13 エルフ、見送る

 最近、探索隊のみんなの様子がおかしい。

 妙に浮き足立っているというか、なにかを決心したかのように張り詰めているように見える。


 隊長の五十鈴さんは何度も「約束は守るから。そろそろフェンリルとの謁見が叶うはずだよ」とこちらに伝えてくる。しかしそれはまるで自分に言い聞かせているかのようで。


 俺はコミュニケーションに疎くはあるがここまで鈍くはない。十中八九、探索隊は近いうちにフェンリルに攻撃を仕掛けるのだろう。おそらく俺の謁見をダシに使って。


 ふーん。まあいいけどさー。フェンリルを倒して貰えばここで足止めされる理由は消えるし、労せずして先に進むことができる。チームの連携はからっきしな俺が加わるよりかは勝算があるのかもしれないけどさー。


「はー……。温かいお風呂は効くなー……」


『間延びした声助かる』

『音声だけ聞こえるってのも生殺しじゃない?』


「最近ようやく動きがありそうだから配信をつけっぱなしにしているとはいえよくないか」


『ここのところずっと世界樹の中で働いているだけだったからね』


 日常配信ならそれでいいんだろうけれど、一応ダンジョンクラフト部は迷宮攻略を謳っているからね。ジャンル詐欺はいけないよ。


 満足するまで暖まったので浴槽から出て、木の壁に掛けてあるバスタオルで身体を拭く。

 水滴を取ったあとは生活魔法で作った温風で髪を乾かし、新しい服に袖を通していく。


 伸縮性に富んだセーター、ショートパンツの下には毛糸を〈クラフト〉で加工して作ったストッキング。これにスノーウルフの毛皮をなめして作ったコートと毛糸のセーターでセット完了。

 セーターだけはメリイさんの猛反発があって編み込みが縦軸になっているが、これは胸が強調されるんだな……。


 あの人、悪い人じゃないんだけどちょっと変態なんだよな。


 ちなみにチャイナ服とは違って何枚か似たものを作ってあるからローテーションも効く。パジャマになったジャージ以外は一張羅だったあの頃とは大違いである。


「おお……暑すぎず寒すぎず……」


 この服にはメリイさんが魔法で特殊な効果を付与している。それが防寒・耐暑の機能だ。これがあるおかげで常に身体にとって快適な温度を保ってくれるという、探索を続ける上では非常に頼もしい能力がつけられていた。


 なお、大体の場合においてこういったものに付与する能力というものは衝撃吸収や防刃、耐火など直接戦闘に機能するものだ。けれども俺が〈クラフト〉を使ってしまったことによってメリイさんの能力を大きく上回った防御能力を備えてしまっていた。なので今回、メリイさんはかゆいところに手が届くような補助に回ってくれたのだ。


 ちなみにメリイさんにも同じ物を作ると、彼女はこちらがビックリするくらい喜んだ。


「……どうかな?」


『可愛い』

『推せる』

『前のチャイナはエロかったけど今回はクールビューティーって感じ』

『クールではないな。言わんとすることは分かるが』


「え、俺クールじゃないの……?」


『いや……』


 嘘だろ、クール系だと思ってたの俺だけってこと……?


 そうか……俺は……。


 とぼとぼと脱衣所から出て行き、大広間に戻る途中に。

 探索隊のみんなとかち合ってしまう。それも料理や革のカーペットなどの献上品を持った、闘志を隠せていない彼らと。


 隊長の五十鈴さんと顔が合うと、彼はばつが悪そうに笑顔を作る。


「あー……。今日、フェンリルに謁見できるように話を通しておいたから、ごめんね」


「ああー……、その、はい」


 頑張ってくださいと応援することもできず、かといって俺の作ったメープルシロップなどの食料をダシに使ったことを批難することもできずにいた。ここでどちらかに振り切れたほうがよかったのかもしれないが、現実は煮え切らない返事をするばかり。


 ああ、これじゃあ向こうも分かってるんだろうな。


 一時とはいえお世話になって仲良く暮らせていた相手ではある。それに探索者なら使えるものは全部使うのが当然だ。俺が作った食材を、俺がやりたかった方法で先を越されるのだとしても文句を言えることではない。


 先手を打たれて悔しいと感じたことも事実だが、それ以上に彼らには恩義がある。

 だから、悔しさがあるにしてもここは応援したい。


 俺は言葉をひねり出すつもりでいたけれど、出すと決めたら案外すんなりとそれは出てきた。


「正直、先を越されたのは悔しいですけど……頑張ってください!」


 こちらの言葉に探索隊のみんなは目を丸くして……けれど次の瞬間にはニッと自信に満ちた顔で笑みを浮かべた。


「ありがとな! 俺たちがフェンリルに勝ったら、その時はまた外に一緒に行こう!」

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