39 襲来

 とん、とん、とシロガネが鼻先でこちらをつつく。


「ワン」


 ついに来たぞ、と彼は冷静に告げた。

 俺は寝ぼけ眼を生活魔法で作った水を被って覚まし、即座に覚醒させる。

 ここ最近は探索用のチャイナローブで寝起きをしていたので着替えは問題ない。拠点の鎧戸はワイバーンの革やらで補強しているし、使わないところは普段から閉じている。それらを足早に確認しに行き、問題がないことを確認して玄関の門扉を閉ざした。


 オオカミ――スノーウルフの雄叫びと共に強風と氷雪が吹き荒れる。だが、これしきのブレスで崩れるようなヤワな造りをこの家はしていないんだ、悪いね。さすがにワイバーンの革で補強した鎧戸は氷が刺さるなどしているが、それでも保ってくれている。


 数分に及ぶ凍てつく呼吸ののち、俺は玄関のかんぬきを外して外に出る。当然、外にはホワイトウルフたちが待ち構えているので、そこはシロガネに一喝してもらい数秒稼ぐ。


 その数秒さえあればさらにもう数秒稼げる。

 〈ストレージ〉で即座に煙玉を取り出す。右手には鎮静剤を混ぜ込んだものを複数。そして左手にはニンニクを混ぜ込んだもの。俺の得意技の一つに、おおよそどんな体勢からでも、どちらの手からでも高速で正確に狙った場所に物を投げられるというものがある。


 煙玉に生活魔法で着火をしながら――投擲!

 鎮静剤入りのものはホワイトウルフたちに散らばるように、ニンニク入りのものはブレスを終えたばかりで大口を開けているスノーウルフに向けて!


 悶え苦しむスノーウルフをよそに、シロガネが仲間たちに吠えて正気を取り戻させる。

 ホワイトウルフたちのガラスのような眼はうつろで、鎮静剤のおかげでようやくシロガネのことを認識できたのだろう。彼らはシロガネの後ろに並んで徒党を組もうとするが、スノーウルフが吠えてそれを許さない。またわずかにホワイトウルフたちの隊列が乱れた。


 俺はシロガネに〈エンハンス〉を施し、声をかける。


「シロガネ、吠えろ!」


 ルロオオン、と月を衝くように吠えるシロガネ。スノーウルフとの雄叫びの合戦。冷気、氷塊の乱舞を伴うブレスを吐くスノーウルフと、徐々にではあるが仲間たちも加わって威力を伴う遠吠えをするようになってきたシロガネたちホワイトウルフ。


 俺はホワイトウルフたちが死なないように強化をかけつつ、魔法爆弾を発動させて投擲。しかし敵はブレスを強めるだけで爆弾が放つ炎の渦を無に還してしまう。


 ……それでいい。一撃で倒そうと思えば倒せるだろう。だがそれは自分以外の全てを捨てての勝利だ。その先に納得はない。

 だから今回はスノーウルフはとにかく消耗させてから削りきる!


 爆弾をとにかく投げてスノーウルフの気勢を削っていく体勢に入る。こいつら結構威力が強いもののはずなんだけれども、簡単にいなしてくれるなあ。


 じれて〈エンハンス〉をさらに追加しようと思っていたところ、スノーウルフのブレスが突如として止まる。負荷をかけすぎたのか口と鼻から赤黒い血液がこぼれ落ちてきていた。


 俺がシロガネを見ると、彼は意を得たりとばかりに吼える。その意味は「固まって逃げろ」だ。声を聴いたホワイトウルフたちは戸惑いながらも指示通りに遠くへと逃げ去っていく。


「シロガネ、よく落ち着いて行動できたな」

「バウ」


 舐めるなよ? と得意げなシロガネ。だが彼は決して慢心などはしていない。彼の目線は常に前方にいる憎きスノーウルフに注がれているからだ。シロガネはいつでも飛びかかれるように、しかしこちらの目線を気にしながら集中力を高めている。


「……いいか、死なずに倒すぞ。この程度の敵、俺たちなら朝飯前ってところを見せてやろう」

「ワウワウ!」

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