12 エルフ、『覚悟』を決める
破壊されたテントを解体して使える部品を集めると、拠点周りはすっかりと物寂しくなっていた。
ストレージに保存していた折りたたみのテーブルと椅子を出し、その上に例のチャイナローブを置く。
現状、俺は残ったジャージを着ているがほぼ真っ裸に近い。R18チャンネルに行かなかったのはありがたい。
だがこのまま激しい動きを……いや、小走り程度であっても露出してしまう。
「不本意……。まことに不本意」
カメラを余所に向けてチャイナローブに袖を通していく。
うーん。あー……。ブラとショーツもあるなあ……。
覚悟を決めるしかないか……。
……ブラ、楽だな。なにか失った気はするけど。
パンツも快適なんだけどさあ……。
肝心のチャイナローブも腋や腕が出るし、スリットもこれえっちなコスプレだろってくらいない?
悔しいが着心地はかつてない心地よさである。
……スリットがエグいな。身体のラインもモロに出るし。
手で隠そうとしても隠せない。
スマホを引き寄せて通販サイトにアクセスしようとすると、その直前に空間から段ボールが出現する。
視界の端にあるコメント欄には女神とおぼしきメッセージが流れてくる。
『恥ずかしいならまずはストッキングで隠そうね』
思い切り舌打ちをして段ボールを開ける。するとやはりというかニーハイストッキングが送られてきた。じっと見つめると、どうやらこれは冥境産の素材には劣るものの、出来はかなり良い。〈エンハンス〉をかければ普通に冥境でも通じる逸品だ。
……ストッキングでさえなければね。
「まことに不本意。非常に不本意」
『裸同然でやるわけにもいかないしなー』
『下に適当なズボン履けば?』
「攻撃を受けるとズボンが破れる。シルクスパイダーの糸で作ろうとすればインターセプトされるし、着るしかないんだよなー……」
魔力の多寡によって攻撃が通る通らないは服や防具にも通用する話だ。なのでランクの高い迷宮に潜るときはそこを気をつけなければならないのだが……。
もうローブの方は着ているので、あとはニーハイを履くだけだ。それだけだというのにやけに気が進まない……。
……だがこのまま手をこまねいていては女神をぶん殴るという最大の目的を達成できない。覚悟だ、覚悟が必要なんだ!
する……、とストッキングに脚を通していく。ぴったりと引っ付く感触が不快かと思えばそうでもなく、むしろどこか安心さえしてしまう。なにか問題があれば心から文句を言えたというのに。ちくしょうめー。
ん、んん……。よし、こんなものか。
カメラを向けて、小さく手を振る。
こういう格好はどうにも慣れなくて心臓がバクバクと早鐘を打ってしまう。
「じゃ、じゃーん。……さすがに恥ずかしいな、これは」
『うお……』
『これは……』
「な、なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
『……丸みがあって、エロい』
「……この話やめにしよっか」
この話を続けるとひょんなことから暴走してしまいそうだし……。
◆
『結局拠点は変えないの?』
『内見に行ったのにね』
服を着替えたあとは拠点について調べていた。ホワイトウルフによって焼き切れてしまった護法灰は、この階層で作ることのできるものの中でも高位の効能を持つ。それが破られるということはこの階層のモンスターで作れる護法灰にそこまで意味がないということなのだけれど……。
そういったこともあって拠点を変えることも考えていたのだ。しかしあのモンスターからは、いくら匂いを変えても追跡されるだろうと直観はしている。
剣鉈で細かい枝葉を刈り取って簡易シェルターを作っていく。
はあ、またこの簡易テント暮らしかあ……。
「逃げても無駄そうだからむしろこちらに利のある場所で迎え撃つつもり。幸い、この辺りは良い樹木が多いからワイバーンの革などで補強したログハウスでも作って、周りも要塞化しようかなー」
『〈クラフト〉の本領発揮じゃん』
「そゆことそゆこと。あと掘りかけの井戸もあるからもったいないし」
『ああ……』
シェルターを作ったあとは井戸を掘るべくハンドル付きのドリルを回転させていく。
しかしこの作業、ジャージの頃は気にならなかったけれどこの服だと……見えない?
ゴリゴリと地面を掘り、ドリルの溝に入り込んだ土を外にかきだしていく。
地下深く、長さが足りないため塩ビのパイプを利用しているが、これを取り出したり土を出す作業がなかなかキツイ。
本当は電動のドリルが使えたら楽なんだろうけれどちょっとお高くて今後の事を考えると手を出すことはできない。
『揺れ……』
『脚……』
『見え……』
だー! うっさい!
汗をかくと服が余計に張り付くのでうっとうしいことこの上ない。のだが……これ、魔力を流すと暖まったり冷えたり、汗を乾かしてくれたりする機能があるので楽といえば非常に楽だ。これがなかったらさすがに突き返して通販でジャージを買っているレベルだ。
まあ、この服じゃないとこの先は戦えそうにないんだけれどさ。
第一に魔力の多寡によって防御能力の高さが違う。これを着ていればホワイトウルフであっても身体に張った魔力の膜によってそうそう傷を負わないだろう。
第二に強い装備品というものは〈エンハンス〉による強化幅が非常に高くなる。なので意識的に魔力を流していれば攻撃を貰っても無傷でいられるのだ。
この二つの要因が合わさることで起こる相乗効果ってのはどのくらいなんだろうね……。分からないけれど探索者にとって無視できるものではないはず。
直感と反する話ではあるが、このシルクのチャイナローブは下手な鎧なんかよりよほど攻撃を通さない。
〈エンハンス〉は身体に使用して耐久能力や筋力を伸ばしたりもできる。今日未明の自爆でも生き残れたのはこの〈エンハンス〉をフルに使って耐久力を全力で強化したからだ。
汗が頬を伝って落ちる。上気する肌を落ち着かせるために衣服の冷房機能をオンにして少しばかり休憩を取っていると。視界の端に見える配信の視聴者数がとんでもないことになっていることに気づく。
「エロの力は強いな……」
『昨日のホワイトウルフ襲撃あたりからずっとこのくらいだよ』
『海外の最難関ダンジョンでもアレは死神扱いされてて、ソロで奇襲を受けて生きてるのが奇跡だってSNSで言われてるよ』
「それはそれで俺に魅力がないみたいでムカつくなあ!」
『め、面倒くさいやつ……!』
『美人の自覚があるの、助かる』
「そうだろ? どんどん助かっていけ?」
などとやりとりをしながら、太陽が中天にさしかかるころ。
土を除去するために地下からドリルを抜くと、ドリルや塩ビパイプがずぶ濡れになって雫が垂れていた。
「……水だー! よし、ポンプ!」
スパチャや視聴数などのインセンティブを投入しポンプを購入。すかさず足場固めや設置をしていき――夕暮れ近くになりようやく井戸が完成したのであった。
「じゃあ今日はここまで! 井戸があると拠点での選択肢が増えてこっちも楽になるなあ!」
『満面の笑み貰いました』
『今日の切り抜きのサムネ決まったな』
『ああ、井戸を掘っている時の尻だ』
「そこは俺の笑顔を使えよ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます