14 エルフ、狩りをする
大地を駆ける。小気味よい足音をわずかに耳が捉える。
車よりも大きな鹿は、こちらを脅威と認識しているのかひたすらに走って遠ざかろうとしていた。
直線の通路を駆ける鹿。このままでは追いつくことはできずに逃げられるだろう。
しかし、こちらが一人の場合は、というただし書きがつくが。
「シロガネ!」
「バウ!」
鹿の進行方向。通路の死角、広間に隠れていたシロガネは鹿に飛びかかり喉笛を食いちぎる。獲物はそのまま動かなくなり、それを悟ったのかシロガネはこちらに駆け寄ってくる。ぐりぐりと俺の身体に頭をくっつけてくるので頭や喉元を撫でると、彼は嬉しそうに喉を鳴らしてみせた。
「よしよし、追い込みもトドメも慣れてきたな。偉いぞ」
『第一階層の死神が喉を鳴らして甘えてる』
『こうして見るとオオカミってより犬だよな』
『仔犬でこれってことは成犬になったらかなり大きくなるぞ』
わしわしと全身を撫でたあとに鹿の解体をするためにナイフを取り出す。するとシロガネは堪えきれないとばかりに鹿の死体に駆け寄って肉を貪り始めた。
「こら! 言いつけは守り――」
あっという間に肉という肉を食べ終わると、シロガネは気がつけばちょっとした車くらいに成長していて。胸元や背中に黒毛が混じったシロガネは、申し訳なさそうに頭を地面につけて鳴くのだった。
『きょだいないぬ、きょだいぬ』
『デカすぎない?』
「……シロガネっていうよりクロガネになってない?」
「わふ」
シロガネは自分の背中を差し出して、ここに乗れと言わんばかりである。犬に乗ったことなんてないので内心恐る恐るシロガネの背中に乗ってみる。するとシロガネは満足そうにしてこちらの指示を待ってくれる。
「……全速力で走ってみろ。出会ったところまで」
「ワン!」
瞬間、ぐわんと慣性が働いて後ろに吹き飛ばされそうになる。そんなところをシロガネの背中を掴んで耐える。シロガネの足取りは確かで、そしてこちらの様子をうかがいながら少しずつスピードを上げていく。曲がり角がある場所では合図なしに速度を落としてこちらが振り落とされないように慮り、直線はその巨大な身体を活かした瞬発力と持久力で見かけたモンスターたちを『ながら』で狩っていくほど。
結果として目的地には十分もせずにたどり着くことになった。
狩りの結果としては先ほどの大鹿なんかよりもたくさんの獲物を狩ることができたし、予想以上のものである。
落ち着いて〈ストレージ〉を検分するためにシロガネから降りると、彼はみるみるうちに元のサイズほどにしぼんでいってしまった。シロガネを見やるとゴロゴロと喉を鳴らし、俺の方をみつめて食事を要求している。
しかしよく見れば巨大化前の体躯よりいくらか成長していて、なおかつ体毛もわずかに黒毛混じりになっていた。
狩りの効率は飛躍的に上昇するが、どうやらあの巨大化はシロガネにとって燃費が悪いものらしい。かといってそれを行わないのも身体の成長に悪い……のかもしれない。
「シロガネ、今度から大きくなるためにご飯が欲しいときはちゃんと伝えてくれ。それはそれとして凄いじゃないか! お前はすごい子だなー!」
頭と喉を撫でるとシロガネはごろんと寝転がってお腹を見せるのでそのタイミングでわしゃわしゃとお腹も撫でる。しばらくシロガネに構いきりになったが、その後はずっと上機嫌のままで、今日の狩りはかつてないほどの大成功を収めることができたのだった。
◆
『おー、短いジャージだ』
『シロガネくん可愛い』
チャイナローブからジャージに着替えて、シロガネを洗うべく井戸の前にたたずんでいる。
このジャージはこの間の自爆で巻き込んだアレを、残った布をあてたりして補強したものだ。腕やら太ももが完璧に出ているが夏用のルームウェアと考えればなんら問題はない。
「今日はね、シロガネを洗うよ。動物用の石鹸もお徳用のやつがあったからよかったよ」
「ぐう」
上機嫌な俺に対してあまり乗り気ではないシロガネ。さもありなん、昨日は暑くもないのに冷たい水で洗われているのだ。それにシロガネにとって水浴びというものも慣れ親しんだものではなかったのだろう。
だが俺と暮らしていくのであれば身体は最低限身ぎれいにしてもらう。
「ほら、今回は温水だ。冷たくないよ」
バケツに溜めた温水をシロガネに触らせると「これならまあ……」と言わんばかりに不承不承ながらも受け入れてくれそうだった。
温水は生活魔法で温めた井戸水だ。今度はシャワーが欲しくなってきたなあ。
「よし、お湯をかけるぞ」
バケツの中のお湯をゆっくりとシロガネの身体にかけていく。全身が濡れ鼠になって細い胴体やらが浮き彫りになるが、犬とかネコってこういうものだしね。井戸から水を再びくみ取って生活魔法で暖める。
動物用石鹸をお湯に溶かしシロガネの身体に塗っていくと、シロガネは最初だけ硬直する。こちらが大丈夫と声をかけて撫でてやると身体から硬さがとれ、徐々にこちらに委ねるような体勢になっていく。
わしゃわしゃとソープを揉み込ませ、顔への処置の時には目をつぶるように言い聞かせる。
この子はとても賢い。人間の言葉がそのまま分かっているわけではないのだろうが、話者をよく観察することで意図をくみ取っている。普通の犬であればそこのしつけにも時間がかかるのだろうがそれもない。
「お湯をかけるからね、目はつぶったままだよ」
生活魔法で生成したお湯をかけて汚れと石鹸を洗い流していく。
この石鹸には臭い消しの効果もあるが、それ以上に虫除け効果があるとされている。迷宮の中を歩いて行くなら虫除けは必須だ。……地上で飼うときもダニよけやらは必須なんだっけ。さすがに魔物を飼うなんてことは考えてなかったからモンスター用の薬なんかも調べないといけないな……。
石鹸を全て洗い流したところでシロガネの集中が切れたのだろう。
「ワウ!」
「わっぷ!」
ぶるり! と身体を震わせて水を吹き飛ばしていく。水飛沫がこちらの目にチョクであたり、尻餅をついてしまう。
「し、シロガネー!」
「ワフ……」
こちらがちょっと強めの語調で彼を呼ぶと尻尾やら耳やらが垂れ下がってしょぼくれた顔をして謝ってくる。
親に怒られるとかいう経験がなかったのかもしれないし、昨日からのご主人様からなんて初めてだしな。しょうがないよ。
「怒ってないから、ほら、乾かすからおいで」
姿勢を立て直して両手を広げてみせるとシロガネは喜色満面でこちらに駆け寄ってくる。
そんな彼を抱き留めて生活魔法〈風〉で乾かしていく。
『……ジャンル変わってきたな』
『これが最難関ダンジョン攻略チャンネルの姿か?』
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