エピローグ エルフとシロガネ、二人旅
「ハローグシオン、ダンジョンクラフト部のまひろです。今日はようやく第二階層にたどり着いたんですが……」
『やばい』
『足竦んだわ』
視聴者にも見えるようにカメラを外に向ける。
画面に広がるのは真下に広がる大雪原とそこを闊歩する巨人たち。ギラついた太陽は、しかしちっとも寒さを和らげてくれることはない。少し遠くから映すと、東京タワーのように巨大な樹木――世界樹の枝の上を俺たちが歩いていることが分かるだろう。
「もうね! 足がガクガクですよ! どうにも基本的には樹の中を探索してみたいなのでつるっと転落死することは……まあないかもですが」
『シロガネの毛が逆立ってるじゃん』
『怖がってて草』
「バウバウ……」
無理言うなよ……と言わんばかりのシロガネの表情である。スノーウルフとの戦いの最中、たしかに聞こえたシロガネの声は聞こえなくなっている。あれは俺の幻聴なのか、それとも……。
どうやらシロガネは巨大化はできても小さくなることはできないらしく、すっかり大きくなってしまった身体を持て余しながらゆっくりとこちらについてきている。
「今回もねー、拠点を作って攻略していくつもりですけれど……この寒さをどうしのいでいくかなー」
『シロガネ君にくっついて暮らし続けるとか?』
「それは生活できないから却下」
「ウー……」
残念そうにしても駄目。なんだよー、仲間の前ではかっこつけても甘えん坊だなー。
尻尾をばたんばたんと地面に叩きつけて不満を表しているがそれに気付かないフリをすると、シロガネは拗ねようとして……ここがとてつもない高所なのを思い出してとっさにやめる。
『樹の中は寒くないらしいから探索者たちはそこで寒さをしのいでいるらしいよ』
「そいつはいいことを聞いた。どっちにしろ雪原に出ないと寒さは関係ないみたいだね」
それと――とついでのようにリスナーからとんでもない話がとびだしてくる。
『探索者ギルドが第一階層の攻略を開始したって。まひろちゃんの拠点を使って』
あー……。マジか。話は来てたからうっすら分かっていたけれど、本気でやるつもりなんだな。
ここの『マジか』は、柊さんが本当にギルドの人だったんだ……の意味である。変な人だったからね……。
なんでも俺の拠点がとても優秀らしく、維持管理さえできれば以前とは比べものにならないほどの成果を上げられそうなのだ。冥境の厳しさを拠点の持つ強さで乗り越えようとしているらしい。
その調査隊に成金先輩が居るという噂もある。ちなみに十神君は有名人らしいのですぐに参加していることを特定されていたらしい。有名人になるって大変だねー。
また、ホワイトウルフの変種とみられる個体――灰色の毛のもの――が第一階層で群れを率いているのだとか。群れは探索者たちに害を為すどころかむしろつかず離れずで助けている模様。
「シロガネ、お前なにか心当たりないか?」
「バウ」
相変わらずシロガネは人の言葉を喋らない。だが言っていることはなんとなく分かる。
シロガネ曰く『自分の血を与えた』のだそうだ。
血の契約を結ぶことで制約と引き換えに群れを守れるだけの力をシロガネから引き出していると。そしてその力はシロガネが力をつければつけるほど、増していくもの……らしい。
どうしてそういった芸当ができるようになったか。
理由は『俺と契約を結んだため』、『スノーウルフの肉を食べたため』、この二つ……らしい。
すごいなー、なんだか知らないうちにいろんなことが出来るようになっていっているじゃないか。
契約って、俺がシロガネを拾った時に『守ってやるから人を害したときは斬るぞ』って言ったことがそれに当たるのか……?
「正直、こんなことになるとは思ってなかったなー……」
『すっかり時のひとというか渦中のひとというか』
以前の俺に現状を教えるとめまいで倒れてしまいそうな情報量だな。
地平線の向こうで輝くギラついた太陽に手をかざして見やる。
広がる大雪原。太陽に向かって火柱が立ち上っていて、もはや迷宮というより異世界である。
勘だけれど……次の階層は向こうだな。
胸に手を当てて第二階層に至るまでを思い出す。
勝手に女にされて、女神に文句を言うためにダンジョンに潜るはめになった。だけど、それでもこんな今も悪いものではない。
「……土産くらいは持って行ってやるよ」
ぽつりと虚空につぶやき、世界樹の枝を進み始める。
『ええ、待っていますよ――』
慈しみに満ちあふれた女神の声は聞こえることはなく。
ただここより深い場所で待つだけだ――。
EP1.木霊の踊り場 了
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