07 エルフ、成長する
この階層は北方を模しているのか、日が照っている時間は短い。曇りの日ともっと曇っている日、それから太陽の光がまったく見えない日、だいたいこの三つの天気で構成されている。
探索隊が持ち込んできたUVフラッシュライトの光に当たって擬似的な日光浴としゃれ込みながら、大広間に併設されているキッチンで朝食の支度をしていた。
といっても起きているのは俺だけだ。シロガネとメリイさん、および本隊――五十鈴さんたちの探索隊はまだ眠っている。
それに普段であればまだ俺も寝ている時間だ。
じゃあなんで起きているのか。それは虫の知らせがあったからだ。
『朝からお肉か……』
「うん、ちょっとね。〈トリニティ〉に変化があったみたいでさ」
何もない空間から〈ストレージ〉で取り出したのは鹿肉を二切れ。香りは……よく分からないな。
とりあえず下味をつけてサッとフライパンで焼いてみる。すると片方のお肉からは異様に良い香りが漂ってくるので、起きたばかりだというのにお肉の気分になってきてしまう。
上階で眠っているシロガネに香りが届いたのか、トトト、と軽快にこちらにやってくる足音まで聞こえてくる。
『……ニンニク、じゃないよね?』
「ニンニクだったらシロガネは起きないからね。スノーウルフを倒した経験からか、レガリアにも変化があってね。〈ストレージ〉には時間の変化がつけられるようになったみたいだよ。このお肉は時間を早めた〈ストレージ〉内部で熟成させてみたんだけれど、無事成功ってところだね」
『QOLが高まるね』
「素人には味噌とか醤油は作れないけれど、〈クラフト〉があれば作れちゃうからね。材料さえあれば……お酒も造れちゃうことになるな」
酒造法に違反してしまうから地上には持ち帰ることはできないけれど。
でも……迷宮内で消費してしまう分には問題ないよね!?
鎌首をもたげる煩悩。迷宮に入って二ヶ月ほど、完全なオフの日というものを作ることができていないためこういった欲求は日々大きくなっていくんだよね……。
などと気を取られていると、とっとっと、とできるだけ足音を立てずにシロガネがこちらにすり寄ってきた。良い香りがするお肉が気になるのか、早く寄越せと彼の両目がこちらに訴えかけてきていた。
「……半分こな」
「クゥン……」
「そんな目をしても駄目。……まだ焼いてあげるから」
追加を告げるとシロガネはあからさまに尻尾を振って喜んで見せる。ミディアムレアに焼けた鹿肉を半分に切って皿に取り分けてやると、シロガネは運動部の高校生男子のように中身をペロリと平らげてしまう。よほどご飯が美味しかったのか、彼は尻尾をパタパタと振ってこの喜びようである。
「いまのは〈ストレージ〉の一部の時間を早くしてお肉を熟成させたんだ。空間内は遅くも早くもできるし、止めたりもできる。代価として魔力を払う必要はあるけれど、保存のことを考えたらお得だね」
『凄い……けど』
『地味……』
地味って言うなよ。もうちょっと縁の下の力持ちとか良いように言い換えてくれよ。
いや、地味だけどさ!
〈トリニティ〉は三位一体のスキルだ。そのため、スキルが成長するときはみっつまとめて……だと思う。
〈エンハンス〉は出力が上がったのと、物品に対して効果の付与が可能になった。このダマクラカス鋼のフライパンには〈焦げ付き防止〉と〈硬度強化〉の付与をしてみたところ、鍋の裏がつるつるのピカピカに。
しかし〈クラフト〉に関してはまだよく分かっていない。俺の勘ではもっとなにかが出来そうだけれど、なにができるかはまだ分かっていない。現状、俺はこの技能を持て余しているということだけは分かっている。
「わあ、良い香り……。あら、まひろさん、早いですね。今日からお仕事だから張り切ってるんですか?」
「そんなことはないですよ、メリイさん。〈レガリア〉が成長したみたいなのでその検証をしていたんです」
しばらくしてメリイさんが上階から降りてくると、こちらのフライパンから漂ってくる香りを感じ取り、首をかしげる。
「……ジビエ料理で?」
「その話は食べながらでもどうです?」
「ええ、ぜひ」
『意外と肉食系なんだな……』
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