知らない間に自分が捧げられていた話

紙風船

異邦の神に捧げられていた。

 私はネットサーフィンが趣味なのですが、最近は特に廃墟を眺めるのが主でした。


 自分では到底辿り着けない森の奥地。


 街中で切り取られたような区画。


 忘れ去られた場所というのは私の中のよく分からない感情を揺さぶりました。

 生まれる前の時代への郷愁? それとも未知の部分に対する恐怖心?


 分からないことというのはくも人を惹き付けます。


 その中でも一際、私を惹き付けて魅了してしまった廃墟があります。

 それが何処かは分かりません。個人ブログで見つけた、画像だけの廃墟。詳細も何もないままに、私は入口から奥へと進んでいく画像を一心不乱にスクロールしていました。


 其処そこは木造の一軒家でした。造りは日本の物ではなく、何となく東南アジアを思わせるような、剥き出しの木の家。

 風雨に晒され、苔に塗れながらも未だ倒壊していないその家の中はまだ家具が一部残っているようでした。

 その中でも特に異常だった物がありました。


 其処にある訳がないもの……それは『神棚』でした。


 神様を祀る物は世界各国に様々な形で存在しています。その全てを私は知りませんが、大きめの日本家屋や、会社にあるような日本特有の神棚が外国の造りの家の、それも廃墟に、傷一つない状態で飾られているというのはある意味では神秘的だったかもしれません。


 しかし、転がる錆びに浸食された缶詰や、剥がれかけのポスターはどう見ても海外の物で。

 そんな中に飾られる木製の神棚。それが何故こんな場所にあるのか。


 そして不思議なことに、その神棚は妙な飾られ方をしていました。


 日本では基本的に天井に近い位置に飾られています。神様は人よりも高い位置に存在するものだからだそうです。


 ……が、この廃墟に飾られた神棚の位置は凡そ高いとは言い難い位置に飾られていました。


 大人の目線よりも下、小学校低学年の子供の頭くらいの位置に神棚設置されていました。

 その周囲を円形に囲うようにぐるりと細い縄が釘で打ち付けられ、更にその外側にジグザグに切られた紙が円形に、二重丸の形で神棚を囲っています。


 日本の文化が、人伝によく分からない形で歪に伝わった……という印象を受ける奇妙で不思議な神棚。

 明らかに其処だけが、廃墟となった今現在でも人の手が入っている場所でした。


 そんな神棚には色々な物が供えられていました。ブログに載せられた写真の画素数が低い所為か、曖昧な画像でしたがそれは何かの写真と大小様々な種類のカラフルな珊瑚。それとフィギュアでした。何のフィギュアかは分かりません。ですがそれは、まるで神様のように中心に奉られていました。


 奇妙な飾られ方をされた神棚。捧げられた色とりどりの珊瑚。よく分からないフィギュア。そして写真。


 一番、私の目を惹いたのは写真でした。何かの真似事として綺麗なモノを飾るとしても、神棚に写真を飾るということがどういう意味なのかは私は詳しく知りません。

 が、何か……神に捧げられたような、そんな宗教的な、儀式的な雰囲気がありました。


 写真が見える画像は小さく、顔は見えません。しかしそれがどこかで見たような写真で……ずっとモヤモヤしていましたが、ブログはまだまだ続きます。下へとゆっくりとスクロールしていく内に写真のことも頭の片隅に追いやられ、どんどんと廃墟という浪漫の中へとのめり込んでいきます。


 そんな私は突然、冷や水を掛けられたような怖気と共に現実へと戻されました。


 順調に廃墟探索を続けていた画像の中に、急に先程の神棚に捧げられていた写真を間近で撮った画像が紛れ込んできました。


 実は最初から近付いて撮っていたとか、掲載順のミスだとか、そんなことはどうでもいい。


 その写真は全て、紛れもなく私自身でした。


 何時、何処で撮ったのかも分からない私の横顔。職場から帰る私の後ろ姿。部屋で過ごす部屋着の私。

 そういった数々の写真が、何処にあるかも分からない神棚に飾られているという事実に、私は言い様のない恐怖に襲われました。


 私はすぐにブログにコメントを残し、管理者と連絡を取ることにしました。幸いにも管理者とはすぐに連絡がつき、あの廃墟の場所を教えてもらえることができました。


「それで、行くのですか?」

「はい、すぐに向かおうと思います」

「分かりました。お手伝いはできませんが、無事に帰って来られることを祈っています」


 あの廃墟の場所は、私はすっかり家の造りから海外だと思い込んでいたのですが、実際には国内のとある小島でした。


 何故日本にあのような家が? それも含めたオカルト物件だったようです。

 ならば、だからこそあの神棚の飾り方は謎が深まります。凡そ、日本人がするようなやり方ではなかったから。


 そしてそれよりもまず、私という一個人が勝手に神に捧げられていることをどうにかしなければなりません。その手段は分かりませんが、あの神棚を囲う陣を破壊することで、一定の効果はあるのではと思っています。


 調べていく内に分かったことですが、本来注連縄というのは悪いモノの侵入を拒むためのものだそうです。

 であればあの環になった注連縄は、どういう意味があるのか……私は、あれはやはり、結界だと思いました。

 ただしそれは逆の意味での結界。本来の形ではない神を、この国に住むと言われる八百万の神から守る結界。


 あの縄の結界を破壊し、異邦の神に捧げられた私を取り戻せば、私は無事なはず。


 そう思い、私は管理人に教えてもらった道順を辿り、廃墟へとやってきました。

 場所はとある海岸沿いにある廃集落です。目的の神棚のある廃屋は、その廃集落よりも更に奥地にあるとのことで、とても酷い道でしたが何とか到着しました。


 写真で見た時よりも時間が経っている所為か、草木が覆い茂っていたり、家屋が一部倒壊しています。

 廃墟は人が住まなくなり、生活という時が止まります。それと同時に廃屋は崩壊という時が進み始めます。

 其処に浪漫を感じるのですが……それは画面越しの話。


 今、目の前にある廃屋は危険そのものです。何時、何が起こるか分からない爆弾のような場所。

 そしてその中に、神棚があるのです。


 上や下に気を付けながら奥へと進みました。画像で見た時よりも荒れた光景に一瞬、気を取られながらも神棚を探します。

 転がるゴミや、残された生活用品を横目に奥へ進みますが、中々神棚が見つかりません。


 その内、地下へと続く階段を見つけました。異様だったのが、その階段周辺だけゴミがなかったことです。

 どう考えても、人の出入りがある……つまり、これ以上先に進むと、その人間と出ってしまう可能性もあるということ。


 私は身を守る道具は持ち合わせていません。ただ、神棚を壊す為の道具はあるので、いざという時は……覚悟を決め、階段を下ります。


 壊れた窓や建物の隙間から射し込んでいた日の光はもう届きません。

 背負っていたリュックから取り出した懐中電灯で足元を照らしながら奥へと進むと、見つけました。神棚です。


 改めて自分の目で現物を見て、血の気が引きました。此処ここへ来るまでは、あの画像で見た神棚が最新の情報でした。

 ですが、今目の前にある神棚は実際に見ると写真の物よりも大きく感じました。供え物も入れ替わっている気がします。

 写真が撮られてから結構経ったはずなのに、神棚はいまだ気持ち悪いくらい綺麗に手入れされているようでした。


 しかし、そんなことが全部吹き飛ぶくらいに目を離してくれない物がたくさんありました。私の写真です。

 改めて1枚1枚見ていても、やっぱり自分の写真で。ですが、見ていて違和感に気付きました。それはそっと離れて見ると、はっきりと分かりました。


「増え、てる……」


 私の写真が増えていました。何十枚もの写真が、神棚周辺に打ち付けられていた写真は、壁が見えなくなる程に密度が増していました。


 息をすることも忘れ、その場の空気に飲まれていました。息苦しさと頭痛に苛まれながら、一枚一枚、写真を取り外しました。

 剥がすごとに息が詰まっていくようでした。それでもすべての写真を剥がし、処分する為にリュックに詰め込みました。


 この神棚自体を全部壊してしまわないと、また私が餌食になるかもしれない。そう思うと全てを粉々にしなきゃいけないのですが、次に何を壊せばいいのか悩みました。


 神棚本体を壊すのか、それとも環になった紙垂、注連縄を取り外すべきか。


 悩んだ結果、私は神棚ではなく、そのすぐ外側を囲う注連縄に手を伸ばしました。縄を留めている釘は素手では抜けないので、縄そのものを引き剥がそうと触れた時、静電気が爆ぜたようなバチッ! という大きな音と痛みで反射的に手を引っ込めました。


 赤くなった指先をもう片方の手で覆いながら、何が起きたのかと縄を見ると、どんどんと縄は黒ずんでいきました。

 縄が全部黒くなると、次に縄の外側を囲っていた紙垂が一気に燃え上がり、灰となって散っていきました。


 これで終わりかと思いました。……が、突然悲鳴が聞こえてきました。それも、何十人もの人間が一斉に声を上げたような、絶叫の大合唱でした。

 まるで地獄の底から響いてくるかのような怨嗟の声。

 耳を塞いでも頭をガンガンと殴るような音の暴力の所為で、足元がふらつきその場に倒れ込んでしまいました。


「う、うぅ……くぅ……っ」


 私が床に倒れると、絶叫はスイッチを切ったかのようにピタリと止まりました。私の耳は音を無理矢理突っ込まれたかのようで、周囲の音をしっかりと聞き取れません。


 そんな耳に何か、音が聞こえました。先程の悲鳴とは違う、別の音。耳を澄ますとそれは今横たわっている自分の真下から聞こえているようでした。


 何か硬い物をとリュックの中を探ると金属製の水筒が出てきたので、それで床を強く叩き続けると、床に四角い穴ができました。一瞬、理解できなかったのですが、恐らくノコギリで切ってから嵌めたのだ理解しました。

 穴の開いた部分を懐中電灯で照らすと、床の下に石組みの井戸がありました。ちょうど神棚の真下です。


 それが酷く気持ち悪い。何かを封印していたかのような位置の神棚を、改めて見ます。燃え上がった紙垂は一瞬で灰となって消えた為、他に燃え移りはしませんでしたが、汚れ一つなかった神棚が薄っすらと黒ずんでました。


 注連縄のようにジワジワと黒くなる神棚。しかし私はそれよりも気になっていたのは井戸でした。いつか見た映画を彷彿とさせる光景に背筋が震えます。

 けれど、その中を見ないことには帰れない。そういう考えで頭の中がいっぱいになっていた私は懐中電灯を手に身を乗り出し、床のすぐ下の井戸の中を照らしました。


「う、わ……」


 井戸の中にあったのは大量の樹脂製サンダルでした。色とりどりのサンダルが、井戸の縁に届かんばかりに詰め込まれていました。

 何でこんな場所に、これだけの量のサンダルがあるのか、まったく理解できません。


 ただ、そのサンダルを見て私は神棚に供えられていた『珊瑚』のようだと感じました。


 井戸の上の神棚。捧げられた珊瑚。井戸の中のサンダル。


「……あ」


 嫌な想像をしてしまった。私が壊した注連縄。燃え落ちた紙垂。黒ずみつつある神棚。


 もしかしてあの神棚は、私を捧げる為の儀式ではなかったのかもしれない。


 私を捧げることは変わりないかもしれないが、本当の意味は私や他の人を生贄にした異邦の神を降ろすのが目的だったのではないだろうか。


 注連縄は侵入を拒んでいた。しかしそれは八百万の神の介入を防いでいたのかもしれない。

 紙垂は神聖なものを弾いていたのかもしれない。

 二重の環の中で私を生贄に降ろされた異邦の神は、生贄である私の手で外へと放たれたのかもしれない。


 全部『かもしれない』です。本当のことは分かりません。でもあの神棚に捧げられていた私は今もまだ生きています。


 あの画像を、写真を見た頃はとても具合が悪かった私ですが、最近では調子も良くて、あの時の不調が嘘のようです。


 気になることはあります。


 異邦の神が何処に降ろされたのかは分かりません。


 そしてもう一つ。私が廃集落から戻ったことを管理人に伝えようとしたところ、ブログ自体がなくなっていました。


 管理人がどうなったのかは、一切分かりませんでした。

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