第二節

13 エルフ、オオカミを拾う

 井戸水で顔を洗ったり、身体を拭くなどをして朝の支度を終える。そして身体の調子を確認したあとは本日の探索の時間だ。


「今日はこの間助けた探索者たちが苦労していた大蜘蛛がどこから出たのかを確認していくよ」


 靴もこの間の自爆で爆散してしまったので、いまはワイバーンの革の切れ端で作ったブーツを履いている。靴の形状は分かるけれど詳しい作り方なんて分からなかったため、これに関しては〈クラフト〉の恩恵を感じずにはいられない。


 履き慣れないがぴったりとフィットする靴であぜ道を踏みしだいていく。


『拠点強化のほうはいいの?』


「そっちも同時にやっていくけれど、まずはこっちを確認したい。というのも、大蜘蛛もなにかから逃げるようにあの探索者たちと遭遇したみたいなんだ」


『ホワイトウルフは元々大蜘蛛を狙っていたって考えてるの?』


「そういうこと。いきなり拠点に襲撃することもあるだろうけれど、もしかするとオオカミの獲物を横取りしたから癪にさわったのかも」


 拠点の防備は一朝一夕にしてならず。毎日コツコツと積み重ねなければならない。

 まあこの原因の捜索だって一日でどうこうできる問題でもなさそうなんだけどね。


 小剣と魔法爆弾だけはすぐに抜けるようにしておく。いつもそうしているが、やはり先日の敗戦もあってかどうにも意識をしてしまう。


 地図を見るとどうやらこの近くに洞窟があるらしい。地図の走り書きには新規発見地帯と書き込まれていた。


『ここ、協会の公開マップにはない場所だね』

『わかるんすか成金先輩』

『もしかしたら大手クランでも見つけてないかもしれない』


「へえ、それはいいね。シルクスパイダーが安定して狩れるようになればそのクランは大もうけ間違いなしだ」


『まひろちゃんほどは素材を活かせないだろうけれどね』


「当たり前よ。そんじょそこらの人間に負けるほどヤワな鍛え方をしてないって」


『まひろちゃんって結構自信家だよな』

『うお、自信でっか……』

『これはデカすぎ』


 うるせいやい。積み上げてきた分だけ自信ができてもいいだろがい。

 地図の示す通り、道から逸れて草木をかき分けていく。しばらくの間、うっそうとした場所を進んでいく。するとあるときを境に一斉に視界が拓け、山肌を思わせる岩壁にぽっかりと空いた洞穴を捉えることができる。


 おそらく誰も調べたことはないだろう新エリアに心が躍る一方で、あるものが自分に危機感を煽ってくる。

 洞窟の近くの藪にいる、中型犬ほどの白いオオカミの子供の存在だ。まだ野性味が薄い、しかし確実にそれが芽生えてきているであろう飢えた目つき。まだまだ全体的に丸っこく、一目で子供だと分かる風貌。白い毛並みのこの子供はこれから王者の風格を備えるようになるであろうと思わせられる。

 ホワイトウルフの子供が一匹、周囲に誰も寄せ付けずにこちらを警戒していた。


『群れからはぐれた子供?』

『捨て子かな』

『こいつと関係があるのかな』


「……関係があるかどうかはわかんない。どういうわけかは分からないけれど、繋がっちゃったな」


 ホワイトウルフの子供は低く重心を取り、こちらを見据える。グル、と高い声で唸りこちらを警戒している。だが傍目から見ても元気があるようには見えず、飢えて死にゆくであろうということは理解できた。

 コメント欄に『殺すの?』と流れて、俺は息を呑んだ。


 孤独で、食い扶持の確保も分からないその孤狼ころうに『いつか』を重ね合わせてしまう。こぶしを握る力が把握できないでいた。

 放っておくだけでアレは死ぬだろう。手をかける必要もない。ただ、黙って立ち去ればいいだけだ。


 ボソッと、俺はスマホマイクが拾うかどうか分からない声量で呟いてしまう。


「俺さー、犬を飼ってみたかったんだよね。ウチ、ペット禁止でさ」


『しつけはちゃんとやりなよ』

『私たちはスパチャ送るだけだけどね』


「あー、うん。あんがと。そこらへんは、きっちりやらないとね」


 なんでもないのに言葉に詰まってしまう。

 手持ち無沙汰でもないのに左手で鼻をぺたぺたと触ってしまう。


 深呼吸をして落ち着いて。右手の小剣は鞘にしまい、ホワイトウルフの子供にゆっくりと近づいていく。


 相手は警戒をしたまま、しかしその声に不可解の色が混ざり始めていく。


「……お前の面倒を見てやる。お前を守ってやる。ご飯もやるし、遊び相手にだってなってやる。だけどな、お前が人を襲った時は容赦なく切るぞ」


 ゆっくりと、子供に言い聞かせるように告げる。

 じっと見つめ合い、視線で探り合う。


 それがどのくらい続いただろうか。しばらくすると子供のうなり声が止み、バウ、と小さく吠えてこちらにゆっくりと近づいてきた。

 俺は〈ストレージ〉から魔物の肉を取り出してオオカミに与えると、彼は疑うことなく尻尾を振ってがっつき始めた。


 子供はすぐさま肉を食べ終えると、尻尾を振ってこちらにじゃれかかってくる。


「こらこら、お前そんなにはしゃぐなよ。……お前って呼ぶのもダメだな。これからお前はシロガネだ、いいな?」

「ワン!」


 下手くそな鳴き声でホワイトウルフ――シロガネは返事をする。

 オオカミってのは鳴き声でコミュニケーションを取らないらしいが、人間とやっていくのにそれは厳しいと考えたのだろう。シロガネは迷いながらも鳴くことを選択したようだった。


『うーん、生の映画を見ているみたいだ』

『南極探検隊を思い出すよね』


「あと、臭いから風呂に入れるぞ。水洗いするぞ」


 言葉も分かっているのか、なにかを感じ取っているのか。シロガネは思い切りくぅーんと不本意の鳴き声を漏らすのだった。

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