31 エルフ、宣言する

 俺がシロガネを拾った場所よりもさらに奥にある薬草園。そこにたどり着くとシロガネはぐったりと倒れ込んでしまう。身体は度重なる巨大化によって成長しきっているのか、死に瀕している現状であっても小さくなることはない。


 ハッハッハ、と短く息を吐いているのはどちらか。先ほどから思考にもやがかかったかのように適切な行動がとれていない。


「シロガネ、これを噛んで」


 申し訳なさそうな面持ちのシロガネ。彼はぐったりとこちらに体重を預けながら、アンチドートと回復薬を口に含んでかみ砕く。噛んだ直後に傷は癒えていくが、今度はカロリーと魔力が足りていない。

 俺は慌てて〈ストレージ〉の中を漁って食料品と霊水を出す魔導具、〈ヴィヴィアンの祈り〉を取り出す。関係ない荷物も多く取り出されていて、整理整頓は常日頃からしていたはずなのにどうして……。


「犬の病人食なんて……分からない。シロガネ、お肉は食べられるか?」

「ワウ」


 今は食べたくないと言うが、そうもいかない。


「回復薬を飲んだからその分なにか食べておかないとダメなんだ、食べてくれ」

「ウウ……」


 必要な栄養素を摂らないと肉体の生成が滞ってしまう。重傷のシロガネには厳しい話だが、それでも食べて貰わないと身体がついていかなくなるのだ。そこまで説明するとシロガネは納得したのかついこの間まで自分が狩りで獲ってきていた肉にかぶりつき始める。

 そうなると姿勢の問題で食べづらくなってくるので俺の腕から離れて、食器に盛り付けられたお肉や霊水を少しずつ食べ始めた。


 ここに来てようやく俺は人心地がついて、大きくため息をついた。

 そこでようやく鬼のように流れる――普段から流れる速度は速いのだが――コメント欄の存在が目に入った。


「……あ、みんな、ごめん。ちょっと慌ててて、見てなかった」


『治療お疲れ様ー』

『シロガネ君、大丈夫そうでよかったよ』

『スノーウルフってモンスター俺みたことあるよ』

『民間の探索隊にえげつない被害出したやつなー』


「あー……、うん。ちょっと情報処理しきれない。まあ、いくつか分かったことがあるので聞いてください」


 混乱が収まってきた頭で整理できてきたことを視聴者に話す体勢に入る。

 そう言っても目下、最重要事項はシロガネの体調なので彼になにかあればそちらを優先する。


「まず、ホワイトウルフたちはあのスノーウルフに無理矢理統率されているようだった。怯え……ているようにも見えていた」


『だからシロガネ君はオオカミとまひろちゃんの両方をかばってたんだね」


 ああ、なるほど。それが最初から分かってたからあいつはこちらの攻撃もあちらの攻撃からもかばおうとしてたのか。それに襲来前のそわそわしていた様子もなんとなく納得がいく。あいつにとって彼らはまだ仲間で、倒すべき相手ではないのだろう。


「スノーウルフはたしかに強いがタネが割れたら問題になる相手でもない。次はちゃんと勝てる相手だということが分かったのは大きいね」


『でも周りのホワイトウルフはどうするの?』


「それについては……なんとかする! アテはある。鎮静剤……心を落ち着ける薬を作ってニンニクの煙玉と同じ要領で使うつもり。ひとまず落ち着いて貰って、スノーウルフとの戦いに巻き込まれないところに逃げて貰う」


 従って貰えない場合はどうするかも決めないとなあ……。とりあえず手出しさせないようにシロガネを通して命令させておくのは必須だな。


「……少なくとも一対一に持ち込めば負けることはない相手だから、そこにどう運んでいくかだね」


『Sランクパーティを壊滅させたモンスターを相手にそこまで言えるの強すぎ』


「ちょーっと一瞬戸惑ったけど、冷静に彼我の戦力差を分析すると大体そのくらいになるよ。ただ……」


 ここまで言ってしまって言葉を飲み込んだ。

 もう告げるほかないというのに、吐いたつばを飲み込もうとしている自分がいた。


「あのスノーウルフ、シロガネの親の仇みたいなんだ。……だから、あいつ、俺の言葉も聞こえないくらいに興奮して」


 シロガネは非常に賢い。一を聞いて十を知る……とまではいかないがとても利発だ。聞き分けがよく、自制心が強く、情に篤く、そしてなにより精神的にタフだ。


 けれども、彼はまだまだ幼く――そして親を失ったばかりの子供なのだ。


 親を失った悲しみ、つらさ。親を殺し群れを乗っ取ったスノーウルフへの憎しみ。賢ければ賢いほどに、幼さが自制心に歯止めをかけなくなっていく。仇敵が目の前に現れた瞬間、シロガネの目には俺のことなど映っていなかっただろう。


「この後、シロガネと話し合ってスノーウルフを目にしても目的を見失わないなら作戦に連れて行きます。そうでないなら、この先は当分、休養してもらうつもりです」


 シロガネは現在ご飯を食べきって気絶するように眠っている。肉体再生のために大量の体力を消費するため、身体が睡眠を命令したのだろう。

 それを見て俺は胸をなで下ろした。


「もう一度、今度はスノーウルフが来ても負けない家を作って、ヤツを退治します。もっともっと頑丈な家を建てます。シロガネの親の仇も討って、これが終わったらそろそろ第二階層に向かっていくので、応援、いいね、スパチャ、宣伝、よろしくお願いします!」


 最初の家はオオカミに噛まれて壊れた。

 二度目の家はオオカミに吹かれて壊れた。


 三匹の子豚ならレンガの家を建てて終わりだ。

 でも俺が建てるのはレンガの家じゃない。コンクリートの家だ!

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