EP2.炎と氷のユグドラシル
第一節
01 エルフ、世界樹の攻略に取りかかる
「ハローグシオン! ダンジョンクラフト部のまひろです。ようやく冥境攻略も第二層に取りかかれます!」
『長かったなあ』
『ソロで踏破は史上初なのよ』
『潜っている時間も史上最長だね』
俺、
そんなわけで人類が再び神話の時代に突入した結果生まれたもの、その中でも人跡未踏の最難関ダンジョン・冥境をひとりで潜っていたところだ。
第一階層では両親を失い、群れを奪われたオオカミの子、『シロガネ』を拾うことになった。……そのせいで一悶着あったが無事にシロガネの両親の仇を討つこともできたし、彼は群れになにかを残せたようである。
「外は極寒だけれども、中は案外暖かい……いや、寒くないね」
『そらそんな格好してたら寒いよ』
『熱い手のひら返し』
女神の強い意向とトラブルにより、俺はいまチャイナ服のようにスリットのあるローブを着ている。魔法的な防護によってふんわりと快適な温度に保ってくれているのだけれども、外はそれを上回る寒さを誇るようだ。
……これが中身まともな女の人だったらなにがあっても着なかっただろうな。
コスプレ趣味があるなら着るかもしれないかな?
世界樹の幹の中は野放図に動物が暮らしている。外に繋がる枝の葉を食べる鹿から木の実を取るリス、果てはヤギや羊まで野生のまま存在していた。不思議なことに肉食獣の姿が見えないが、そこは好都合というものだ。
草食獣と言っても冥境の生き物。生半可な探索者が小突いたりしようものなら動物の頭突き一発で人間は死にかねない。ああ無情。
さすがにそのレベルの人はここに来ることは出来ないだろうけれど……。
「バウ」
シロガネが「狩りに行ってもいい?」と聞いてくる。序盤の足固めは大事だ。戦力を分散させずにしっかりと探索をして安全圏を確保したほうがいいのだろうが――。
木目がくっきりと見える広い広い木の幹の中。自分たちが狩られるだなんてことを一片も考えずにのほほんと暮らしている野生動物たちを眺めていると、なんだかシロガネに厳しく言う気も削がれていく。
「……いつもより小さい範囲でだぞ」
「ワン!」
話せるぅ! と気分を良くしてシロガネは駆けていった。
いいのかなあ……。なんだか気勢が削がれて行っている気がするよ……。
「俺は外にある枝からなにか獲れないか見てみます」
『おれさっき足竦んじゃったから音声だけに切り替えるわ……』
『高所はね……人を選ぶよね……』
わかるー。
世界樹の、壁が抜けている場所から太い枝を伝っていく。枝といっても屋久杉の幹くらいあるんじゃないんだろうかと思わせるほど太いので、世界樹の大きさはもう想像を絶するものだろう。
うねっている黄葉の枝葉にはナッツ類からリンゴ、ブドウ、レモンなどなどとカテゴリーが違う果実が同時に実っていた。
「うーん……さすがになんでもアリすぎるな。でもなんでもアリなら空想上のフルーツがあっても……」
赤色に熟れたリンゴに手を伸ばそうとするも届かない。つい下を見てしまった瞬間に、遙か下方の枝が見えて――一瞬にして肝が冷えた。
ぺたん、と腰を抜かして座り込んでしまう。
「…………無理」
『……高所恐怖症?』
『え、マジで?』
『この先生きのこれるのか』
『きのこれ』
「うるさーい! 苦手だよ! 苦手なものは苦手だよ! 子供の頃にブランコで空中を飛んで以来、高いところが、む、無理……」
しなしなと気力がしぼんでしまう。駄目だ、怖いものはどうしたって怖い。
パルクール配信で高いところから飛び降りるやつとか見ると夜は目がギンギンに冴えて眠れなかったのを思い出す!
「こ、この階層はいつになく強敵だな……」
『これがダンジョンの悪意ってやつですか』
『そうともさ』
『そうかな?』
お、落ち着け。俺はひとり……いや、シロガネと一緒に最難関ダンジョンの冥境、その第一階層を補給なしで潜りきったんだ! こんな、こんなただ高いだけの高所に……!
「ひぃいい!!?」
『これがスノーウルフを倒した猛者なんだよなあ』
『悲鳴助かる』
『三時方向から鹿が突っ込んできてるの危なくない?』
コメントを受けてその方角を見ると、たしかに興奮した鹿が角を突きつけてこちらに突進してきている。
は、反撃をしないと! いや、せめて回避……いや、回避……できる!? そもそも腰が抜けて動けないよー!
「ひぃいいいいやぁあああ!!」
もうなんか出てる。涙かなにか出てる。
俺の探索者生活、ここで終了?
「――バウバウ!」
後方から聞き慣れた
だがあいつも突進してきているし、そうなるとぶつかってしまう!
「シロガネぇ~!」
恥も外聞もなく叫ぶ。砕けた腰はいまだに回復せず、近づきつつある鹿との衝突は免れそうにない。
シロガネにできることも近寄って噛みつくか、爪で遠ざけるか。あとは遠吠えくらいだが興奮した相手に効くのか? でもシロガネはそれを選択していない!
あまりにも間抜けな絶体絶命の危機に――シロガネが思いもよらぬ救世主を連れてきていることにようやく気がついたのだ。
「――伏せてください」
笛のような高く優しい声。
フッ――と風が奔る。
その直後に鹿は首を分かたれて絶命した。
その人はシロガネから降りるとこちらに歩み寄り、俺の目元の涙をハンカチで拭った。
「お久しぶりです、まひろさん。今度こそ貴方の助けになるべく駆けつけましたよ」
……あ、はい。
負けです……。俺が完璧に驕ってました……。
探索者ギルドの協会院、
かつて第一階層で会った時はブランクによる能力減衰が大きかった彼女は、全盛期の力を取り戻して俺の前に再び現れた。
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