09 エルフ、はぐれのラタトスクと出会う

 五十鈴さんたちがフェンリルとの謁見をセッティングしてくれることになったが、それはまた少し先のことになるらしい。

 なんでもやはり王様に取り次ぐというのは一大事なようで、すぐさま、というわけにはいかないようだ。


 だからそれまでは俺もメリイさんもそれぞれやれる仕事をコツコツとこなしていくしかない。シロガネはこの世界樹の中においては仕事がないのでメリイさんの話し相手が一番の仕事になっている。シロガネは暇だと訴えているが、最近は朝と寝る前にしか構ってあげられていない。


 その代わりと言ってはなんだけれども朝夕の世界樹内の散歩は全力だ。外の枝を走る時以外は全力で走っているとシロガネも負けじと追いかけてくる。

 犬にとって散歩はパトロールという意味合いが強いのだそうだが、拠点を変えざるを得ない俺に付き合っているシロガネにストレスがかかっていないかは心配である。だからというわけではないが、あいつのわがままにはなるべく付き合ってやりたい。


「月は見える土地なんだな、ここは」


『どこを再現している土地なんだろうね』

『北欧とか、東欧とかの北国っぽいけれど』


 世界樹の枝の帰路を危なげなく通っていく。まん丸の黄金色の月は手を伸ばせば届いてしまいそうで、けれどもそんなことをしてしまえば落下してしまうのは目に見えていた。

 仕事終わりで疲れているからっておかしな真似をするわけにはいかない。突拍子もない頓死をするのは疲れた大人と注意の足りない子供の得意分野だが、そこに俺は入る予定はない。


 雪も止んだ、静謐せいひつな世界をただ眺めていると、耳朶が甲高い鳴き声を拾う。


 きぃきぃ、という小さな動物のものだ。

 音の方角を探って見ると、すぐ近くの地面には腐った果実が落ちてある。上の枝から転がってきたようだ。


 ……跳べるか? 失敗したら誰も助けて……いや、いくぞ!


 俺は力を込めて跳躍し、上の枝へと飛び移る。


『うお、眼福』


 這いずり回って枝に無事に乗り移り、立ち上がる。声の方角を見れば、そこには一際小さなラタトスクが地面枝の上にうずくまっていた。見れば半ば腐っている果物に口をつけていて、その子が倒れている理由は容易に察することができた。


 そしてこのラタトスクは身体が未熟だ。木登りも食べ物を獲ることも下手だから、腐って落ちてきた果実を食べた……のかもしれない。


 内容物を戻す小さなラタトスクを見て、俺は胸にモヤモヤとしたものを抱えてしまう。


 気がついたときにはもう〈ストレージ〉の中から解毒剤を出していた。ラタトスクにはどれだけ与えればいいのか分からないため、ごく少量を削って、あの子に呑ませる。

 小さな口は一かけの丸薬の欠片を飲み込むのも一苦労で、この子がラタトスクの社会からは助けられなかったのだと思い知らされる。


 そうだよな。同族だからって助けるわけじゃないもんな。


「キュイ……」

「大丈夫。ゆっくり飲み込んで」


 〈ヴィヴィアンの祈り〉から汲んだ霊水も飲ませると、少しずつではあるが赤毛に覆われた身体が呼吸で動き始める。先ほどまでの死に体とは大違いであった。


 ラタトスクの子が薬を飲み込んで落ち着いて眠り始める。

 俺は獣医……それも魔物のことなんて分からないからどうすればいいのかなんて分からないが、とりあえずはこれで大丈夫だとは思う。


 とにかく部屋に戻って、明日から仕事に集中しない――あいたっ!


 コンッ! と頭上に果実が降ってきてぶつかってしまう。

 頭にワンバウンドののち、俺が片手でキャッチ!


「……金色のリンゴ?」


 珍しいものもあるんだな。とりあえずこれも取っておこうかな。

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