ。彼女は僕にとって大切な友達だ!」
僕は声を荒げて反論した。
「大切な友達だって!?「氷の女王」と呼ばれ、異性どころか同性さえ寄せ付けず、告白してくる男子たちを問答無用で振ってきた、あの神郡さんが君みたいな男と友達だと!?ありえない、そんなことはありえない!きっと何か裏があるにきまっている!」
御堂君は怒りと興奮が入り混じった表情を浮かべながら、僕を睨みつけてきた。
学校一のイケメンなどと言われているが、この御堂という男の本性は、どうやらイケメンの顔を被った、他人を平気で見下し貶めようとするエゴイストらしい。
クラスの女子たちが今の彼の顔を見たら幻滅することは間違いない。
「神郡さんは先月から急に突然君と仲良くし始めた。それまで、同じクラスというだけで君と彼女には何の接点も無かった。おかしいじゃないか。あの男嫌いだった彼女が急に君と仲良くなるなんて、それも下の名前で呼び合い、あまつさえ笑顔を向けるほどになんて。そうか、分かったぞ。君は彼女の弱みを握っていて、それで彼女は君と仲良くし出したんだ。そうだ、そうに決まっている。そうでなければ辻褄が合わない。」
御堂君はブツブツと何やら僕と椿さんの関係について妄想ともとれるような勝手な推測を僕の目の前で話し始めた。
僕が椿さんの弱みを握っていて、それをネタに脅迫して関係を迫っているだって!?
どんだけ身勝手な男なんだ、この男は。
僕は呆れて何も言えなかった。
だが、こんな身勝手な男の理不尽な言いがかりに付き合う必要はない。
僕は話を切り上げて教室に戻ることにした。
「悪いけど、他に用が無いなら僕はこれで帰らせてもらうよ。君がどう思おうと勝手だけど、僕と椿さんは紛れもなく友達だ。それに、僕は彼女を脅迫なんかしていない。それじゃあ。」
僕がそう言って立ち去ろうとすると、
「待て。まだ話は終わっちゃいない。」
と、御堂君は言うなり、僕の胸倉を両手で掴んできた。
圧迫するように僕の胸倉を両手で掴んでくるため、僕は息が苦しくて仕方がない。
「離してくれ。い、息が苦しい。」
僕が手を離すように言っても彼は頭に血が上っているのか、僕の言葉が耳には入ってこないようで、顔を真っ赤にして、怒りの形相で尋問してくる。
「さぁ、離してほしかったら言うんだ。神郡さんの、彼女の弱みは何だ。言え、言うんだ!」
だ、駄目だ、苦しくてこれ以上意識が持たない。
僕があやうく失神しかけたその時、
『まったく、うるさい小僧だ。我の大事な昼餉の時間を邪魔しよって。こうしてくれる。』
僕の首元に巻き付いていた犬神が首を伸ばすと、僕の胸倉を掴んでいた御堂君の右手に思いっきり噛みついた。
「ギャアアアアーーー。」
御堂君は僕の胸倉を掴んでいた両手を突然離すと、右手を押さえてその場でのたうち回るように苦しみだした。
彼の右手をよく見ると、犬神に噛まれた手首の部分が黒く変色している。
「貴様、一体この僕に何をした!?」
御堂君が右手を押さえ、地面に這いつくばりながら、目には涙を浮かべて僕に訊ねた。
「さぁ、神様の罰が当たったんじゃないかな。」
僕は苦しそうに右手を押さえてうずくまっている彼を見下ろしながら、少し馬鹿にするような口調で言った。
本当は神様じゃなく、妖怪のせいだけど。
まあ、人を散々馬鹿にして嘘つき呼ばわりした挙句、暴力まで振るってくるクズ野郎だ。
いい気味だ、ざまぁみやがれ。
僕は今も右手を押さえてうずくまっている御堂君を一人屋上に残したまま、屋上を後にした。
「さっきはありがとう、犬神。おかげで命拾いしたよ。」
僕は僕の右肩に頭を乗せている犬神に御礼を言った。
『フン。あのうるさい小僧が貴様といつまでもくだらん話をして我の昼餉の時間を邪魔したのが我慢ならんかっただけだ。それに、貴様を殺されでもしたら
「ところで犬神、お前御堂君に何をしたんだ?手に噛みついたと思ったら、噛みついた部分が真っ黒に変わったように見えたんだが?」
『何、少々あのうるさい小僧を痛めつけてやろうと思ってな。噛みついた部分にほんの少しばかり我の妖力を注いでやっただけだ。半日もすれば治る。あの小僧にはちょうどいい薬になっただろう。』
「本当にありがとな。御礼に、今日は昼餉のチョコレートとは別に、購買のチョココロネを後で買ってやるよ。」
『
「ああ、中にチョコレートクリームがたっぷり入った菓子パンでな、ウチの購買の名物なんだ。」
僕が御礼に購買でチョココロネを買ってやると言うと、犬神は目を輝かせ、口元からは涎を垂らしている。
『早く、早くその
「分かった、分かったから。教室に戻る前に購買に寄って買ってやるから、そう急かすなよ。」
僕はチョココロネを催促してくる犬神をなだめながら、学校の購買部へと向かい、チョココロネを一つ買った。
早速買ったチョココロネを犬神の口元へと持っていくと、犬神はものすごい勢いでチョココロネをほおばった。口にはチョコレートクリームがべったりと付いていて、舌でそれを嬉しそうに舐めまわしている。
『この
犬神は予想以上にチョココロネを気に入った様子だった。
「それはどうも。まぁ、時々は食べさせてやるよ。」
犬神はそれから昼餉の分の板チョコも食べると満足した表情を浮かべながら眠り始めた。
犬神の満足した表情を見ていたら、ふと思い出した。
「いけない。僕はまだ昼食を食べていないんだった。まだ、時間あるよな?」
僕は腕時計を見ると、お昼休憩の時間が始まってから、すでに30分近く経過していた。
僕は昼食の弁当を食べるため、急いで教室へと戻った。
「椿さんや晴真も心配してるだろうなぁ。」
僕が教室へと戻ると、椿さんや晴真はすでに弁当を食べ終えていたが、僕が帰ってくるのを待っていてくれたようで、僕の姿を見るなり、二人ともホッとした表情を浮かべている。
「中々戻ってこないから心配したぜ、浄。大丈夫だったか?」
「ああ、まぁ、おかげさまで何とか。」
晴真の問いかけに僕は自身が無事であると答えた。
「本当に心配したわ。あの男と教室を出て行ったきり戻ってこないんですもの。あの男に何かされなかった?本当に大丈夫?」
椿さんが心配そうな声で訊ねてきた。
「ああ、一応は大丈夫かな。屋上まで呼び出されて一体何を聞かれるのかと思ったら、僕と椿さんの関係についてしつこく訊ねられたよ。僕が椿さんとは友達だって言ったら、彼、急に怒り出して、僕が何か君の弱みを握っていて君を脅迫しているんじゃないかなんて言いがかりまでつけてきて、おまけに胸倉まで掴まれて大変だったよ。」
僕は御堂君に胸倉を掴まれたためにできた、首元の赤く腫れあがった部分を彼女に見せながら説明した。
椿さんは僕の胸元を見るなり、慌てた様子で言った。
「全然大丈夫じゃないじゃない!浄君、急いで保健室に行きましょう。早く手当しないと。やっぱりあの男、何かしてくるとは思っていたけど、脅迫だけでなく暴力まで振るうなんて、本当最低なヤツだわ。後で先生たちに抗議に行きましょう。何なら私も一緒に付いて行って事情を説明するわ。」
彼女は御堂君への怒りを露わにした。
「先生たちにまで言う必要はないよ。それにこれくらいの怪我、全然大したことないよ。ちょっとヒリっとするけどさ。後、御堂君のことだけど、犬神のヤツがちょっとばかし彼にお灸をすえてくれたから、僕はもう気にしていないよ。そんなことよりもお腹が空いちゃってさ。とっととお弁当を食べないと。」
僕がお弁当の方に手を伸ばして遅い昼食を食べ始めようとしたら、右腕をガッチリと誰かに掴まれた。
よく見ると、椿さんが僕の右腕を自分の右腕と体の間に挟んで、しっかりと掴んでいる。
「駄目よ、浄君。そんな怪我をしている以上はすぐに保健室に言って、手当しなくちゃ。お弁当なんて後々。山田君、悪いんだけど、私は浄君を保健室に連れていくから、先生には5限目の授業は私と浄君はお休みするって伝えてもらえる?」
彼女が晴真に伝言を頼むと、
「承知いたしました。」
と、晴真はまるで上司に命令された忠実な部下のように敬礼を交えて返事をした。
晴真、お前いつから椿さんの部下になったんだ?
二人のやり取りに少々呆気にとられていた僕だが、そんな僕の様子など気にせず、椿さんはグイグイと僕の腕を引っ張って保健室まで連れて行こうとする。
「椿さん、僕は本当に大丈夫だから。」
「駄目。おとなしく保健室で治療を受けなさい。反論は一切受け付けないわ。」
僕は椿さんに引きづられながら、教室を後にした。
教室の方を見ると、クラスメイトたちは僕が椿さんに保健室まで引きづられていく姿を見て、皆驚いた表情をしている。
「氷の女王」と呼ばれ、男嫌いとも言われていたあの椿さんが男子の心配をして、さらに男子と腕まで組んでいる。
クラスの男子たちは晴真を除き、全員恨めしそうな表情で僕の方を見ている。
クラスの女子たちは、僕と椿さんが付き合っているのでは、と声を潜めて話しながらこちらを見ている。
またクラスの皆に変な誤解をされた上に、悪目立ちするハメになった。
今日は本当にとことんついていないな、僕は椿さんに引きづられながらそう思った。
二度あることは三度ある、なんて言葉があるが、僕は今日四度も嫌な目に遭っている。
朝のニュースでは連続集団失踪事件という暗いニュースを聞かされ、朝食では犬神に憩いのひと時を邪魔され、朝のホームルームでは最低の担任教師から嫌味を聞かされた。
そして、貴重なお昼休憩の時間に御堂君に呼び出され、言いがかりをつけられた挙句、暴力まで振るわれる始末だ。ついでにお弁当を食べ損ねてしまった。
それもこれも、元を辿れば妖怪に関わるようになってからだ。
妖怪に関わるようになって、僕の平穏で平凡だった日常は一気に目まぐるしいものへと様変わりしてしまった。
だが、今更嘆いたところでしょうがない。
それより、椿さんが御堂君を嫌っている理由の方が気になる。
まぁ何となく二人の様子からおおよその検討は付いているが、それは後で椿さんに確認することにしよう。
僕はそんなことを考えながら、椿さんとともに保健室へ行き、治療を受けた。
保健室の先生は、僕が椿さんに引きづられながら保健室へ入ってきたのと、真っ赤に晴れ上がった僕の首元を見て驚いた表情だったが、すぐに治療してくれた。
事情を聞かれもしたが、そこは適当にごまかしておいた。
僕は念のため、5限目の授業は保健室で休ませてもらうことになった。
椿さんも付き添いで残ってくれた。
僕は保健室のベッドで横になると、椿さんはベッドの横に置いてあった椅子に腰かけた。
僕は彼女に御堂君との関係を訊ねた。
「わざわざ付き添いまでしてくれてありがとう。それで、ちょっと聞きづらいんだけど、君と御堂君の間に何があったのか、良かったら聞かせてもらえないかな?」
僕の質問に、彼女はため息を交えながら答えてくれた。
「ハアー、本当にあの男のことを話すのは嫌でしょうがないんだけど、浄君がこんな目に遭わされたんだもの。話さない訳にはいかないわ。そう、あの御堂っていう男はね、いわば私のストーカーみたいなものよ。本当に気持ち悪い男よ。」
彼女は嫌悪感を露わにしながら語った。
「あの御堂君が君のストーカー!?まぁ、あんな粗暴な一面を隠し持っているのをこの目で僕も見ているから多分そうだろうとは思うけど、一体いつから?どうして?」
「あの男は私がこの学校に入学して間もない頃、すぐ私に言い寄ってきたの。おそらく、父親の市長から同じクラスに南極銀行の頭取の一人娘である私が編入してくることを聞いていたのでしょうね。私をしつこく誘っては付きまとってきたの。市長の息子である自分と南極銀行の頭取の一人娘の私とならお似合いのカップルだ、なんて気持ち悪い妄言をいつも吐いていて、そのくせ他の特進科の女子たちにも手当たり次第アプローチをかけたりして。女に見境が無くて、その上、自分の都合の良い妄言ばかり吐いて相手に押し付けてくる男なんてこちらから願い下げだわ。」
椿さんは一拍置いた後、さらに話を続けた。
「ある日、校舎裏にあの男に呼び出されて、私のことが好きだと告白されたの。もちろん、私の返事はNО。あんな女性を自分の都合の良い道具みたいにしか思っていない、外面がいいだけで他人を見下すことしか頭にない男なんて絶対にごめんよ。生理的に無理だわ。だから言ってやったの。「あなたみたいな外面がいいだけで女性にだらしがなくて、自分のことしか頭にない野蛮人と付き合うなんて100%無理。」ってね。それでも、あの男は振られたにも関わらず、毎日しつこく私のことを誘ってきたの。授業の合間の休み時間に、お昼休み、放課後の図書室にまで四六時中よ。さすがに自宅にまで押しかけられることはなかったけど、私は四六時中あの男に学校で付きまとわれて、あの男の気持ち悪い妄言を聞かされてたまったもんじゃなかったわ。だから、一年生の五月に、学校側に頼んで特進科から普通科にクラスを替えてもらったの。特進科と普通科は教室も離れているし、合同で授業をすることもほとんどないし。普通科に替ってからあの男が近づいてくることは徐々に無くなっていって、てっきり私のことはもう諦めたとばかり思っていたのに。まさか、まだ諦めていなかったなんて。
おまけに、私の大切な友達である浄君にまでちょっかいをかけてくるなんて。あの男だけは絶対に許せないわ。」
椿さんは落ち着いてはいるが、目には強い怒りの感情を表しながら、御堂君との関係について語ってくれた。
「言いづらいことを打ち明けてくれてありがとう。何となくだけど、二人の様子からそんなことじゃないかと思ってはいたんだ。でも、最初は全然気が付かなかったよ。だから、僕が御堂君に呼び出されたあの時、彼に注意するよう言ってくれたんだね。僕も少々迂闊だったよ。まさかあの御堂君が僕に脅しをかけて暴力まで振るってくるなんて想像もしてなかったからね。」
僕は苦笑しながら言った。
「怪我は大丈夫?ひどく痛むようなら早退したら?私から先生たちに伝えるわ。ついでに、あの男に君が暴力を振るわれたせいで怪我したことも。」
椿さんは御堂君への怒りがおさまらないのか、僕の代わりに先生たちに抗議するとまで言っている。
「僕なら大丈夫だよ。それにさっき言ったろ。御堂君なら犬神のヤツが僕に代わってきついお灸をすえてくれたって。」
僕は悪戯っ子のような笑顔を浮かべながら言った。
「きついお灸?一体あの男に何をしたの?」
僕は犬神が昼餉の時間を邪魔された腹いせに、御堂君の右手に噛みついて、御堂君があまりの痛さに涙を流して地面をのたうち回ったこと、犬神が傷口に流し込んだ妖力で半日は激痛で苦しむことになることなどを彼女に教えた。
それを聞いて、椿さんは思いのほか受けたらしく、僕の目の前で大爆笑した。
「アハハ!本当にいい気味。私もあの男が泣いてのたうち回る姿が見たかったわ。あの男にはちょうどいいお灸、いえ、天罰よ。犬神さん、本当にありがとう。私からも御礼を言うわ。」
彼女は僕の右肩を見ながら、犬神に御礼を言った。
『フン。我はただあの小僧が我の大事な昼餉の時間を邪魔してくるから排除したまでだ。だが、感謝されるのも悪くはない。また、あのうるさい小僧が邪魔してきたら、今度はもっときついお灸をすえてやるか。』
犬神は御礼を言われて満更でもない表情をしている。
「喜んでもらえたようで良かったよ。また、あの御堂君が何かちょっかいをかけてきても、僕には犬神が付いているから、何かしかけてきても、こっちから撃退してやるさ。」
「犬神さんが付いているからおそらく暴力を振るってくることは無いと思うけど、あの男のことだから、何をしてくるか分からないわ。あの男の執念深さは異常よ。浄君、念のため、あの男にはしばらく注意していた方がいいわ。また何かしかけてきたら、今度は私も君に手を貸すから。」
椿さんは御堂君への警戒を怠らないよう忠告してきた。
「ああ、気を付けるよ。心配してくれてありがとう。」
「当たり前でしょう。だって、私達、大事なお友達なんだから。」
椿さんは微笑みながら僕に言った。
大事なお友達、彼女のその言葉に僕は胸が熱くなった。
陰キャぼっちである僕にとって、生まれて初めて聞くその言葉に僕は嬉しさをおぼえていた。
僕は椿さんと保健室で一緒に時間を過ごした後、彼女に付き添われて教室へと戻った。
それから、残りの授業を教室で受けて、放課後をむかえたのだった。
いつもどおり歩いて帰宅しようと思っていると、椿さんが声をかけてきた。
「良かったら、私の車に乗って帰らない。浄君、怪我をしているんだし、心配だから家まで送るわ。」
僕は大丈夫だと言って断ろうともしたが、椿さんは強引に僕の腕を引っ張って、校門の前に停めてある彼女のリムジンに僕を乗せた。
途中、廊下ですれ違った生徒たちが彼女に腕を引っ張られて一緒に歩いている僕の姿を見て、一体何事かと、彼女に腕を引っ張られている男子生徒は誰かと口々に騒いでいたが、僕はもう気にしないことにした。
学校一の美少女がガールフレンドになってからある程度時が経ったことで自分でも耐性が付いてきたようだ。
僕は彼女のリムジンに乗って、学校を後にした。
今日は朝から本当に色々なことがあって、正直言って疲れた。
今日はさっさと夕食を食べて、お風呂に入って、寝ることにしよう。
犬神のヤツにはチョコレートをいつもより多めにやって絶対に朝まで起こさないよう頼むとしよう。
僕はリムジンにゆられながら、そんなことを考えて自宅へと帰った。
僕が椿さんに引っ張られ、彼女のリムジンへと乗り込んでいた時、校門の陰から一人の男子生徒が僕の方を睨みつけながら様子を窺っていることに、僕は気が付いていなかった。
「京野 浄、このままで済むと思うな。神郡さんと付き合っていいのはこの僕だけだ。今に見ていろ。貴様を絶対に退学させてやる。」
校門の陰から一人の男子生徒こと、御堂 光輝は恨み言を呟きながら、怨敵である京野 浄の顔を睨んで、復讐を誓っていた。
そんなことなど露知らず、慌ただしい一日を終えた僕だったが、まさか三日後に恐ろしい怪事件が僕を待ち構えていたこと、御堂親子が原因による厄介ごとに巻き込まれることになるなど、この時は想像もしていなかった。
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