14 エルフと氷の王
「マヒロさん、王がお呼びになっています」
探索隊のみんながフェンリル討伐に向かい。今日の仕事を早めに終えたときにけむくらじゃらのラタトスクががらんどうの談話室にやってきた。
ラタトスクはラエティを一瞥したあと、彼女の下にシロガネがいることを確認して後ずさった。
そんな彼をメリイさんは感情の見えない笑みのまま眺めている。
「……メリイさん、五十鈴さんたちは」
「どの程度かは分からないですが、無事ではないでしょうね」
きっぱりとそう言い切るメリイさん。せめて逃げ切れていればいいですけれど、と彼女はこちらを見て付け加えた。
うむ……気を遣われているね。
俺はシロガネたちに目配せをし、その後に迎えに来たラタトスクに返事をする。
「わかりました、すぐに行きます」
『ボス戦来た?』
『あからさまに強そうだけど、行けるのか……?』
「戦わないよ、話をするだけ」
なにが起こってもいいように最低限の準備だけはしておくけれどさ。
◆
複数の足音が世界樹の中に響く。先頭から順に俺、シロガネ、メリイさん。俺の上に案内のラタトスクが乗り、シロガネの頭上にはラエティが座っている。
階段を降りると長い廊下にたどり着く。その先に大きな扉がどんとこちらを待ち構えていて、どこか圧迫感を覚えてしまう。
ととと、と俺の肩からラタトスクが降りていくとこちらに声をかける。
「この先が王がおわします広間です。失礼のないように」
「うん、ありがとう」
用は終えたと案内人は自分の持ち場へと戻るつもりなのか階段を素早く駆けていきその場を辞した。
俺はシロガネとラエティを見て、その後にメリイさんと顔を合わせる。
「なにがあってもいいように覚悟はしておきましょう、まひろさん」
「バウ」
「うん。いざという時は頼りにしてるよ、みんな」
深呼吸をしてゆっくりと扉を開けていく。
すると、そこに広がっていたのは血にまみれた広場の奥にたたずむ白雪の毛並みをした大きなオオカミ――フェンリルが小さく鼻を鳴らしてこちらを見つめる姿だった。
腹の奥底がわずかに震え、怯える感覚が芽生える。
直感がすぐさま「戦ってはならない」と告げているのだ。
フェンリルはこちらの思惑を知ってか知らずか愉快そうに言葉を発する。
「ふむ、近く寄れ」
「……分かりました」
いいんですか、とメリイさんが目で訊ねる。たしかに距離を詰めてしまえばいざというときに出遅れてしまう。ほんの一瞬の隙も死に繋がるほどの脅威だというのに、と彼女は言っているのだろう。
だが、距離を取ってしまえばあちらを信用していないと言っているものだ。初対面でそういうことをいうのはやめて欲しいが、実力的には相手のほうが上回っているため、わがままは通ってしまう。
心臓が早鐘を打つ。額から頬に汗が滴り、落ちる。
息を整えて、歩を進めていく。
隣のシロガネは毛を逆立てて、ラエティはシロガネの毛の中に潜り込んでいる。
メリイさんはまだ心理的に余裕がありそうだ。
俺たちはフェンリルの前に立つ。
距離にして数メートル。目の前の王の気分が変わればすぐに喰われかねない距離である。
俺たちは構えず、しかし膝はつかないでいた。
その様子を見てフェンリルはわずかに笑う。
「まあ良い。先ほどの者に比べれば及第点と言ったところか。そこの妖精姫、そう、お前だ」
お、俺?
『妖精姫って呼ばれ方初めてじゃね?』
『いわゆるハイエルフってやつ?』
『トラックじゃなくて?』
『それはエルフ!』
うるせー! 少し黙ってくれ!
「そなたの作ったシロップは実に美味であった。団体を代表して褒美をひとつ取らせよう。望みのものを言え」
ちら、とメリイさんとシロガネたちを見る。
メリイさんは「外に出るチャンスですよ!」と目で訴えかけていた。シロガネたちはいっぱいいっぱいでこちらの視線に気付かない。
こほん、と咳払いをして俺は頼み込む。
「では外へ出られるようにしてください。俺たちは次の階層に行きたくて――」
そこまで言った瞬間、フェンリルから言い様のないプレッシャーが放たれ……しかしすぐに収まった。
虎の尾を踏んだのか、フェンリルは押し黙ってしまう。
俺はおそるおそる黙り込んだ彼に話しかける。
「……フェンリル、さん?」
『さん、て』
『なんかヤバげ』
「ならん。彼奴の軍門に降ることは許さん。
フェンリルがそう言い終えると、ぐん、と俺たちの周囲が歪み――どん! となにかに弾き飛ばされる感覚。
次の瞬間には――。
ぼた、と頬や髪、そして肩のコートに大粒の雪が落ちる。
周りを見れば背後にある世界樹の――門扉、外観。それ以外は見渡す限りの雪化粧。地平線すら見えやしない。
メリイさんがしまったとばかりに歯噛みをする。
「まずいですよ、まひろさん。すぐに戦闘準備をしてください!」
俺とシロガネの感知よりも先にメリイさんがなにかに気づきせき立てる。
雪が吹き荒れるなか、うっすらと見える人影。
それらはひたすらに大きく。
「外は巨人たちが常に争っています。ですが――彼らは小さきものを見ると即座に踏み潰しに来ます、だから」
……どうやら、俺はフェンリルの虎の尾を見事に踏んでしまったらしい。
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