35 エルフ、話を持ちかけられる
探索者ギルドからの使いが来ているということで、俺は視聴者たちに一言断りを入れてから一旦配信を画面と音声をミュートにした。
それからギルドの使い……
窓枠はガラス張りではなく鎧戸をはめ込んでいるので暗いし、モルタル作りのため冷え込むという難点はあるが丈夫さは折り紙付きだ。柊さんは二階にある談話室にたどり着くまでに床や壁をそれとなく触って材質をチェックしているようだった。
キャンプ用品の椅子を〈ストレージ〉から出して腰をかけるように勧めると、柊さんは妖狐の尻尾をふるりとしならせ、「お心遣いありがとうございます」と一礼をした。
それに合わせて俺は机を出して、二人分のカップに霊水の白湯をお出しする。
「すみません、なんのもてなしもできずに」
「いえ、ダンジョンアタックの中、訪問して白湯をいただけるのはありがたいですよ」
柊さんはお辞儀をしたあと、白湯に口をつけ――カッと目を見開く。
ワナワナと肩をふるわせて残りの白湯を飲み……なにか異様なものを見るようにこちらを見やっている。
「真史さん……。これ、霊水ですよね……?」
「ええ。お客様にただの白湯を出すわけにもいきませんし」
「あー……そっか、〈ヴィヴィアンの祈り〉がそうでしたね」
遠い目をしておそらく頭の中でそろばんをはじき始めたであろう柊さん。彼女はいきなり頭を抱えて悩んだかと思うと、俺のスマホを見るや否や、大きくため息をついた。
「真史さんは、
「ええ。
「あのね、まひろさん。かなり言いづらいけれど貴方、地上では特異点になっているのよ……」
実質三種類のレガリアスキルを持ち、人に懐くことがないモンスターを手懐けて、単身で最難関ダンジョンに生活圏を築き上げ、未知のアーティファクトを所有している。
言葉だけ聞けばたしかに異様な人間だもんなあ。でも自分の中ではそうせざるを得ないからそういう状況になっているだけなんだけれどなあ。
「貴方の言い分も十分に理解できるわ。その上で……貴方は目立ち過ぎたのよ。だから、探索者ギルドとその使者である私、柊メリイは貴方のダンジョンアタックを無事に成功させることを前提とした、帰還後に向けた取り組みを発足し、伝えに来たの」
「取り組み……?」
柊さんは紫色の長い髪を指で弄り、呼吸を整える。
「簡潔に言えば貴方が地上で人間らしく暮らせるようにするお手伝い。これから先、どこに行っても噂されて生きていくのって結構しんどいと思うのよ。そういうことができる限りないように、私たちが負担を軽減していくの」
「具体的には?」
「神や悪魔と契約をして知名度をすり替える……なんてこともできるわ。あるいは知名度の分割もね。あくまで一例よ」
つまり、俺が地上に戻ってスーパーで買い物に行ったりしても『有名人だから声がかかる』ってことがなくなるのか。それは便利と言えば便利だけれど、俺が築いてきたものがなくなるわけだから寂しくはあるなー。でもいつまでも熱狂の渦の中で生きるってのも才能が要る。そういったものは俺にはなさそうだから、売り払ってしまってもいいのかもしれないな。
そこまで聞いて、俺は柊さんに問う。
「それで、俺はなにをすればいいんですか?」
柊さんは待ってましたとばかりに念書とボールペンを取り出す。
「ギルドとしては、これまで通り拠点を作って
……なんだろう。先ほどまでハキハキ話していた柊さんの姿が一気にしょぼくれてしまった。
「パーティに入れてください!」
パッと柊さんを見る。
とりあえずの連携はしっかりととれそうな人だというのはとても分かる。
けれど――
「柊さん、最近はダンジョンに潜ってないですよね?」
「うっ……」
図星とばかりに息詰まる柊さん。
この人、おそらく貢献度でも世界ランクに入っていた人だ。身体能力からなにまでとても練り上げられているのだが、それにしては鈍い。大学まで探索者をしていて、その時までは世界ランクに入っていたのだろうが、卒業とともに就職、そしてダンジョンに潜らなくなっていったのだろう。
「最近の配信、見ました? 俺、パーティを組んだことなかったから相棒を守れなかったんですよ。いまの俺には二人を守る余力はありません」
こちらが頭を下げると柊さんは困ったように笑って逆に頭を下げる。
「すみません、そんな顔しないでください。たしかに今のわたしでは足手まといですから、仕方ないですよ」
「……それにしても、どうして突然」
困惑を隠しきれないまま柊さんに問いかけると、わなわなと彼女の肩が震え始め……
「……なんです」
「え?」
「推しなんです! まひろちゃんと! シロガネ君が!」
その後なにやら早口でまくし立てるように語り始める柊さんに唖然としながら眺めるしかなく。結局、念書を書いても柊さんのオタク語りはとどまることを知らないのであった……。
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