08 エルフ、実力を発揮する

 ラタトスクの商人であるレルムの覚えをよくするため、ひいてはフェンリルに謁見するために今日も今日とて仕事をする。


 ラタトスクは木の実や果実を世界樹の枝から取ってくることはできるのだが、その加工は俺たち探索者に任せっきりだ。フェンリルも加工品のほうが好みなのか、採集品がそのまま納品されることはあまりないようである。


 ところどころにある牧場で育てられている羊や牛なども、食肉として加工するものは人間の手を経ている。どういうわけかラタトスクは加工という工程を施すことができないみたいだ。


 フェンリルの元に献上されるチーズやバター、パンなども元々は探索隊のみんなが作っていたもので、〈クラフト〉を持つ俺が来てからはこちらの独壇場だ。このチートスキルのおかげで少なくともラタトスクたちの胃袋はわしづかみにできている。


「今日も吹雪いているなあ……」


 チーズ工場の扉からは雪がベタベタと勢いよく叩きつけられている音が鳴り止まない。世界樹は入り組んでおり、ここから居住空間に戻るためには外に出なくてはならないのが憂鬱だ。外は吹雪だし、枝は滑るし、外は高い。最初の一週間は滑って落ちてしまわないか戦々恐々としていたものだった。


 ヤギのミルクや牛乳を〈クラフト〉を使いながらチーズにしていく。加熱から加塩までは〈クラフト〉で楽をして、それが終われば時間経過を早めた〈ストレージ〉で超速熟成させ、一日で本格的なゴーダチーズの出来上がりってわけ。


 ……我ながら能力が地味だなあ。


 ただこのやり方のおかげで世界樹内での俺の立ち位置というのも良くなってきている。暴力でなんでも解決できるってのもいいかもしれないが、俺はダンジョン内でも準備と補給を行えるこのやり方のほうが合っているみたいだ。


 今日の分の仕込みを終えて、工場の備え付けの椅子でゆっくりとしていたところ。

 ゴウン、と大きく重いなにかが世界樹にぶつかってこちらまで揺れる感覚に襲われる。


 すわ敵襲かと扉を開けて雪原を見渡すも猛吹雪のせいでなにも見えず。ただこのことは覚えておいたほうがいいのかもしれない。


 何事もないと片付けるには不穏な場面。今日の仕事は午前中に終わらせたからあとはなにをして暇を潰そうか……と椅子に戻ろうとした時に、とんとん、と階下の枝から誰かが昇ってくる音が聞こえてきた。


「あ、いたいた、まひろちゃん。お昼こっち手伝えない? イイモノあげるからさ?」


『イイモノ……?』


「イイモノ……?」


 なんだそれ、気になるな……。

 五十鈴さんの探索隊のメンバーの人に邪気なく誘われ、仕事も終わったこともありホイホイとついて行ってしまったのであった。



 木の幹の中に管を通して、そこから樹液を採取している。樹液からは甘い香りがぷんぷんと漂っていて、これに近い香りをどこかでかいだ覚えがあった。


「これは……?」


「メープル……じゃないけどシロップさ。こいつの水分を上手く飛ばしてやるととんでもなく甘いシロップになるんだ」


 もはやなんでもアリだな、世界樹は。そもそも一つの木に種が違う果実が成っているところからしてとんでも生成物だったか。

 舐めてみな、と言われたので管から出ている樹液をすくってなめてみる。


 ……!


 これは、いいな……!


 口の中に芳醇な甘さが広がっていく……!

 もう一口……駄目ですか。あ、はい……。


『眼福眼福』

『今日の切り抜きのサムネ決まったな』


「美味しそうに食べるねえ、まひろちゃん。で、ここからが仕事なんだけれど、まひろちゃんはシロップの回収を頼みます。ただここは害虫やら害獣が蜜を求めてくるから、来たら追い返してね」


「了解です」


 言ったそばから鹿が入り込んでくるのでデコピンで頭を揺らして気絶させていく。〈エンハンス〉は感知にも有効なのか、マンモス大学のキャンパス並に広い広間であっても、以前よりも生き物の動きを察知することができる。動きに関しては言うまでもなく向上していて、単純な戦闘能力だけで言えば第一階層の頃とは比べものにならないように思える。


 鹿やら巨大な虫の幼虫やらを別の場所に動かしていくこと数時間、何事もなくシロップ採取の仕事は終えることができた。

 

 宿泊所に戻り、試しに〈クラフト〉でシロップを精製してみたところ、探索者のみんなは目の色を変えてなにかを話し始める。


 しばらく待っていると、五十鈴さんがこちらにやってきて、一言。


「今度、フェンリルに謁見してみないか?」


 お、おう……?

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