34 エルフ、コンクリートの家を作る
「ふう……ふう……」
モルタルを混ぜる作業を何時間も繰り返していると、腕が棒になったかのうように感じられる。探索者の超人的な肉体と〈エンハンス〉による強化があってもこれなので普通の人はこんなことをやれないだろう。
『これ人間がやれる作業なんだ』
『人間コンクリートミキサー車だ』
「うるさいなあ。こういう時はキンキンに冷えたビールを飲みたいんだけれど……」
『土木エルフだ』
迷宮まで届ける通販サイトでビールを頼むとなると、このチャンネルがどれだけ儲かっていようとも瞬時に底をついてしまう。さすが悪魔、ダンジョンでは嗜好品の類いが欲しくなることをきちんと読んでやがる。
すでに家の建築に必要な基礎部分の準備は整っている。ほぼ徹夜で三日間、働きづめなので脳みそが化学反応を起こして変化しているかもしれない。お酒は高いのにエナジードリンクは安いのが憎いよぉ!
『猿でも分かるモルタル建築!ベーシック』というレシピで作れる建物を作る予定だ。建築はまったくかじっていないため不安な面が多々あるが、それでも乗り越えなければならない時が人間にはあるんだ。大丈夫、このレシピは定年退職を迎えた人が作っても十分にできたってレビューがたくさんいいねを押されていたんだ、きっと俺だっていける!
「生コンはレシピの要求通りに作ったので、後は〈クラフト〉で完成品にしていきます」
『レンガの家の時にそれやって魔力欠乏起こさなかった?』
ふふん、そのツッコミは想定済みだ。
「魔力欠乏に備えてヴィヴィアンの霊水で魔力を補っておき、また〈クラフト〉も段階を分けてします。そうすれば少なくとも魔力欠乏で失神することはない! ……はず!」
霊水で魔力を補給。後に〈クラフト〉で基礎を固める――。とんでもなく魔力が持って行かれる感覚はあったが、意識までとはいかなかった。
当然と言えば当然だが〈クラフト〉は作るものの量、そして質によって消耗する魔力が変わる。あまりに大きな建物を一気に作るとなるといくら魔力が高くても厳しいのだろうなあ。
それを五回ほどに分けて……日にちにして三日ほどかけて作業した結果、コンクリート製の家が完成した。幸運にも作業中に雨が降ることはなかったので耐久性などが減じるどころか使い物にならなくなることがなかったのでよかった。
整地も含めるとおおよそ一週間ほど働いていたわけか。
壊れた柵と接着剤で扉を造り、必要な場所に設置していく。中は結構広く、かまどや寝室、談話室など生活に必要なものは一通り揃えてある。本当は電気があれば給湯や料理も簡単に済むようになるのだが、そこまで言うのは贅沢だろう。
……でも談話室ってひとりだと要らないんだよねー。
レシピ本にある通りに作ったからできたんだけど。
「ぼっちに談話室は……要らないよね」
「ワウ」
おれとお話しよ? とシロガネがキラキラとした目を向けてくる。お前は良い奴だなー。
『でも今度の迎撃が上手くいけばここは他の探索者パーティが使い始めるから、無駄じゃなくなるよ』
『そっか。まひろちゃんの拠点が人類にとって攻略のきざはしになることだってあるのか』
「光栄なような、ならもうちょっと俺を支援して欲しいような……」
『国の支援すべきなんたら候補者リストにまひろちゃんも入ってるよ。だから
『でもそもそもまひろちゃんがギルドランク詐称してるのが悪いんだゾ』
『それは……そう!』
「わーかーりーまーしーたー! 地上に戻ったらきちんと査定受けます!」
詐称ではないから! ちょっと手を抜いているだけだから!
そこ大事だからね!
しかし……
「そうかー、俺が拠点を作ってしまえば国も大手を振って調査できるようになるのかもしれないのか」
『そのリストに入れるように推薦していた人たちはそこを強調していたよ』
『たしかに実質調査できていなかったダンジョンにメスを入れられるようになるってのは大きな進歩だもんな』
『日本初どころか世界初じゃね?』
『個人で潜っているのはいるけれど、企業や国家が調査できるようになるのは初めてだね』
「へー。……あー、じゃあもしかしてメーラーに届いてる迷惑メッセージって」
『削除してたんか!』
『祠を壊したんか!』
『国からのメールを迷惑メールと勘違いして削除するバカタレ』
「いや仕方ないでしょ! 普通、国が電子メールでこっちの所在を確認する!? 確認せずに消した俺は悪くない!」
『再び
『ここがインターネットエクスプロージョンですか』
『クソボケ庁とクソボケエルフが交わる時、物語は始まる――』
キエー! ゆ、許せねえよ……! 煽りやがって……!
『そういえばさ、メールで送ってきたのって探索者ギルドが冥境第一層の立ち入りを期間中禁止したことが原因じゃない?」
「え、なにそれ」
成金先輩からのコメントに落ち着きを取り戻す。その原因とやらを思索し、あごに指を当てしまう。
『ホワイトウルフの群れをスノーウルフが率いていた異常事態を解決するために精鋭中の精鋭しか入れないようにしているって聞いたんだよ』
せっかく俺も冥境で修行しようと思ったのに、と成金先輩は愚痴をこぼす。
……これ、もしかしなくても俺の配信を見て決められたことじゃない?
以前、ギルド員も俺の配信を見てるって言ってたしなー。探索が命知らずの行為だとしても、死中に活を求めるものと死にに行くだけのそれは別物だ。
「なるほどねー。でも俺のやることは変わらないみたいだ。場合によってはギルドの依頼を受けた探索者と協力するかもしれないね」
『俺は実績がないって断られたからまひろちゃんを応援するよ-』
談話室の話から随分と飛躍してしまったが、かなり有益な情報が得られた。
さて、寝袋を客間にでも置きに行くか――とシロガネを連れて行こうとしたが、手元のあたりに彼がいない。
直後、「きゃー!」という女性の悲鳴とバウバウと吠えるシロガネの声。
何事かと思い音の方向へと駆けていくと――
広場にはダンジョン産の吊り罠に引っかかっていた、フードを着た黒髪女性とそれを助けようとするシロガネの姿があった。
「ま、
「いえ、まず助けますんで……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます