40 スノーホワイト

 初手はなにもない空間から〈ストレージ〉で煙玉を取り出して投げた俺。スノーウルフは煙幕の中に入れられると硬直――だがこいつが嫌がる臭いがないことを知った直後に、左右から俺とシロガネの攻撃が繰り広げられる。


 スノーウルフは俺の攻撃に対して氷の壁を出現させることで守り、しかしシロガネの爪は自身の顔であっても受けた。こいつの中では俺の攻撃とシロガネの攻撃では、俺のものの方が脅威度が高いと嗅ぎ取ったのだろう。


 そこまで俺の攻撃を警戒されるとなると、攻略の方法は限定されてくる。いつか十神とがみ君が暴れ猩々しょうじょうを倒した時のように、俺が嫌な位置をとり続けることでシロガネの攻撃を通し続けるのだ。俺への意識を割かせ続け、少しでも気が緩めば即座に刈り取れるように。


「シロガネっ、俺が合わせる!」


 この一言とアイコンタクトだけでシロガネは意図を理解したのか、自分が主体となって攻め始める。そうして出来た時間的な隙間が、スノーウルフの死角へと潜り込もうとする行為に繋がる。


 当然ながらスノーウルフはそれを許すわけがない。細かな視界確保とステップによる向きの変更で簡単には狩られまいとする。しかしその行動こそが俺たちの狙いだ。スノーウルフが大きな損失を逃すまいと細かく手数を消費することで、俺たちは長期戦覚悟でゆっくりと傷をつけにいくことができるからだ。


 ここまでくるともう戦いというよりは狩りと言っていいだろう。


 木霊の踊り場に来てから二ヶ月半ほど。シロガネを拾ってから二ヶ月ほど。その間にしてきたことが実を結んでいるのがよく分かる。シロガネに教え込んだ狩りのやり方がちゃんと彼の中に芽吹いている、それが確信できた連携だ。


 ワンサイドゲームになりつつある中、スノーウルフの様子が急変する。ぶるり、と身震いした直後に氷の鎧を纏ったのだ。さらにはいくつもの鋭いつららが空中に浮かび、こちら二人を狙撃するようになった。


 絶え間なくつららを射出してくるため、先ほどまでの一撃で刈り取るための位置取りが出来なくなってきている。

 しかし、これは俺たちにとってはようやく直に見せたスノーウルフの底でもあるわけだ。


「シロガネ、ここを乗り切れば俺たちの勝ちが見えてくる!」


 敵が二対一に追い込まれた時に即座にこれを使わなかったのは、相手にとってこれが消耗が激しい攻撃だからだろう。となれば、これはそう長く続けられるものではなさそうだ。


 ここで敵に食いかかっているシロガネを見やる。巨大化の力を膂力の強化に回して、相手の氷の鎧を何度も噛み、叩きつけて砕いているが、未だに決定打に至る様子はない。それどころかシロガネのほうが体力を消耗しているように見える。


 ……長期戦はできない。やるならどこかでシロガネを下げなければいけないが、その隙に逃げられるかもしれない。だが、巣は把握しているため逃げ込むのは構わない。問題は勝てばいいわけではないこと。……完璧に、勝つことだ。逃げる際に拾い食いのようにホワイトウルフをつまみ食いされては敵わない。シロガネの戦線離脱で追いかける足が遅れるのは願い下げだ。



「……いけるか?」


 剣術スキルである〈スラッシュ〉を昇華させた飛ぶ斬撃、〈薄明はくめい〉〉を放つべく溜めを作る。


「グルル――!」


 こちらが明確に隙を見せた直後にスノーウルフの意識が向く。大木ほどのつららをスノーウルフの上から射出。俺は大上段に振りかぶり――思い切り魔力を込めた斬撃を放つ!


 子供の悲鳴のような金属のちぎれる音のような激しい不協和音が鳴り響き、目の前が光に呑まれていく。ありったけを使って、もう一振りを出そうとして……魔力の欠乏である震えが少しだけ身体に表れ始める。くそっ、戦闘中に……!

 魔力の斬撃はスノーウルフの乾坤一擲ぜんりょくを跳ね返すほどではなく、壊れかけた氷塊として目の前に鎮座するだけであった。


 もう一振り、敵を探し出し〈薄明〉を放とうとした瞬間――ひび割れていた氷塊が砕けた。血まみれでもはや雪の色などどこにもありはしないスノーウルフが目の前からこちらに飛び込んできて、とっさにそれを小剣を持った右手で顔をかばう。


 スノーウルフの口は大きい。飲み込もうと思えば頭なんかすっぽりと入ってしまうだろう。


 〈エンハンス〉はー……魔力欠乏だったな。でもあのつららをやりすごすにはこうするしかなかったしなー。

 でもそもそもスノーウルフをこの状態にして戦うってのは俺のやり方じゃなかったんだよな。俺はもっと、弱い状態の敵と戦って、小さな勝利を拾っていくタイプの探索者で……。こんなホワイトウルフたちのことを考えるような人間じゃなかったんだよな……。


 ……ここで終わりかもしれないけれど、まあ、案外悪くないかもしれないな。


「ご主人! ぼーっとするな!」


 黒い体毛のオオカミが、シロガネが寸でのところで俺を突き飛ばした。

 あいつの、声だった。


 このままではいけない。冷静になっても打てる手は少ない。

 指に設定した〈ストレージ〉のトリガーを引く。


 生活魔法で着火する。


 ニンニク入りの煙玉を。


「喰らえ――!」


 大口を開けたスノーウルフに煙玉は簡単に放り込まれていく。

 即座に悶絶する敵に、シロガネは今日一番の力で噛みつき――仇を取ったと天の月に吼えた。

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