第三節

32 エルフ、相棒の傷を治す

 モンスターの革をなめしたテントで睡眠を取っていると、いつの間にかシロガネが毛布の中に潜り込んでいることに気がついた。

 月明かりはまだ差していて夜は明けそうにない。寒くもないのに震えるシロガネに俺は毛布をもう一枚取り出してかけてやって、ゆっくりと背中を撫でる。すると小刻みに震えていた身体は徐々に落ち着きを取り戻していく。


 再び眠気が襲ってきたので目を擦り、すっかり大きくなってしまったシロガネを抱きしめて眠りに就く。


 つい最近拾ったときは中型犬くらいだったオオカミの子供が、いまでは小学生の高学年ほどの全高がある。ふさふさの毛皮に顔を埋めるととくんとくんと心臓が脈動するのがわかり、なんだか安心してしまい、そのまま意識を深くまで落としてしまった。



 ぺろぺろと顔を舐められている。

 まぶたを開けるとそこに映っていたのはお皿を俺の胸に置き、顔を舐めてご飯を催促するシロガネの姿だ。


「……顔洗うから待って」

「ワウ」


 テントから出てサッと身支度を済ませる。

 シロガネの分のご飯――昨日は慌てていたから気付かなかったがドッグフードを食べさせればよかった――をお皿に盛り付け、もう片方のボウルにはヴィヴィアンの祈りによって湧いた霊水を注ぐ。

 それから自分の分の朝食を済ませることにする。今日は鹿肉のウインナーを焼いてホットドッグにするつもりだ。


 〈ストレージ〉から調理に必要なものや椅子と机を出し、石を積み上げて作ったかまどの上に鍋を置く。霊水を底の深いフライパンに注いで、水が温まったらウインナーを投入する。ウインナーがはち切れそうなくらいに膨らんだら鍋から取り出して、コッペパンの真ん中に入れていた切り込みにウインナーを挟む。彩りとしてキャベツを入れたいところだが、生鮮食品は輸送すると高いんだよな……。ザワークラウトは食べたことなくてこのタイミングで冒険したくないし……。


 机に置いたお皿に乗せて合掌。ホットドッグに口をつけていくと、ウインナーに混ぜていたハーブの香りが肉汁とひたすらに合って食が進む。なにか特別なことをした美味しさってワケではないが、ただひたすらにこういうのでいいんだよと言わんばかりのコンビネーション!


「うーん、ちょっと食べ足りない」

「バウバウ」

「シロガネ、お前もかー。ん? ドッグフードもいいけどお肉食べさせろ? わかったよ、じゃあちょっと待ってな」


『完璧にくつろぎモードに入っておる』

『天井の染みになってきたな、俺たち』

『元からそうだっただろ』


 しかし、ずっとキャンプ暮らしだと食の楽しみもいまいちだな……。冷蔵庫がないからキンキンに冷えたお酒やジュース、アイスはないし、常備菜だって冷やしておくことはできない。肉はもっぱら塩漬けにしておくくらいだ。香辛料、調味料は買えるのでその辺の問題点はないのだが、やはり電気か……。


 ずっとキャンプを楽しめるメンタルを維持できるわけでもないんだなあ……。

 ジュースやお酒は迷宮内のGagisonつうはんで買うとこれでもかというくらいに足下を見られるので実質無理。


「まあ、そこは追々か」


「ワウ?」


「んー、お前には関係ない話だ」


「クゥーン……」


「拗ねるな拗ねるな」


 わしゃわしゃと撫でてやると機嫌をよくしたのか熟成肉を食べ始めるシロガネ。俺は彼の身体をペタペタと触って、怪我の状態を確認していく。

 うん、とりあえずは大丈夫そうだ。こんなに食べるシロガネを見るのは初めてだが、それはおそらく回復薬の副作用で一時的にエネルギー不足に陥っているためだろう。そのためカロリー不足を補おうとしている……はずだ。



「よし、シロガネ。ちょっと傷の手当てするよ。痛いかもしれないけれど泣くなよ」


「ヴー……」


「仇を取るなら怪我を治して、ご飯を食べて鍛えて、作戦を練って道具を準備する。やれることを全部してからしっかりと仕留めるんだ。……仇は俺の家の分もある、だから俺もついていくからな」


 そう俺が告げると、シロガネは途端に大人しくなる。痛くするなよ、と青色の両眼が訴えかけていた。

 〈ストレージ〉から消毒液と脱脂綿を取り出して傷口を洗うなどの処置を行う間、シロガネは呻くこともせずにじっと痛みを堪えていた。


「なあ、シロガネ。ホワイトウルフたちのことを傷つけたくないんだろ?」


「ワウ」


「俺がスノーウルフの恐怖をどうにかさせる。だから、あいつらに手を出さないように言ってくれないか」


「……バウ」


「申し訳なさそうにするなよ、俺が好きでやってるんだからさ。……ほら、あいつを倒したあとは仲間がたくさん居た方がいいだろ」


 シロガネは一拍置いて嬉しそうに笑う。そしてまひろも一緒だ、と返すのだった。

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