02 エルフ、煽られる

 腰が抜けたまま柊……メリイさんに安全な場所まで運んで貰って一息つく。地面――といっても木の幹の上だ――に下ろして貰った直後にまだ腰砕けになってへろへろと座ってしまうと、メリイさんは珍しいものを見るかのように目をらんらんと輝かせている。


「まひろさんは本当に高いところが苦手なんですね」


「…………笑えッ!」


『姫騎士ムーブキタコレ』

『歯噛みしててガチ屈辱感じてるじゃん』


 ぐぬぬ、この醜態はさすがに言いつくろうこともできぬ……!


 だがそれよりも大事なことがある。まだ自由にならない下半身は放っておいて、上体……頭を下ろして一言。


「ありがとうございます。偉そうなこと言った割には自分の方が助けて貰わないと頓死してしまうところでした」


「いいえ、あなたを助けられたのもブランク分を取り戻せって言われたからだしね。おあいこってことで」


 たおやかに笑って流すメリイさん。黒髪の妖狐である彼女は、どうやら尻尾の部分だけは着ているローブも穴を空けている模様である。物珍しさにジッと見つめていると、メリイさんはきゃーと身体をよじった。


 ……なんだかやりづらいなあ。


「ところでどうして階層の境界付近に?」


 深くを目指すのであれば世界樹を降り、雪原を進んだ先にある山に昇っている火柱を目指すだろう。おそらくあそこが封印されている階下への進入口だ。


 そのことを理解しているのだろう。メリイさんは眉尻を下げて肩を落とす。


「世界樹から出られないのよ」


「……なるほど」


 つまり、いつものボスが存在するというわけか。


 メリイさんはこうも続ける。

 

「わたしはリハビリ目的だからいままでは問題なかったのだけれど、他の探索者さんは『どう交渉するか』って話をしててねー」


 ……え?

 交渉……?


 ダンジョンのボスに、交渉を持ちかける?


「この世界樹にはね、人語を解するフェンリルが王として君臨しているのよ」



 シロガネに乗ってゆっくりとメリイさんに先導されていった先、広間に通される。

 探索者が施したであろう耐火のまじないは部屋全体にあり、ここで生活するためのものと思われた。たしかに魔法の刻印を施さなければ調理で火を使おうものなら一発で火事が起きるもんな。見たところこの術式も継ぎ足しを繰り返して使っているもののようである。


 木を磨いた大きなテーブルでひとり息をついている探索者の男のひとが、こちらに気付くと会釈をする。


「柊さん、どこ行ってたんだい? あれ、この子どこかで見かけた覚えが……」


「どうも、はじめまして。真史まふみまひろです。クランもグループも無所属、ソロのA++プラツー、元錬金術師です」


 この自己紹介でなにか納得したのか、彼はぽんと手を叩いて声を上げる。


「ああ、ダンジョンクラフト部のね! 俺も……ああ、俺、五十鈴いすずね。俺も第二階層に再アタックするまでは配信見てたよー。シロガネ君、こんな黒かったっけ?」


 おおう、結構攻めてくるな。残念ながら俺にはひな壇芸人をさばけるようなトークスキルは持ってないぞ!


「シロガネは急成長するたびに黒毛が増えていって、今ぐらいになってその成長と黒毛増加も止まりました。……再アタックってことは、この辺に?」


 アレがあるのか。アレがあるダンジョンって結構珍しいんだけれど、冥境には存在するんだなー。

 ただ惜しむらくは俺にはほぼ関係ないことだな……。


 探索者の五十鈴さんはちょっと軽そうなノリで近寄ってきて「やっぱり気になる~?」と肩をタッチしようとしてきたが、メリイさんが目にもとまらぬ速さで彼の手をはたき落とした。


 すみません、すみません、と謝る声は本気そのものである。


「……ここだけの話でもないんだけれどさ、冥境めいきょうのアレって制限が厳しいのよね。だから養殖・・とかは無理ってことは先に言っておくよ。……まあまひろちゃんには関係ないんだけどさ」


「……そうっすね。俺、ダンジョンから帰るときは女神をシバいたあとなんで」


『早くシバきにおいで』

『女神様フッ軽すぎひん?』

『言葉も大分おかしいよ』


 じゃあかしいわ!

 元凶がしゃあしゃあと! ムキー!


「まひろさん、どうしたんですか!?」


「め、女神が煽ってきた……!」


「まひろちゃん、柊さん、こんなノリノリな神様って自分見たことないスよ」


 悔しすぎて地団駄を踏みそうになる。土産を持っていくって発言はナシにしていいですか! しますよ! したわ!

 いや、クールになれ真史まひろ……。怒りは自分を見失わせる。孤独は周りが見えなくなっているが、怒りは自分が見えなくなっている状態なのだ。だからこの状態を受け入れ……シロガネを……撫でる……!


「ワン……」


 なんでいま俺を撫でた……? と言いたげではあるが許せシロガネ。お前のご主人は癒やしが必要だったのだ。メリイさんはなんだか恍惚としているが気にしてはいけない。


 いや、気にしないといけないターンだったわ。


「メリイさん、スマホのID共有できます? グシオンでのパーティ登録で、コメント見られるようになりますから」


 この発言を予想だにしなかったのか、メリイさんは目を見開いたあとに無言で何度も頷いて見せた。

 ……怖い。


 魔力充電、ソーラー充電など様々な機能がついたお互いのスマートフォンを近づけて配信サイト・グシオンでのパーティ登録を済ませる。

 こうすることでメリイさんも流れてくるコメントがスマホを見なくても閲覧できるようになったってわけだ。


 ピロン、と一際目立ったコメント――スパチャが流れてくる。


『お友達もご一緒に連れてきてくださいね』


「ああ! まひろさん! グーは駄目です! チョキも! だからってパーも!」


 最初はグー!

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